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神父様は、私の話を聞いてくれた。人と話をすることなどなく、言葉もうまく出てきてはくれない不慣れ過ぎる私の話を。真摯に誠実な目をして。
だからこそ、私の話に価値は無い。隠れて血を吸い、吸えなくなって飢餓にさいなまれ、怪我をした子供の血を吸っただけ。情報と呼べるだけの価値は無い。薄っぺらい私。
話など数分で終わり、私も気になった事を聞く。…本当に、今更ですが。
「神父様の名前を教えて欲しいです。」
「…教えてなかったですね。すみません。僕は、サハヤといいます。…君の名も聞いていませんでしたね。…本当に混乱していたな。」
最後の言葉は、ひとりごとのように小さくつぶやいただけだったが、私の耳にははっきり聞こえてしまった。…私も無表情ながら混乱していたが、神父様も名前を聞く余裕もなかったらしい。
「私の名前は、サヤ…です。」
サヤ。今世の名前。私を産んでくれた人がつけてくれた名前。なんの違和感もなく自分の名だと思っていた。…だか、今の私にはサヤという名が皮肉に思える。…前世でサヤという言葉は刀や剣をしまう筒。
サヤを抜けば、人や物を切り裂く刃。
…私の唇の中には、人を切り裂く牙がある。サヤで刃を隠すように、私も見えないように隠している。隠さねばならない。そのための名のようだ。
偶然につけた名前?いや、この名前は必然なのだろうか。無意識にため息をつく。
「サヤ。かわいい名前ですね。豆のサヤですか?ご両親は、農民でしたか?」
なんの含みもなく、のんびりと優しい言葉を言う。…本当に、危機感の無い人だ。野菜のサヤか。
「いいえ、父は農具を作る職人でした。母は野菜も作っていましたが、家庭菜園のようでした。」
家の隣に小さな小屋があり、そこで土を耕すため、人を生かすための農具を作っていた。私とは、逆の尊い仕事。母は、野菜を育て子供を大切にする優しい人。
「…私とは、逆の人たちでした。」
野菜のサヤであればよかった。種を守るためのサヤ。でも、実際に生まれきたのは…人を傷つけるための刃を隠し持ったサヤ。血を好む刃。
私は、どこで、なぜ、いつ、間違えて生まれてきたのだろう。神父様に名前を教えるだけ。それだけでこんなに、気分が沈むと思わなかった。
「良い名前ですね。」
その言葉に意味などない。子供をあやすための優しい言葉。だか、私はその言葉に笑えなかった。




