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復讐は内密に  作者: K
9/12

9. 違和感という名の楔

※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。

現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。

王都にほど近い、薄曇りの午後。

リディアーヌは、細い路地に佇む小さな喫茶店の扉を押した。前回と同じ時間、同じ席にすでにアシェルは座っていた。


その肩には、ピピが止まっている。


「お久しぶりです、叔父様」

「あぁ、急に会いたいと言われて驚いたな」

「ええ、どうしてもお話したいことがあって」

アシェルの表情は穏やかだが、どこか探るような目をしていた。

リディアーヌは、湯気の立つ紅茶に手を伸ばしながら、決意を固めた。

まず聞くべきは、あの子のこと。


「……ルチアナのこと。どう思っているのか、率直に伺っても?」


アシェルは眉を少しだけ上げ、そしてあっさりと答えた。


「哀れな、小娘だよ」

その言葉は、冷たいものではなかった。

ただ、断言のように響いた。


「……どうして、そう思うのです?」

「“好かれて当然”という前提で世界を見ている。本人は無自覚かもしれないが、それはとても……危ういことだ」

「でも……実際にあの子は、たくさんの人に好かれていて……その姿を見ていると、誰もが心から彼女を慕っているように見えるのです」

リディアーヌがゆっくりとそう返すと、アシェルはふと視線を伏せた。


静寂。

何かを飲み込むように、口をつぐんだ。


(……やっぱり。なにか知っている)

確信には届かずとも、リディアーヌはアシェルの“躊躇”に本能的なものを感じ取る。


「……本題に入らせていただきます」

「ようやく?」

「神の祝福について、教えていただきたくて」

カップを置いたアシェルの手が、一瞬止まる。

そのわずかな変化を、リディアーヌは見逃さなかった。


「何が、知りたいんだ?」

「……もし、誰からも好かれることが“祝福”の一種であるとしたら──それが、ある日突然失われることは……あるのでしょうか?」

アシェルは視線を逸らし、何かを思い出すように小さく息を吐いた。


「あるよ」

その返答は、即答に近かった。


「どんな時に、失われるのです?」

「……簡単だ。違和感を感じさせた時だよ」

「違和感?」

「そう。“何か、おかしい”って思われた時点で、それはほつれ始める」


アシェルはそう言うと、ゆっくりと説明を始めた。


「たとえば──ある日突然、完璧すぎるほど魅力的な人間が現れたとする。誰もが称賛し、敬意を払い、親しく接する。だけど……もし、ひとりの誰かがふと、『でも本当にそうか?』って疑問を抱いたら?」

「……」

「小さな針のようなその感覚が、次第に他の人にも波紋のように広がっていく。そして気づいたときには、“なぜそんなに好かれていたのか”という根本に、誰も説明がつけられなくなっている」

「……たしかに。そういうこと、あるかもしれません」


「祝福ってのは、特別な加護でもあり、同時に極めて不安定な仮初めでもある。

無条件の信頼って、ほんの些細なきっかけで壊れる。

……違和感は、その最たるものだよ」


アシェルは静かに、しかし確信をもって語った。

リディアーヌは、その言葉のひとつひとつを心に刻み込んでいく。


(もし、ルチアナの“好かれすぎ”が祝福によるものなら……それを崩す鍵は、“違和感”)


彼女の声のトーン、仕草、反応、言葉の選び方……あの妹のすべてを、これまで以上に注意深く観察しようと、リディアーヌは心に誓った。



「……ありがとうございました、叔父様」

「礼には及ばない。けど……あまり深入りしすぎないように」

「え?」

「祝福には、得る者と失う者がいる。誰かが何かを持つとき、誰かが何かを奪われているものだ。そういう構造を忘れないでおくといい」


アシェルは小さく笑った。

その笑みには、少しだけ痛みのようなものが混じっていた。


「……誰もが“得たもの”に目を向ける。だが気づけばすぐそばに、何かが抜け落ちているんだ。

それがどれほど大切だったかに気づく頃には、もう遅い」


リディアーヌは、その言葉の意味を測りかねていたが、アシェルの視線は紅茶の底に沈んだように、深く、どこか遠くを見ていた。

静かに席を立ち、礼を言って喫茶店の扉を開ける。

頬を撫でた風は、ほんの少し冷たかった。


「……違和感、か」

それは、無意識の中にあるごく小さな疑問。

けれど、だからこそ最も深く、強く、人の心を揺らすもの。


彼女はこれから、確かめにいく。

あの妹は、本当に“無垢”な存在なのか。

それとも……。

****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
私自身、特定は出来ていないのですが何かの香りに咳が止まらなくなるというアレルギー反応が出ることもあり、大変興味深く楽しく拝見しています。
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