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復讐は内密に  作者: K
6/12

6. ルチアナの秘密

※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。

現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。

バルドートは、あの一件以来、人目を避けるように屋敷に引きこもった。

婚約継続は到底望めず、彼の家から送られてきた慰謝料、口止め料とも呼べるそれは、リディアーヌの父の怒りを鎮めるには十分だった。

父はさほど感情を露わにすることもなく、淡々と受け取るだけだったが、その裏でリディアーヌの毒は今日も少しずつ、確実に積み重なっていく。


「気のせいか?」

父はある日の夕刻、顔をしかめてぽつりと呟いた。

確かに、ここ数週間、かすかな痒みやむずむずする違和感を訴えることが増えていた。

それでも、「歳のせいだ」と笑って見せるが、その笑みはどこか無理をしているように見えた。


リディアーヌはその様子を冷静に観察し、胸の内で小さくほくそ笑んだ。

「予兆は確かに現れ始めている」と。


だが心のどこかでまだ片付けられない思いがあった。

それは、ルチアナのことだ。


あれほどまでに、誰からも愛され、親しまれる存在。

初対面のはずなのに、老若男女問わず誰もが彼女を歓迎し、好意的に接するのはなぜなのか。

ただの美しさや人当たりの良さだけでは説明がつかない“何か”が彼女にはある。

リディアーヌは改めて、ルチアナの正体に迫るための情報を求め始めた。

果たして、彼女の秘密はこの先、どこに隠されているのだろうか。


リディアーヌはその答えを求めて、王都最大級の図書館へ足を運んだ。

古今東西の文献を漁り、ルチアナのような人物や類似の逸話がないか探してみようと思ったのだ。


そして、思いがけない人物と出会う。


「リディアーヌ?」

「叔父さま」

なぜアシェルがここに、と言いかけた口を閉じる。

そういえばリディアーヌはまだアシェルに礼も返していなければ、例の虫へのお礼も済ませていなかった。

慌てて礼を言おうとするが、複数の視線が向けられている。


アシェルはルチアナ以上に美貌に秀で、王都でも名の知れている。

だから今も尚、性別問わず周囲の視線を一身に浴びていた。

この状態で礼も言えるはずがなく。


「アシェル叔父さま。少しだけお時間をもらえませんか?」




アシェルを誘って向かったのは、図書館の裏手にひっそりと佇む隠れ喫茶店だった。

その静かな空間で、外のざわめきが嘘のような静けさのなか、カップが触れ合う音だけが響いていた。


差し出されたカップから香るのは、淡い柑橘と花のブレンドティー。

リディアーヌは、言葉を慎重に選びながら口を開いた。


「……その、先日の件ですが……。ドレスも、それに……あの虫も。ちゃんとお礼を言わなければと思っていたんです」

アシェルはカップを持ったまま、無言でリディアーヌを見ていた。

返答がないまま数秒が過ぎる。

けれど、不意に彼の唇がわずかに動いた。


「──婚約は、破棄になったのか?」

その問いに、リディアーヌの手が微かに揺れた。


なぜそれを気にする?

思わず目を瞬かせながらも、リディアーヌは静かに頷いた。

それを見たアシェルの表情が、ほんのわずか、だが確かに緩む。

張り詰めていた何かが緩やかに解けるような気配。

それに気づいたリディアーヌは、思わず彼の顔を見つめてしまう。


だがその変化はほんの一瞬で、次には何事もなかったかのように、アシェルの顔から感情の色が消えた。


「それで……今度は、なにを調べていたんだ?」

低く落ち着いた声。

リディアーヌは、ほんのわずかためらいの色を見せた。


ルチアナのこと話していいのか。

アシェルがルチアナに特別な好意を抱いていないという確証は、まだない。

もし無警戒に話してしまえば、あの女に伝わる可能性だってある。


そうなれば、こちらの出方が悟られてしまう。


「……いえ、興味本位で昔の文献を眺めていただけです。特に深い意味はなくて」

出来るだけ自然に、肩の力を抜いて笑みを浮かべた。

アシェルは追及するでもなく、ただ静かに頷き、手元のコーヒーに口をつけた。


その様子に、リディアーヌは変に勘ぐられずにすんだことに小さく息をついた。



喫茶店を出ると、まばゆい陽光とともに王都のざわめきが広がっていた。

大通りへ出た瞬間、人だかりと歓声がリディアーヌたちの目を引く。


「きゃー!ルチアナ様〜!」

「今日もお綺麗で……!」

「見てあのリボン、最新の仕立てよ!」

取り巻きに囲まれ、中心にいたのは他ならぬルチアナだった。

絹のように光を受ける巻き髪。

淡い桜色のドレスが風を孕んで揺れ、そのたびに人々の賛美が上がる。


ルチアナはその中で、リディアーヌを見つけた。


「あっ……お姉さまっ!」

明るい声が弾み、ルチアナは小走りでこちらに向かってくる。

けれど不思議なことに、リディアーヌを呼ぶ声とは裏腹に、ルチアナの視線も足も、まっすぐアシェルに向けられていた。


ルチアナは満面の笑顔で、胸元のリボンを整えながら駆け寄ってくる。


「……リディアーヌ、今日は会えて良かった」

が、アシェルはただリディアーヌに一言だけ告げると、そのまま背を向けてルチアナとは反対方向へ歩き出した。

あっさりと去ってしまうその背中にリディアーヌは驚き、そして挨拶もなく去っていったアシェルにルチアナも足を止めた。



そこに、先ほどまでの笑顔はもうなかった。

代わりに浮かんでいたのは、明らかに歪んだ、敵意を含んだ視線だった。

まるで、初めて思い通りにならなかった玩具を前にした子どものような、苦い怒り。


(……もしかして、叔父様は……ルチアナに興味がない?)


ゆっくりと遠ざかるその背中が、今までより少しだけ頼もしく思えた。



****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、と思っていただけましたら・・

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