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復讐は内密に  作者: K
5/12

5. 復讐はお茶会にて

※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。

現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。

薔薇の香りが濃く漂う初夏の午後、王都の上級貴族のひとりが主催する茶会に、リディアーヌたちは招かれていた。


「……まさか、あなたまでついてくるとは思わなかったわ」

控えめに声をかけると、ルチアナはくすりと笑った。


「だって、お姉さまとバルドート様がお出かけになるって聞いたから……私も一緒にお祝いしたくて!」

祝い?何を、と言いかけたが、リディアーヌは笑顔で飲み込んだ。


バルドートは、赤を基調とした外套に金の刺繍を施した華やかな装い。

目立つ色を避ける貴族の間ではやや浮き気味だったが、本人はご満悦らしい。

その隣に座るルチアナは、桃色に近い淡いローズカラーのワンピース。薄絹のスカーフが陽光に透け、まるで花の精のようにさえ見えた。


「ルチアナ嬢、今日の君はまるで春の妖精のようだ」

バルドートが軽やかに言って、ルチアナのスカーフに視線を向ける。

「お祝いの場にぴったりの彩りだ。まったく今日の主役より目立ってしまうのでは?」

「ふふ、やだバルドート様ったら。でも、そう言っていただけると嬉しいです」

ルチアナはまんざらでもなさそうに笑い、軽くスカートの裾をつまんで微笑む。


「それに比べて……リディアーヌ嬢は随分と地味な装いだ。まるで森に紛れてしまいそうだな」

その言葉にルチアナが首を傾げて、まるでフォローするかのように言う。


「そんなことありませんわ。お姉さまには、ああいう落ち着いた色が“とてもお似合い”ですもの」


落ち着いた色。

地味だと遠回しに肯定しながら、笑顔で同意するその調子に、どこかで聞き慣れた毒が混ざっている。

リディアーヌは、そのやり取りを黙って見ていた。

そうね、と言葉に出す代わりに、淡いグリーンのドレスの裾を静かに整える。


新緑の若葉を思わせるような、柔らかな色合い。

上質なシフォンが何層にも重なり、歩くたびに風をはらんで揺れるその衣装は、どこか静かな気高さを纏っていた。


(……本当に、よく似合う。あの方は、よくわかってる)

胸元で微かに光を反射する小さなペンダント──

それは、ピピを通じて届いた包みに添えられていた、ひとつの贈り物だった。


華奢なチェーンの先に揺れる、控えめなエメラルドグリーンの宝石。

石の裏には、ごく小さく、けれど確かに「A」と刻まれている。


(……味方なのかどうかは、まだわからないけれど)


それでも、このネックレスを受け取ったとき、心の底にひとしずく、温かい何かが落ちたのを彼女は忘れていなかった。

リディアーヌはそっと胸元に手を添え、ペンダントを確かめるように指先でなぞった。


三人を乗せた馬車は、お茶会の会場へと到着する。

招待状に記されていた名は、リディアーヌとバルドートの二人だけだった。

けれど屋敷に入るなり、主催者である老貴族夫妻の顔が輝いた。


「あら!まさかルチアナ嬢もご一緒とは……これはなんと光栄な!」

「おやおや!お噂はかねがね……本当に天使のような方だ!」

初対面のはずなのに、言葉だけでなく表情まで熱を帯びている。

ルチアナはいつもの微笑を浮かべながら丁寧に礼を述べ、感激された客人のように振る舞っていた。


(……本当に、不思議)

リディアーヌは横目でその様子を見ながら、内心で眉をひそめる。

子どもから老人まで、身分の上下を問わず、彼女を見た途端に笑みを浮かべ、親しげに語りかける。

美しさだけでは説明のつかない“何か”が、確かにある。


(──なぜ、誰もが彼女を無条件に受け入れるの?)


思考の海に沈みかけたところで、不意に風が吹き抜けた。

ガーデンの薔薇が揺れ、テーブルクロスがはためく。

その隙間から、小さな何かが空を切った。


「……う、うわっ!こっちに来るなっ!」

叫び声とともに立ち上がったのは、バルドートだった。

彼の目が何かを追い、赤い外套の胸元をばたばたと叩いている。


「蜂だ!蜂が俺を──っ、う、うわああッ!!」

悲鳴とともに、彼は足がもつれて転倒し、まるで子どものように地面をのたうった。


「な、なにごとだ!?」

騒然とする周囲。

客人たちがざわめき、主催者がすぐに駆け寄る。


「ああっ、刺された!毒がっ、毒が──っ!」

バルドートは顔を青ざめさせ、地面に転がりながら騒ぎ立てていた。

彼の外套にはひときわ小さな虫が一匹、絡みついている。

主催者の老貴族がそれを手早く捕まえ、目を細めて確認する。


「……これは無毒の“フレアウィング”だな。よく似ておるが蜂ではない。毒などないぞ」


呆然とするバルドート。

胸の鼓動がそのまま全身に伝わっているかのような、異常なまでの震え──彼の外套の裾が、ゆっくりと濡れていくのを、誰もが目撃した。


客人たちの視線が、音もなくバルドートに集まっていく。

静寂と軽蔑が同時に降りかかる中、地面に座り込んだままのバルドートは、ただ呻くしかなかった。


リディアーヌは、そんな彼の姿を静かに見つめていた。


「……汚っ」

不意に聞こえた声に視線を向ければ、ルチアナが、思わずというように口元を押さえた。

ごく小さな声だったが、確かに聞こえた。

リディアーヌは微かに浮かんだ笑みを気付かれぬよう口元に手を添える。


恥辱と恐怖。名誉と尊厳の失墜。

誰にも理解されず、誰にも同情されず、ただ“滑稽”に見られながら社会から剥がれていく。


あの笑みも、傲慢さも、もう戻ることはない。


(さようなら、バルドート。私の隣に立つには、あなたは──)


あまりにも、ちっぽけだったのだから。

****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、と思っていただけましたら・・

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