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神父様が抱えていた頭を持ち直し、苦悩をにじませる。…私、何か悪い事でもしましたか?思い当たるのは、話を聞かなかった事ぐらいです。あと、神父様の存在をちょっぴり忘れてたぐらい。…なんかすまん。神父様。反省する。…たぶん。
「君の話を聞きたいのですが。」
「私の話…ですか?」
「君は、いつから血を欲するようになってのですか?」
「いつから…たぶん、赤子の頃からですね。母の血を吸っていました。…反射的に。」
生きるために必要なのだとわかっていた。生まれてすぐに。生まれたばかりでもすぐに立ち上がる、草食動物のように。そうしなければならないと、本能が知っていたかのように。
「待ってください。君は、赤子だった時の記憶があるのですか?」
驚く神父様。…あれ?私、忘れていない。母の茶色の髪。笑った時の片方だけのエクボ。爪が黒くなった手で私の頬を撫でる父。父の鎖骨にあるほくろ。…なんでこんなに鮮明に覚えているのだろう。
「…あります。はっきりと覚えています。」
これは、異常なのか?前世の記憶が未だ曖昧で区別がつかない。どこまでが異常でどこまでが正常なのか。
「君の親御さんたちは、血を欲する人たちでしたか?」
「…いいえ。あの人たちは違います。…あの人たちは…普通の優しい人たちでした。」
そう、とても優しく普通の人。普通であるが故に異常な私を受け入れられなかった。善良であるが故に私を殺すという選択ができなかった。
「わからない事だらけですね。」
神父様が、笑う。私も笑う。どうしてここに生まれてきたのかも知らず。血を欲する理由も知らず。聖水をおいしいと感じる理由も知らず。
何も知らないまま、私はここにいる。
…他の人たちは、知っているのだろうか。生まれてきた理由を。食べられる物を欲する理由を。水を飲める理由を。周りと同じだから安心しているだけなのかもしれない。
そして、私は少しズレた。食べ物も飲み物も。
少しズレただけ。…だから私は、悪魔じゃない。そう思いたい。…死んでもいいと思うのと同じぐらい、生きたい。そう思う事は、自然な事なのだろう。私は、どっちでも構わない。天秤は、どちらにも揺れて傾く。死にたいのに生きたい。矛盾だらけ。でも、それが私。
神父様は、静かに調べましょうと言った。私を責めることなく、ただここに私がいる事実だけを見てくれている気がした。




