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復讐は内密に  作者: K
7/12

7. 可哀想なリディアーヌ

※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。

現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。

あれから数ヶ月後、父の体調は目に見えて崩れ始めていた。


はじめはほんのかすかな蕁麻疹や喉の違和感だったはずが、最近では咳が長引き、身体の節々が痛むと漏らす日もある。

医師を呼べば、風邪や疲労によるものだと診断されるがリディアーヌは、その正体をよく知っていた。


アレルギーは、ある日突然現れるわけじゃない。

繰り返し体に取り込まれた異物――その“種”に、免疫が過剰反応するようになる。

この状態を“感作”という。


すでに父の身体は“感作”されつつある。

長い時間をかけ、少しずつ少しずつ、毒は確実に浸透していた。


「お父様、今日はもう執務はおやめになって、横になってくださいませんか? 私が代わりに処理しておきます」

「……お前に、そんなことが務まるのか?」

最初こそ疑うような目を向けていた父も、熱っぽい額に手を当て、息をつくようにしてしぶしぶ頷いた。



リディアーヌは静かに頭を下げて父の寝室を後にし、書類の束を手に書斎へ向かった。

見慣れた領地運営の帳簿に目を通すうち、前世の記憶がふと蘇る。

地方行政の資料作成、財務報告の整形、農産物流通の課題……

どこかで見たような懐かしさに胸をくすぐられながらも、処理の手は止まらない。


死に戻る前の記憶と、さらにその奥に眠る“前世”の記憶。

その二重の記憶があるリディアーヌにとって、この程度の書類処理はもはや難しいことではなかった。


それに今日の書類の中には、まさに彼女が目をつけていた領地改革に関する予算案があった。

インフラの再整備、作物の転作支援、流通路の見直し──

本来なら父が握りつぶしていたであろう改革案だ。


「……都合がいいわね」

病で寝込む父に代わり、正当な後継者として執務を担う。

誰もそれを責めることはできない。


夜までかかって数日分の仕事をこなしたとき、ふと執務室の扉がノックされた。

顔を覗かせたのは、具合を悪そうにした父だった。


「おい……お前、本当に全部やったのか……?」

「ええ。滞っていた案件もありますし、必要であれば今後も私が代行しましょう」

父は黙ったまま、書類に目を通した。

ざっと内容を確認し、眉をわずかに上げる。


「……よく、やったな」

その言葉に、リディアーヌは数秒遅れて反応した。


思いがけなかったのだ。

父が、自分を褒めたことが。


(ああ、そう……ようやく、ね)

確かにそれは、今の自分の働きに対する当然の評価だった。

けれど、胸に去来したのは誇らしさでも感謝でもなかった。


一度目の私は、どんなに頑張っても認めてもらえなかった。


舞踏会の立ち居振る舞い。刺繍。音楽。すべてに努力しても、父も母も一度として褒めなかった。

むしろ、妹のルチアナばかりを称賛し、リディアーヌには欠点を探しては指摘していた。


今になってようやく与えられた「よくやった」の一言が、どれほど皮肉に響いたことか。


褒められて嬉しいどころか、過去の自分が哀れでならなかった。


可哀想なリディアーヌ(哀れなわたし)。あんなにも必死に努力して、ただ愛されたかっただけなのに)

温かな言葉に見せかけたその一言が、むしろ憎しみを深く、赤黒く燃え立たせる。


リディアーヌは微笑みを崩さず、丁寧に父を部屋へ戻した。


心配げに背を支えるその手の中に、誰が毒を握っているのか

父はまだ、何も知らない。


それからわずか半年の間に領地の様相は、目を見張るほどの速さで変わっていった。


これまで無駄が多かった予算は刷新され、古びた水路や道路が次々と整備され、貧しかった農村には新たな作物の種子とそれに伴う技術支援が届けられ、住民の暮らしにも確かな変化が現れ始めていた。


本来であれば、数年はかかるとされた改革を、リディアーヌはわずか半年で形にしてみせたのだ。

保守的な古参の領主たちでさえ、「小娘では務まらない」と笑っていたはずの彼女の手腕に、舌を巻くしかなかった。


「……あのリディアーヌ様が、ここまでとは」

「まさか、前領主様より領民に慕われることになるとはな」

「無能な娘?とんでもない。化け物のような頭脳だ」


そんな声が、気づけば王都にまで届くようになっていた。

誰もが口をつぐんだ。

リディアーヌを侮り、無視し、排除しようとした者たちは、今ではリディアーヌの顔色を窺いながら、頭を垂れている。


気づかれぬように、静かに。

復讐は、内密に。そして、美しく。

その微笑みの奥にある炎に、気づいた者など、誰一人いなかった。


****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

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