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くすんだ鏡に向かって口を大きく開けてみる。立派な噛み付くためにできた歯が見える。とりあえず唇に食い込ませてみると、プツリと血がにじむ。
…その血を美味いと感じてしまう時点で私の味覚の異常さが認識できる。深く深くため息が出るのを止められない、
どうしてこんな事になってしまったのか。
それは、私にも分かりはしない。ただ、生きている。それだけが私に分かっている真実である。
いつから、血を美味しいと認識していたかといえば、生まれてからすぐにとしかいいようがない。初めて母の乳をふくんだその瞬間に、乳を吸う事と同時に噛み付いた。…本能で。理性のカケラもなく。生まれてすぐに立ち上がる事を定められた獣のように。血を吸う事が私には、必要だった…らしい。
母から、血を吸う。生きていくために。
仕方のない事だった。本能に支配された子供に、何の決定権もなく、あるのは生きるという目的だけである。
母が二人目を妊娠してから、日常は崩れていった。生まれてすぐに生えそろった歯。赤く血の色の目。茶髪の両親に似ても似つかない銀色の髪。お乳をあげた後の乳白色に混ざる血の色。血を飲まれているのに痛みを感じない異常。…乳と共に血を恍惚と飲む乳飲み子の異常性。
ようやく、気づいた。母と父は、私を捨てた。
…私はそれを責められない。今、前世の記憶が戻った私には、どれほど母が恐怖を感じていたか、父が、私に不信感を感じていたか分かってしまったから。ただ幸いは、この町に孤児院があり私をそこに捨ててくれた事だった。…たぶん、乳飲み子を殺す事は、あの善良な平凡な普通の夫婦には出来なかったのだろう。
そして、私は、生き延びたのだ。…生き延びてしまったのだ。