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シスターとやって来た男の人の話を、私は聞いていた。聖水。普通に生きていれば浴びる必要のないモノ。普通じゃないモノを殺すためだけのモノ。
私はどうなるのだろう。
逃げろと私がいう。もう一人が逃げられないという。…そうだ。逃げられない。
聖水を持った男の人をジッと見つめる事しかできない。独房の扉を開けて中に入ってくる。まだ、若く少年のような顔には、ためらいがあった。
聖水をかけられれば私は。
私の視線の強さに怯えたように、私から目をそむけ、聖水の瓶のコルクを取った。空の色よりも青いその水は、着色料で染まったカキ氷のシロップのようにみえた。
この水が、私を日の光のように苦しめるのだろうか。
歯が自然に鳴り始める。カチカチ。私は、怯えている。私は、死が恐ろしい。飛行機が落ちた時もずっと震えていた。きゃーぎゃーと金切り声が響く中で、座席の手すりを握りしめて歯を鳴らし震えている事しか出来なかった。…この事故は、私には何かを変えることなど出来なかった。
私は死ぬの?私は喰っただけなのに。食べたかったモノを食べただけなのに。
私をこんな風にしたのは誰?
私は私として生きてはいけないの?
疑問が次々と浮かび上がる。生まれた事に意味があるのならば、人と違うだけで、排斥されなければならないのか。
怒りだけが私の中にうごめく。
この男を殺せば。
…そう考えた後に、人を殺すに嫌悪感が湧き上がる。ダメ。それだけは。ダメ。
大きな手の平に撫でられた記憶。学校の教室で、ノートの切れ端で会話した記憶。抱きしめられて、ガチガチに固まった私の耳に、私の心臓の鼓動よりも早い大きな身体の心臓の鼓動にホッとした記憶。
優しくしてもらった。笑い合った。じゃれあって幸せだった記憶が、私を縛る。
指一本ですら動かせず、青い聖水がかけられるのを見ている事しか出来なかった。