第十一話「招かれざる者達」5
「黒江、救出に来てくれて感謝するわ」
「ええ、当然のことをしたまでよ。プリミエールが成長してくれた分、無駄な戦いを避けることが出来たわ」
安全圏まで距離を取ったところで、アリスは足を止めて沈黙を解いた。
肉体を失う恐怖など持たないアリスは飄々としていて、外見の幼さとは全く異なり、堂々とした立ち振る舞いをしている。
アリスプロジェクトの根幹を担うアリスの存在。
プロジェクトメンバーにとって守るべき存在であり、崇拝する存在でもあるアリスを守護するのは眷属である黒江にとって、当然の役割だった。
「まさかあの男が出て来るとは思わなかったわ。
一体、どこで香港配備の情報が漏れていたのか」
位置情報がロストしたアリスを捜索するため、遥々日本から救出に派遣された黒江。無事に任務を完遂出来たとはいえ、アリスに危機が迫ってしまったことは無視できない事だった。
「大した問題ではありませんよ、黒江。
アリスは表舞台には出ることの出来ない存在。
貴方達アリスプロジェクトを支持してくれる人がいれば、本来アリスが街に駐留し続ける理由などないのですから」
「でもプロジェクトメンバーからすれば無視できることではないでしょう。老齢の私にわざわざ頼み込むほどですから。
それはそうと、アリス……あの男に何を聞かれたの?」
相手だってアリスの重要性は分かっている。
だからこそ、傷一つ付けることはなかった。
黒江はそう考えたが、だとしても何らかの情報を引き出そうとしたことは容易に想像できるため、アリスに聞いた。
ここまでやって来て助けてくれた黒江の忠誠は本物である。
それを疑う必要はないと考えているアリスは話せる内容を選択して問いに答えた。
「敵との会話記録は完全に秘匿事項だから詳細を伝えることは出来ないけど、ほとんどがベターな質問よ。アリスの次なる目的が何かと聞かれても、世の中の情勢が変われば変化するもの、たいした影響力はないわ。
特別に黒江と関係のあることだけ教えてあげるわ。
それはね、明日行われるホリック・アルケミーの香港公演で魔法使い及び魔女が来るとしたら誰が来るのかってことよ」
「あぁ……なるほど、あの劇団には樋坂さん夫婦が参加しているのよね。アリスはそれで何と伝えたの?」
日本では知名度のあるホリック・アルケミー。理事長時代に演劇部に入っていた能力者であるため、黒江は当然のように学生時代の樋坂真守と樋坂真理を覚えていた。
「アリスはこう彼らに伝えたわ。
赤津羽佐奈、三浦友梨、赤津八千羽はほぼ間違いなく来るでしょう。劇団の中に仲間である樋坂真理と樋坂真守がいるから。
隠しても仕方ないから伝えるけど、信憑性の高いテログループから犯行予告が届いているのよ。明日の初日公演で劇場を爆破させると。
赤津探偵事務所はその犯人の捜査のために駆り出された。
実に不幸なことだわ」
「ということは……奴の標的はその五人のメンバーということね。
大人しく引き下がってくれたのも、本来の目的があったからというわけね」
聞かされていなかった情報を耳にしたプリミエールは絶句し、質問した黒江は眉を顰め、いかに重大な事件が引き起こされようとしているかを察した。
香港にやって来たライルの目的は日本人の魔女や魔法使いをまとめてこの街で狩ることにある。今初めて黒江は確信を持ってそう結論付けた。
黒江は厄介事に巻き込まれている仲間の現状を知り、早急に羽佐奈と連絡を取り付け、連携を図ってこれに立ち向かう必要に迫られるのだった。
*
もしライル達に魔女や魔法使いが明日の公演に来ることをアリスが告げなければ、どうなっていたか。
アリスはこう考えた、それでもライル達はやって来ると。
反アリス派のテロリスト集団は関係なくテロ行為を実行し、劇場に訪れた人々を殺戮することになると。
それならば……テロリスト集団から劇場を守り、この機会にライル達率いる魔女狩りの精鋭を一掃できればとアリスは考えた。
その結果が、アリスの出した回答だった。
大多数の人間にとってこれを達成することが出来れば理想的なシナリオだが、これは魔法使い達に命運が委ねられるということでもある。
果たして何が正解だったか、それは結末を知る者にしか分からない。
ただアリスの導きの先で、人々は避けることの出来ない聖戦を繰り広げる。
己の実力を信じて、仲間と共に戦い抜く。
それが定められた運命なのだ。




