39
蝉が鳴いている。いつもよりも鮮明に聞こえてうるさい。
ごほごほと唾と血が混じり合った咳が、耳鳴りのする耳に遠く聞こえた。
あれだけうるさかった声が、無くなって、兄さんの荒い息遣いと蝉の声が重なり合い聞こえてくる。
あぁ、これは夢か。
明晰夢というやつかと、冷静な私が考える。夢を見ている認識がある。だか、これは夢ではない。この夢は、過去の記憶。うっすらと覚えている記憶の再体験。…そして、見たくもない人たちの顔。
会いたくてたまらなかった兄さんの顔。
兄さんに触れたいのに、感覚が薄い。自分の身体ではないような浮遊感。
夢は続く。
地獄は、ここにある。手をつないだ体温だけが、私を踏みとどまらせてくれた。
シャワーの音が、鳴っている。
排水溝に血が流れている、私が殺した父の死体。
リビングの床に転がっている物。
血が床に染み込んでいるのは、兄が殺した母の死体。
私たちは、ただ流れる血の音を聞きながら空をながめていた。お互いの手だけは離さないまま。
兄さんが、ポツリと言う。
「……処理しなきゃな。」
処理。そうだ。処理しなきゃ。これは、もう人じゃない。
「……そうだね。」
父に熱湯を浴びせられた兄の顔は、真っ赤に腫れあがり痛々しい。そっと手を伸ばして触れる。
「…冷やさないと。」
「お前も。」
私の首にそっと指先が触れる。はっきりと締められた跡と長い爪の刺し跡から血が流れている。
兄さんの指先に血がつく。
「やめて。触らないで。…汚い。」
あの物と同じ血が嫌だった。兄さんについたら、汚れてしまうみたいで。
「汚くない。…俺も同じだろ。」
同じ血。そして同じ罪。暖かい体温。暑いはずなのに、冷え切った身体は同じ体温がなければ、凍りついてしまいそう。
「…大丈夫。守る。必ずお前だけは。」
嫌。守られるだけは嫌。
「私も守る。絶対に。兄さんだけに背負わせたりしない。」
私たちを助けてくれなかった人たちに、なぜ傷つけられなければならないのか。私たちは、自分を守っただけ。これ以上、誰にも傷つけさせない。
「…そうだな。」
血のむせかえるにおいの中で、正常に状況を確認して、手を洗い、火傷を冷やし、笑い合う。
異常で正常な私たちは、淡々と父と母だった物の処理をした。
四人だった頃にはあり得ないほど、幸せそうに笑いながら。声をあげて笑った。




