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8話 平穏へと戻る無人の街

「腹が空いたのか?まだ人は戻っていないようだから、何か買って来るといい」


「あ、あぁ。じゃあそうするよ」


 グゥ、と腹から情けない音が出た事で一旦休憩と相成った。情けない話だが、腹の虫が鳴らなければ話を再会する切っ掛けが掴めなかった。それ位には彼女の様子がおかしかった。


「何か好きな食べ物とかある?あれば買って来るけど」


「いらない」


 一応、気を利かせたつもりだが、何ともそっけない。まぁ、あの身体じゃあ必要なさそうか。と、溜息を置き去りに部屋を出ると胸元から電子音が聞こえた。携帯に届いたのは避難解除通知。急いで買い物に行かないと人が戻って面倒なことになる。


 ※※※


 我先にセーフルームへと逃げ込んだ、そんな光景が容易に想像出来る程に荒れ果てたデパート内を進み、先ずは腹の足しになりそうな物を買い込み、踵を返す。


 直後、「あぁ、これだけじゃあ駄目だ」と気付いた。デパートを出る直前に見た光景、ガラス窓に映った自分の姿に重ねたのはホテルで俺を待つ、軍服の様な格好をしたあの女。あんな目立つ格好では逃げる逃げない以前の問題だった。


 俺は個人証明書と同義にまでなった個人用携帯を捨て、偽名で登録した携帯に切り替えたから当面は問題ない。とは言え、安全とは言い難い。携帯端末の位置情報と連動した監視システムにより、犯罪者の追跡は容易に行える。捨てれば身分の証明が出来ず、さりとて携帯し続けている限り警察と清雅に位置がバレる。俺の対応も結局は一時凌ぎ、何れは今の端末も捨てる時が来るが、逆を言えば暫くは安全。


 が、彼女は違う。特段に目立つ。清雅市は市内ほぼ全域を網羅する形で監視カメラが稼働しているから、どれだけ上手く逃げたところで遠からず居場所を特定される。それがあの服ならば尚の事。あと髪もか。


「しまった」


 そんな後悔が自然と口から吐き出た。服のサイズ、聞いておくんだった。何処まで、何時まで逃げ続けるか分からないが、とにかく着替えなければ話にならないが、サイズが分からない。折り返して試着してもらう時間はもう無い。


 記憶に焼き付いた姿を必死で思い出す。身長は俺より少し低い位だから約170位、脚は長くて身体は細くて、胸と尻はそこそこ――


「役に立たねぇな」


 諦め、山勘に賭ける事にした。女物の服を買った経験は恥ずかしながら一度もなく、少々気が重いがそうもいっていられない。一緒に逃げるのか、それとも一人で逃げるのか、あの性格がどちらを選ぶか分からないが、絶妙に人目を惹くあの服のままではとにかく目立つ。


 俺は目に焼き付いた彼女の体型にフィットしそうで、且つ地味な服を適当に選ぼうとして、愕然とした。


「分かんねぇ、高ぇ、何だコレは」


 今度は苦悶が自然と飛び出した。意外と種類が多い。加えて高い。値札を見る度に溜息と文句が交互に零れ落ちる。なんで女物の服ってこんな高いんだ。何がどうしてそんな値段するんだ。


 いや男物でも値が張る物はあるが、それでも桁が一つ間違ってるんじゃないかという思いが値札を見る度に湧き上がる。が、恩義と金を秤にかける事はしない、する訳にはいかない。そう言い聞かせ、手早く精算を済ませて店を後にした。


 あぁ、と何度目かの溜息が零れた。携帯が幾分か軽くなった様な気がした。いやデータだから実際には何も変わらないのだが、しかしディスプレイに表示された残金を見ると、じいちゃんの時代にはまだ存在した「財布が軽くなる」という表現が何となく理解できた気がした。


 ※※※


 必要な物を買い揃え、外に出た。空を見上げれば満天の星空にボウッと仄かに青みがかった輝きを放つ満月が見え、視線を戻せば幻想的な雰囲気を漂わせる無人の市街地が一面に広がっている。ただ、長くは続かない。まばらではあるが人が戻り始めていた。遠からず、飽きる程に見慣れた何時もの光景が戻って来る。


 スーツ姿の社員達、制服を着た学生、急いで飛び出たのだろうか寝間着姿に厚手のコートを羽織った老人。遠目に見える誰もが携帯を操作し、街の様子を画面の向こうにいる誰かと共有している。


 俺どころか隣を歩く者すら誰も目に入れない。入っていても、まるで関心を示さない。そんな、()()()()、見下げ果てた光景に何とも言えない不快な気分になった。


 現実よりも携帯の向こうの知らない誰かを優先する彼らの姿を後目にホテルへと足を向ける。首から下げたお守りが風に揺れるとそれに合わせるように身体も身震いした。きっと寒さのせいだと、そう言い聞かせた。

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