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息が苦しい。流れに押し流される。それでも手を伸ばす。流れてくる木の板にタイミングを合わせて飛び込んだ。伸びた爪を板に食い込ませる。
もう片方の手につかんだバクを必死で板の上にのせた。冬の冷たい川。バクは目を回して気絶している。…結果オーライか?騒ぎそうだしな。
冬の冷たい川は、体温を奪い、血を奪い、意識を奪う。
それでも、私は目を閉じない。ここで目を閉じてしまえば、もう開けられない。
板にしがみつき、歯を食い縛る。あきらめない。
混濁する視界を開く。指先の力が抜けてきている。だか、ようやく目当ての物を見つけた。
一瞬のすれ違い。ここでつかまなければ私は。
爪を伸ばす。爪に残り少ない体力のすべてをつぎ込む。爪がはがれてもここで役に立たなければ意味がない。
舟がいる。ゆっくりと川を流れている。そして、その上には、人が。私を助けてくれる人か。それとも。
わからない。でも、そのチャンスに賭けるしかない。木の板から、頭を出しバチャバチャと水音を立てる。伸ばした爪を水に叩きつける。
真っ暗な川から響いた音に驚いたように、舟の中にいた人が振り返る。
「溺れている人がいるぞ!」
私の白い顔が川から浮かんで見えたのか、しゃがみこんで、舟を操作するためのオールを私に差し伸べる。
片手で掴めるものじゃない。でも、バクを殺したくはない。…ちょっぴり殺意は芽生えたが。それならば、片手の爪で引っかける。それしか方法はない。
一瞬の勝負。
水が目に入り視界を塞ぐ。それでも目を見開き手を爪をのばす。
ガリっガリっと爪がオールにかかる。爪が割れて指先から痛みが走る。はがれようがかまわない。私は、こんなところで死なない!
渾身の力でもがく。
小さな身体は、引き上げるのに一役買ったらしい。私は一瞬、意識を失っていたらしい。気づいた時には、舟の上に引き上げられていた。…バクも一緒に。冷水でこわばった手から、滑り落ちなくてよかった。
なんて考えられたのは、陸に降りた後の事で、舟の中でゴッホゴッホと水を吐きまくり、血を失った身体は力が入らず、それでも気力と吸血鬼の生命力のおかげか瀕死の状態で…生きていた。
「あー!死んだかと思ったわー!ビビらせんといて〜!」
バクが目を覚ましてそう言った時、また、殺意がわいた。…コイツ、連れてくるんじゃなかったかも。




