表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐は内密に  作者: K
2/12

2. 死に戻りの副産物

※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。

現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。

昼下がりの陽光が、石造りの廊下をぼんやりと照らしていた。

リディアーヌは静かに歩きながら、思考を巡らせる。


「父と母、そしてルチアナ。どうすべきかしら……」

憎しみは冷え切っている。

激情ではなく、精密な刃物のような思考で、順番と手段を選びたい。

しかし、直接手を下せば疑念が生じる。

毒?刃?事故?いずれも、この世界の常識では目をつけられやすい。


(……でも、私は手に入れている。死に戻ったときにある“知識”を)


あの夜、頭を石畳に叩きつけられ、命を失ったその瞬間。

リディアーヌの意識はまったく別の世界――「地球」と呼ばれる異世界を生きていた、ひとりの男の記憶と重なった。


「あれを“前世”と言うべきなのかしら?」

医療技術と科学知識が異様に発達した世界。

彼は“管理栄養士”という、専門職に就いていた。

日々、病院で患者に最適な食事を設計し、アレルギーや体質まで考慮したメニューを構築していたという。


信じられないような職業。けれど、彼の記憶は限りなく鮮明で、詳細だった。

栄養素の分解速度、食品の組成、代謝の機構。

この世界の“知”をはるかに超えた、精密な知識が脳裏に焼き付いている。


その中でもリディアーヌが特に心を奪われたのが。


「……“アレルギー”」

この世界には、存在しない概念。

異物に対する過剰反応という“病”は、ここでは誰にも知られていない。


「もし、それを利用できれば……」

突発的に発症し、原因不明のまま命を落とす“未知の病”。

そしてそれが、特定の食材を摂取した結果だったとしても、誰も気づかない。


疑われずに“終わらせる”ことができる。

リディアーヌの口元が、冷たい笑みに歪んだ。


「誰にも悟られず、確実に葬る。完璧な手段だわ」


その日、彼女の心には明確な計画が芽吹いていた。


――復讐は、もう始まっている。



母がソレを口にしたのは、昼食の終盤だった。

貴族階級に相応しく、素材にも調理にも一切の妥協がない。にもかかわらず、母は突然口元を押さえた。


「……なんなの、この痒み……っ」

紅潮した頬、うっすら浮かぶ蕁麻疹。

軽く腫れた瞼。

医師が呼ばれ体調不良と片づけられたが、リディアーヌはその全てを見逃さなかった。


(……これ、まさか)

記憶の底で一致する症例があった。

前世の男――栄養管理士だった“彼”の知識がよみがえる。


“アレルギーは、ある物質に対する免疫の過剰反応のこと。

特定食材で再現性がある場合、疑うべし。

また個人差有り”


その日のメニューを、リディアーヌはすぐに記録した。

サーモンのミルク煮、ヘーゼルナッツと根菜のポタージュ、黒パン。


「アレに“アレルゲン”があるのね、なら……試せばいい」


その日の晩、リディアーヌはさりげなく厨房に伝えた。


「ヘーゼルナッツと根菜のポタージュを、母が気に入っていたの。もう一度出してあげて」

新しい料理人はリディアーヌの言葉に疑うこともなく笑顔で承諾し、そして夕食時に母はまた、顔をしかめた。


「また……痒いわ……なんなのよ、最近……っ」


彼女の中で、答えは確信に変わった。

“この世界にない概念”であるがゆえに、誰も気づけない。

でも、リディアーヌは知っている。


“症状”が同じ、“食材”も同じ。

父もルチアナ、そしてリディアーヌも苦しんでいない。


(アレルギー。免疫が自分自身を攻撃する。これほど都合のいい毒があるかしら)


魔法でも呪いでもない。

だが誰よりも恐ろしい、“体の中から起こる拒絶”。

使い方を誤れば、ただの不調。だが適量と頻度を調整すれば“死”に至る。


リディアーヌは、ひっそりと目を細め口元を歪ませた。



柔らかな陽射しが差し込む午後、母が主催するお茶会の会場は、繊細な音楽と優雅な会話に包まれていた。

きらびやかなドレスに身を包んだ貴婦人たちが、陶器のティーカップを傾けながら、うわべだけの褒め言葉を飛ばし合っている。


「まあ、侯爵夫人のドレス、今日も見事ですわ」

「いえいえ、あなたの髪飾りのほうが――」

その中心にいたのは、他でもないリディアーヌの母親だった。

彼女はいつものように、自分だけが特別な存在であると信じて疑わない様子で、ちやほやされるのを満喫していた。


「このタルトも素晴らしいお味ですこと。どちらのお店かしら?」

「ええ、母がこよなく愛する店から取り寄せた品ですのよ」

侍女として控えていたリディアーヌは、にこやかにそう言って一礼した。

母が自慢げに胸を張り、さも自分のセンスで選んだかのように振る舞うのも、想定通りだった。


「まあ、当然よね。わたくしの舌が選んだものですもの」

母はそう笑いながら、金の縁取りがされた皿の桃タルトをフォークで一口分すくう。

満面の笑みを浮かべながら、周囲の視線を受けつつ、口元へと運んだ。


ひと口、ふた口と食べ進めるうちに、表情が微かに曇る。

そして、急に喉を押さえ、顔をしかめた。


「……っ、は……ぁ、ぐ……!げほっ、ぐ、ぅ!」

呼吸を乱し、紅茶のカップを落とす音が響いた。

カップをひっくり返し、周囲が一斉に立ち上がる。

ざわめきが波紋のように広がっていった。


「侯爵夫人!?」

「水を!」

「医師を呼んで!!」

「お母さま、大丈夫ですか!? しっかりして……っ!」


リディアーヌが真っ先に駆け寄り、母の背に手を回す。

涙すら浮かべ、苦しむ母を心から案じる“娘”を演じるのに、一切の綻びはない。


「お母さま、お願い……落ち着いて……誰か、早く!」

やがて医師が駆けつけ、母は部屋の奥へと運ばれていった。

お茶会は自然とお開きになり、客たちは一様に不安げな顔で屋敷を後にした。


リディアーヌはその場に取り残され、静かに微笑んだ。

誰も気づくことはない。


あの銀のフォークは、客前に出す直前、「特別な布巾」で拭かれていた。

それはただの上等なリネンではない。


ヘーゼルナッツオイルを染み込ませた、リディアーヌ特製の“布巾”だ。

ナッツの香ばしさは焼き菓子の香りに紛れ、誰の嗅覚にも引っかかることはない。

けれど、その微細な油分は確かに、フォークの先に付着し

そして母の体内へと運ばれた。


リディアーヌの目が細められる。

記憶の奥にある“もう一つの世界”で、アレルギーという現象を持っていた男。

その知識が、静かに実を結び始めていた。


それを証明する、最初の答えが――ようやく、出たのだ。


「よかった、間違いない。これで証明されたわ」

リディアーヌは席を立ち、まるで何もなかったかのようにサロンを後にした。

心には、次の標的の名を記して。


****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、と思っていただけましたら・・

いいねや下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、いろんな方に読んでいただけるようになるのですごく嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ