100話 弐号機の過去 其の2
――翌日
映像は昨日と変わらず、緑あふれる公園で連合最新鋭機を引っ張り回す子供達を映す。ただ、行動の真意は別にあるらしい。アチコチを連れまわしながら、子供達は少しずつ公園の奥まった場所へと誘っている。大人達の目が入らない場所だ。
子供達は昨日と同じく屈託ない。弐号機もまた昨日と同じく終始無言、かつ仏頂面のまま子供達のなすがまま好き放題に連れ回される。その末、目的地の一角に辿り着いた。いや、連れてこられたと言った方が正しいか。ただ、場所が変われども大人達の目は相変わらず厳しい。
「きょうはねー、たけるくんにいろいろとおしえてあげようとおもいまーす」
「承知した。ところで、何を教えてくれるのだろうか?」
「たけるくんねー、みんなとあそぶときひとりだけくらーいかおしててたのしくなさそう」
「だからみんなでたけるくんのなやみをきいてかいけつしてあげようとおもいます」
「悩みとは無縁に作られてイる」
「それはうそ、わかるもん。いーっつもなにかにこまってる」
無表情、無言だが、弐号機は明らかに子供達への返答に窮する。ややあって――
「君達は私をどう思う?ご両親は私を嫌っている。もしかしたら君達も同じと考えたのだが、どうかな?」
「えー、そんなことかんがえてたんだ?」
「ふしぎだねー、わたしたちなんにもかんがえてないよ。ただみんなとなかよくしたいだけー」
「ご両親からは何も?」
「きいてるよー、でもかんけいないよねー」
「そうそう、かんけいないぞ。だからみんななかよくしなきゃあだめなんだよ。だっけどさーとうちゃんもかあちゃんもアイツとはなかよくするなって、それしかいわないんだ」
「キケンなんだってー、でもちがうよね。けどおとなたちはみんなたけるくんをキケンってきめつけてるの」
「たけるくんになにもきいてないのにかってにきめつけて、それがただしいってしんじてるの。すごくきずつけてるのにちっともわるいとおもってないんだよ。ヒドいよね」
「そうだよー、こころってみえないからいつのまにかきずつけちゃうんだよー。だからきをつけないといけないのー」
「だからわたしたちはなんにもかんがえないでたけるくんとあそぶの。それがいちばんいいの」
「たけるくんもしょうじきにいってね、わたしたちもしょうじきにいうから。こころってとてもつよいけどこわれやすいとおもうの。だからがんばってあいてのことをおもうの」
「それでもきずつけちゃったらちゃんとごめんなさいするからゆるしてね」
子供達は屈託なく笑う。言葉には弐号機への思いやりに溢れる。再び黙り込む弐号機。やがて――
「ありがとう。君達のおかげで疑問の答えに少し近づけた気がするよ」
感謝した。彼もまた生まれて間もない無垢な存在。偽りを知らず、本心から感謝した。その瞬間、ほんの僅かだけ頬を緩めた――気がした。
笑顔に気付いたのか、子供達は再び遊びに興じ始めた。相変わらず無表情のまま子供達に振り回される弐号機の姿は最新鋭機とは思えず、寧ろ人間そのものにさえ見えた。
だからこそ、僅かに気付くのが遅れた。疑問の答えと、確かにそう言っていた。人もそれ以外も、自身以外が何を考えているか理解できない。彼は何に疑問を持ち、どんな回答を得たのか?いや、現状を判断すればその場を誤魔化す為の嘘かも知れないと結論した。その矢先、私は見た。
今度ははっきりと、子供達に振り回される弐号機の無表情がほんの一瞬、笑顔に変わったのを見逃さなかった。だが、彼の内側に如何なる変化が訪れたのか、今の私には知る由もなかった。
※※※
子供達と別れ、居住区域の一角に取り残される弐号機。映像を見るに何の変哲もなかった。だからこそ疑問が残る。アラハバキは何を考え、弐号機と市民を交流させたのか?稼働テストにしても不自然極まりない。
如何に意志を封じたとは言え、再び暴走事故が起こればアラハバキには致命的。何も考えていないのか、良からぬ計画の一環か、もしかしたら何も考えていないかもしれない。
「フン……特に行動に問題は見られないようだな。後でデータ解析をするから研究所まで来い」
聞き慣れぬ声に意識が映像に戻る。無言で佇む弐号機の元に、白衣を身に纏った科学者らしき男が立っていた。どうやらこの男を待っていたようだ。
「承知しました」
「神の封印以降、市民同士のイザコザと犯罪が目に見えて増加した件が報告されている」
「知ってイます」
「各所が対応に謀殺されている。こうしていればお前にも見る機会があるだろうと思っていたのだが、どうだ?」
「はイ。子供達の両親は露骨に私を避け、何かあれば強く非難します。恐らく、子供達も両親から」
「ガキなんざどうでもいい。奴等の本性はろくでもない。アレは誰かに支配されてなきゃ動物の如く本能で動き、テメェの首を絞める真似を平然と選び、己が正しいと自惚れ、過ちを認めない連中なんだよ。だから俺達が導く必要がある。あんな人の心を全く理解しない冷酷なガラクタよりも俺達の方が正しく人を導ける。だから俺達が支配する必要があるんだ」
「承知しております」
なるほど。それが交流の目的か。人の醜い一面を見せ、より有能な側――アラハバキに従うよう学習させている訳か。随分と回りくどいが、一応納得は出来るか。一応、だが。
「大半は人型式守というだけで過去の壱号機とお前を結びつけ、恐怖し、蔑み、侮蔑し、ただそれだけで排除しようする。死ね、なんて罵られたかもな。罪状の有無、真実か否かなんてどうでも良い、己の快不快だけが基準の馬鹿共だ。愛想が尽きただろう?だから俺達と、俺達に進むべき道を示す新たな神に従え。忘れるなよ、連中の程度の低さ、意識の低さ、頭の悪さを。お前の力は俺達の為に使え、いいな?」
「承知しました」
「なら、いい」
随分と辛辣だ。男の市民への評価を見るに、弐号機の調整を行る研究者達の思想が垣間見える。無理解、無関心、極端に排他的な連中が傍にいるとなれば、健全な精神の発達は望めそうもない。彼が意志に目覚めるならば、果たしてどのような性格になるのか。研究者は足早に去り、再び弐号機だけとなった。直後――
「当該居住区域の清掃時刻となりました。10分後に雨が降ります。外にいる市民の皆様は最寄りの施設に避難するか雨具を着用して下さい、繰り返し……」
艦内清掃を目的とした降雨を告げる警報が鳴り響いた。弐号機は一瞬だけ空を見上げた後、公園を背に歩き出した。表情は相変わらず変化に乏しく、何を考えているか分からない。
当該映像以後も弐号機と市民達との交流は続き、良好な関係を築き続けた。だからこそ子供達は弐号機を心配し、探し、危険な戦場にまで姿を見せた。弐号機は悪くない。子供達の行動は問題だが、行動の良し悪しが区別出来ない年齢を責めるのは酷だ。ただ、何れにせよ過去の交流は現在の仇となった。勝つ見込みが低い上に護衛対象まで存在していては、如何に拠点防衛用とはいえ分が悪い。
救援は見込めず、市街地の端ではマガツヒ型のマジンが破壊活動を続ける。旗艦にも地球にも等しく絶望が押し寄せる。止めどなく、悪意はどこまで戦線を拡大させるのか。その中で必死に足掻く者がいる、絶望に抗う者がいる。だが、抵抗の灯が消えるのは時間の問題だ。