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復讐は内密に  作者: K
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1. 死に戻った令嬢

※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。

現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。

目を覚ましたとき、まず感じたのは、鼻腔を満たす淡い香油の香りだった。

清潔すぎるほど整えられた天蓋付きのベッド。

レースの垂れ布がわずかに揺れ、差し込む光をやわらかく歪めている。


この部屋、私は知っている。


確信とともに胸を衝いたのは、恐ろしいほど生々しい「痛みの記憶」だった。

石畳に頭を叩きつけられ、熱のように駆け巡った痛覚が、まだ皮膚の下で燻っている。

背後から突き飛ばしたのは、かつて“婚約者”と呼んだ男。

その男の瞳は殺意ではなく、盲目的な恋情で染まっていた。


妹の名を呼びながら、彼は私の命を奪った。

けれど私、リディアーヌ・フィオレルは生きている。


「……ゆめ…?」

夢にしては、あまりにも生々しい。

混乱を抱えたまま、ゆっくりと身を起こしたそのとき、ドアがノックもなく開いた。


「お姉さまっ!」

金糸の髪と透き通った瞳。

まるで絵画から抜け出したような天使が駆け寄ってくる。

ルチアナ、私の妹。


けれど、その顔が妙に幼く見えた。

記憶の中の彼女よりも、あどけなさが残っている。

声も少しだけ高い。あのよく通る甘さが、まだ完全に形を成していないようだった。


「お姉さまが倒れたと聞いて、あたくし、どれほど心配したことか!」

「……ありがとう、ルチアナ」

おかしい。本当に、何かがおかしい。


「ねえ、ルチアナ。今日は……何年、何月?」

「王暦842年の水月ですわよ? どうして急にそんな……」


鼓動が、ひときわ大きく跳ねた。

その日付は、五年も前のもの。


目の前がかすむ。

けれど、理解できた。


(……戻ってる。私は、過去に戻った)


ただの悪夢じゃない。これは“やり直し”だ。

誰の意志か、何の力か、それはまだわからない。

けれど、この五年という時間は、確かに私の手に与えられた。


「お姉さま……?」

心からの心配に見えるその瞳。

知らない人が見れば、きっと美しい姉妹愛だと思うだろう。


だが、私は知っている。知ってしまったのだ。


「ありがとう、ルチアナ。でも、まだ少し頭が重いの。だから席を外してくれないかしら?」

「……では、お母さまにそう伝えておきますわね」

一瞬、ルチアナの笑顔が固まったのは気の所為だったのか。

ルチアナは踵を返す足取りは軽やかで、残された空気だけが妙に冷たかった。


私はベッドから身を起こし、カーテンをそっと払う。

神様か悪魔か知らないけれど、誰かが私にチャンスをくれた。


やり直す、それだけのこと。


信じた者に裏切られ、家族に踏みにじられたあの日々を。

すべて、壊すために。



翌朝の食堂は、いつも通りの静寂に包まれていた。

いや、それは表面だけの話だ。

銀器が並び、使用人たちが淀みなく配膳する――それだけの整った空間。

父も母もすでに着席し、家族の中心にはルチアナが座っている。


「……昨日中庭で倒れたそうだな、全く人騒がせな」

「ほんとよね。ルチアナがどれだけ心配したと思って?あなたは一応ルチアナの姉なのよ」

父の声は冷たく叱責というより、無関心に近い。

母はルチアナの髪を撫でながら、言葉の刃をこちらに向けるだけ。


「お姉さまがご無事で、本当によかったですわ」

ルチアナは、つつましく微笑む。

“完璧な妹”の仮面を一分の隙もなく貼りつけた顔で。


「お騒がせしてしまい申し訳ございません」

彼らに頭を下げて着席をする。


目の前には、昨日と同じスープとサラダが白皿に整えられていた。

ただ一皿だけ、異様に香りの強いミートパイが並んでいる。


焼き立てのミートパイ

見た目は変わらない。

だが、香りの奥に、ほんのわずかに漂う酸味。

脂の変質した匂い。これは……古い肉を使っている。


そっと皿を取り、自然な笑顔を作って、ルチアナにパイを差し出した。


「これ、ルチアナの好きなものよね?」

「えっ……まあ、そうですけど……」

一瞬だけ、メイドの手が止まった。

背後で控えていた若い女中。彼女の顔から、血の気が引いていくのが分かった。


その動揺は、リディアーヌにしか見えていない。


「せっかくだもの。食べて?」

「……うふふ、お姉さまがそうおっしゃるなら」


ルチアナは、ためらいなくパイに手を伸ばした。

その直後、メイドが慌てて一歩前に出ようとした――が、間に合わなかった。


「お、お待ちを、ルチアさま!」

「……っ!?う、ぇえええ……!」

ルチアナの顔色がみるみる青ざめ、口元を押さえる。

微かな嗚咽とともに、ナプキンに吐き出す音が食堂に響いた。


「ルチアナ!?」

「どういうことだ!これは!!」

母が立ち上がり、父が使用人を怒鳴りつける。

料理人が呼ばれ、混乱の波が走る。


「これを用意したのは誰だ!?傷んだ食材を娘に出すとはどういうことだ!!」


私は、静かに立ち上がり、ルチアナの背をさすった。

いかにも優しい姉のふりをして。


「ルチアナ!?大丈夫?まさか、こんなことになるなんて!

あぁ、私がパイを渡さなければ……ごめんなさい、ルチアナ……!」

「お姉、さま……」

“優しい姉”のはずのリディアーヌに、ルチアナの瞳が揺れた。

あの子の中で、何かがわずかに軋み始めている。


結局、メイドと料理人はその日のうちに屋敷を追われた。

特に私の食膳を任されていたメイドは、鞭打ちを受けたあと治療もされないまま屋敷を追い出された。


もちろん誰も気づいていない。

リディアーヌが、この状況を“作った”ことに。


部屋に戻り、窓辺の椅子に腰かける。

昔の私なら、きっと罪悪感に苛まれただろう。

でも今は違う。


これは、ただの導入にすぎない。


リディアーヌ(わたし)を嘲り、虐げた者たち――誰一人、許すつもりはない。

踏みにじったすべての者たちに、順番に“報い”を受けさせてやる。



****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、と思っていただけましたら・・

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