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私は舟で川から助けてくれた人のお宅で寝込んでいた。…ナイフは隙をみて抜いた。…めちゃくちゃ痛かった。けど、傷を隠せるぐらいにはふさがった。吸血鬼バンザイ。疲れ切った私を騒音が襲う。バクの減らず口は本当に減らない。
「なぁ〜。ワテ、ひっどい目にあったやん?出して〜って言うから出したのに!なんでワテがこんな目にあわなあかんねん?ひっどい嬢ちゃんや〜!」
ナイフで刺されて、川で溺れかけて…熱を出して寝込んでいる私の耳元で延々と愚痴と恨み事を聞かされる…。具合が良くなったら、手でバクの腹をつかんでシェイクするように振ってあげたい。
私の冷たくなっていく視線にやっと気づいたのか、バクにしてあげたいリストが出来上がっていく私の頭の中に気づいたのか、バクが黙る。
「…なぁ、嬢ちゃん。どうして川なんかに飛び込んだりしたん?こんなに弱り切ってしもうたら逃げるどころじゃないやろ?」
私のおでこに平たい手の平をあてる。小さな手は心配してくれているようで優しい。
「…川に入らなければ、逃げきれないと思ったから。」
熱のせいでかすれた小さな声。バクには届いたらしく首をかしげている。あーかわいい。変な関西弁のオッチャンの声なのに。くっ。動物好きの血が騒ぐ。
「…私は、あの部屋に連れていかれて風呂に入った。」
「風呂?綺麗にしてもろうたん?」
「…そう、綺麗にしてもらった。匂いつきの石けんで。」
そうだ。あの時に私は疑問にも思わなかった。自分の汚れた身体を綺麗にする事だけで、他の意味などないと思った。だか。
「あそこにいたのは、犬の獣人。」
犬は、匂いに敏感。人間の何倍もの匂いを嗅ぎ分ける。…あの石けんの匂いを私につけておきたかったとすれば。…あの石けんはマーキングがわり。
「私が、刺された際にあの犬の獣人は、部屋にいた。」
私の血の匂いも嗅いでいる。血の匂いも石けんの匂いも消す方法。川に入ってすべてを流してしまう事。あの時の追い詰められた状況で、考えられたのはその方法しかなかった。
「…いや〜。そないな怖い事考えてないやろ?だってあの兄ちゃん、そこまで頭回るか〜?」
バクは、腕を広げてバタバタしている。…かわいい。
「可能性がある。…神父様は何も知らされていないかもしれない…けど、匂いをつけておくのはあり得る。…私はそう判断した。」
もしかしたら、あの場所にいた犬の獣人と猫の獣人こそ、もっとも警戒すべき人だったのかもしれない。ぬかった。…くっ。好き過ぎてつい。
熱に浮かされてなお、考える事をやめない。考える事は、私にできる武器。
逃げ切ってみせる。どんな手を使っても。




