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40話 迫る別れの時

 20XX/12/16 2025


 初めて見る異星の景色は直ぐに様相を変えた。地上を彩る夜景は姿を消し、旗艦で見慣れた景色へと切り替わる。自然、木々の割合が少しずつ増えていった。何ともつまらないと泳ぐ視線と思考は興味を求めて彷徨い、やがて運転席の男へと向かった。


 掛け値なしの善意で私を助けた伊佐凪竜一。疑いはしたが、幸いにも信頼に足る人物であるとは分かった。何とも頼りないという評価は残るが。


「何?」


「いや。少々退屈だと、ね」


 うっかり視線を重ねてしまった。何か言いたげに問う彼に、正直な理由を話した。少し前なら、こんな風に本心を晒すなどしなかっただろうが、随分と心境が変化したものだと我ながら思う。が、この気持ちは内緒にしておこう。


「そうか。寄り道は余り出来ないぞ。雪が降ってきそうだし」


「ゆき?」


「昨日、逃げる時に少しだけ降ってたアレだよ」


「あぁ、あの白い」


 その言葉に空から降る幻想的な自然現象を思い出した私は再び外を眺めた。どんよりと濁った空は昨日と同じで仄かに青くに輝く月は見えないが、もしかしたら雪が降って来る可能性があるかも知れない。


 戦いが終わって以降、頭を巡るのはこんなどうでも良い事ばかりだった。だけど、コレで良いと自分を納得させる。地球に降下する前は肩身の狭い思いをし続け、降下以後は死の恐怖と敵と味方の判断が付かない状況に精神をすり減らし続けた。


「ちょっと買い物」


 この逃避行は何時まで続くのか、仲間とはいつ合流できるのか、明日か、明後日か――と、否定的な思考に傾きそうになった矢先、車の移動先が急に変わった。


 フロントガラスから見える真っ暗な夜道が途切れた。煌々とした明かり、街灯よりも濃い光が徐々に視界を占拠する。見れば、恐らく何かの店。こんな夜まで営業している店があるのか、と物珍しさに様子を窺う。文字が読めないから何とも判断できないが、恐らく一日中経営している店らしい。


「コンビニだよ。色んな物を売ってる24時間経営の小売店、で伝わるかな?清雅グループ傘下の会社が事業展開してて、日本各地に合計5万以上こんなのがある」


 なるほど。法令はともかく、こんな夜まで経営しているのは何とも好都合。周囲を見回せば駐車場に車はなく、店内には一人で品出しする店員の姿しかない。絶好の好機――


「それで買い物に行くつもりか?」


 じゃない。慌ててナギを制止した。彼は何事かと私を見返すが、ややもすれば――


「あぁ、そうか」


 と、零した。漏れた溜息が私の視線を追いかける様に衣服へと落ち、その酷さにまた一つ溜息を零した。清雅市で起きた騒動を知らずとも、明らかに何か面倒事を起こしてきた程度に汚れた服は嫌でも記憶に残る。追う追われる以前に通報される可能性も否定出来ない。


「いや、でも君も」


 憔悴した視線が今度は私に向かった。彼と同じ位に私も酷い有様だ。流石に何着も同じ服を買えなかったのか予備の服はなく、仮にあったところであの戦闘で守り抜ける余裕などなかった。が、手詰まりではない。


「誤魔化すだけなら、多分」


 何とかなる筈と端末を操作、外装用ナノマシンを彼の衣服に付着させた。


「ン、お……直った!?」


 僅か数秒で破れ、開いた穴は塞がり、汚れが消えた。その様子を彼はただただ茫然と見つめる。


「見た目だけだが、これでも十分だろう」


「あぁ、と。ありがとう」


「どういたしまして」


 完璧とは言い難いが、少し前まで派手に戦っていたとは誰も思えない程度には自然な身形となった。問題なく買い物ができると、彼は小物入れを漁り、紙束を取り出す。


「現金だよ」


 物珍しそうに見つめていたからだろうか、彼は紙束の正体を端的に説明した。連合内には紙幣や硬貨が現役の惑星も多いと聞いた記憶があるが、実物を見るのは初めて。だから、珍しかったのは本当だ。


「まだ使っているのか?」


「台風とか地震とか大規模災害でシステムが完全に落ちる可能性があるからって理由で、だからまだ残してる」


「羨ましいな。あ、いや済まない。旗艦(むこう)じゃ自然現象を経験する事がなくて。精々、雨位かな。それも環境整備や衛生という意味合いが強くて」


「そう、なんだ。と、じゃあ行ってくる」


 彼も私の話に興味があったようだが、話す時間も惜しいと後ろ髪を引かれる様に車外へ飛び出した。


 何もできない私は彼の背中を目で追った。恐らく食事と一緒に私が頼んだ物も買ってくれるだろう。が、大丈夫だろうかと気になる部分もある。電子決済を警戒したのは評価したいが、彼の素性は清雅にバレている。もし――


「いや……えーと……予備まで全……壊しち……これ……修……なんだ」


 何かトラブルか?店内の音声を聴覚機能が捉えた。やはり有事でなければ現金が使えないのか分からないが、何やら面倒な問題に直面しているようだ。店内を見れば、ナギが店員と揉めていた。


「……修理して……から……じゃ駄目で……?流石に……小銭……ない……」


 断片的に聞こえる両者の会話からするに、現金払いをしたいナギとルールと濁しつつ現金払いを拒否する店員と揉めているようだ。助けに行く訳にもいかず、さりとてこのまま揉め続ければ通報から清雅に捕捉される確率が上がるだけ。


 その程度の事はナギも理解しているだろうが、意外と頑固な店員は頑として受け入れず、暫く攻防が続きそう――かに思えたが、何とか懐柔に成功した。釣りはいらない、そんな妥協点に店員は素直に現金払いを受け入れた。


 予定外の収入に(ほころ)び、紙幣の数枚を懐に隠す店員と、手痛い出費に顔を少し歪めるナギ。両者の対照的な姿を見た私の顔が車窓に反射した。


 口の端が少しだけ歪んだ顔。私は、何故かその顔を「お待たせ」と呟きながら車に戻って来た彼に見せたくなくて――


「あぁ。早く、行こう」


 だから、不自然な体勢のまま言葉を交わした。私はどうしてしまったのか。清雅の追撃の手は緩んでいないと言うのに。駄目だな、私は。


 急いで離れた方が良いと背中をそっと押せば、彼(よど)みなく車を発進させた。素直な性格なのは良い事だと、恐らく初めて伊佐凪竜一なる男に好意的な評価を下した私は、以後は黙って運転に身を任せた。車は暫く道なりに進み、やがて視界の端に派手な電飾が映り――


「到着したぞ」


 身体が揺れる感覚に意識が覚醒した。耳元から聞こえたのは聞き慣れた男の声。どうやら色々と考え込んでいる間に到着していたらしい。男の方向を振り向けば何処にでも良そうな平凡な顔が心配そうな表情で覗き込んでいた。


 素性は話した。が、それでもこの惑星の文明レベルでは信じ難い話だった筈なのに彼は私の話を素直に受け入れ、以後も私と行動を共にしている。


 最初は敵かも知れないと疑っていたが、後に誤りであると証明された。が、今でも心の何処かで疑っている。地球に取り残された私を救ったのは、偶然その場に居合わせた元清雅の肩書を持つ男。全てが上手く行き過ぎていると、疑り深い私の一面が囁きかける。


 私が助けたから彼も私を助けたのか。だが、果たしてそれだけで雇用元――しかも世界すら動かす超大企業に弓を引くのは正気とは思えない。怨恨か?ともかく今のところは私の利になる行動しかとっておらず、無防備な私を殺す気配さえ見せなかった。


 信頼出来る。そう分かっているのに、疑り深い自分自身に嫌悪が募る。だが、こんな気分も後少しの辛抱。もうすぐ、もうすぐ仲間が助けに来てくれる。

2章終了

next → 3章【漂流】 視点:伊佐凪竜一

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