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その日は唐突にやってきた。冬の寒さが厳しい日で、子供たちは、室内に閉じ込められ鬱々としていた。
男の子たちは、外に出られない事にイライラしていて、何か原因なのかも分からぬまま、ケンカをしだした。口での罵り合いは、あっという間に暴力に変わり、周りの子供たちは悲鳴をあげて逃げ始めた。…あの子以外は。
ケンカを止めようとして、あの子は間に入った。
そして。片方の男の子に全力で突き飛ばされた。
うるさい、邪魔するなと。
勢いよく、石の棚の角に、頭を打ちつけられた。
ガッと鈍く、柔らかい物が潰れた音がした。
一瞬で子供たちが静止した。音も立てずにジッとあの子が倒れるが所を見ていた。…私も同様に。
あの子の頭から、血が飛び散ってドサリと人形のように倒れた瞬間に、誰かの悲鳴が響いた。
布を引き裂くような悲鳴をあげて子供たちは逃げ始めた。ケンカをしていた男の子たちも、蒼白になり、あの子の怪我を介抱することなく、逃げた。
部屋には私一人。
口の中に、唾液がたまる。喉が乾く。
部屋には私一人。
かぐわしいにおい。甘く、たえられないにおい。
空腹はもはや痛みになり、絶えず私を苦しめた。
飢餓を埋められる物が、今、ここに。
一歩。一歩。夢を見せられたようにふらつく足で進む。
子供たちはすぐにシスターを呼ぶ。助けてと。私は、ここを立ち去らなけば、ならない。あの子を助けなければならない。…それなのに。足が。歩みが。止められない。
流れ出た血は、赤く床を染める。人には、忌むべき色。回避すべき色。なのに、どうして、こんなにも私を誘う色なのか。手が震えている。…触れたいと脳がいう。喰えと身体が欲する。すすれと本能が叫ぶ。
私にその欲望を止めるすべは、どこにもなかった。
血だまりに膝をつき、あの子の肩を抱き寄せ、ぐったりとした身体に近づく。血が滴る顔を壊れ物のように優しく傾ける。そして。傷口に唇をは這わせた。
唇が血で染まる。血のにおいが鼻を満たす。
私は、確かに、どうしようもなく、幸せを感じていた。




