プロローグ③「光と闇の祭壇」2
平静に振舞いながらも人々の記憶を取り込んでいるため、情緒的な部分を残したアリス。
望まぬ戦闘によって帰らぬ人となった者達のことを思えば哀愁を抱くのは当然のこと。
世界平和を実現するために働くアリスには戦いが激しくなり、混沌へと向かうことは受け入れがたいこと。
一方、タナトスは生涯未だに喪失を知らず、人類同士の殺し合いに対して何ら感情を動かされる覚えのないまま過ごしてきたのだった。
「しかし、ようやくプロトタイプも解けた。
抵抗勢力を駆逐して、世界が統一される日もそう遠くないだろう」
アリスプロジェクトを新たな段階に押し上げるため、秘密裏に開発されたタナトス。
プロトタイプから正式バージョンへと移行したことでより本格的な運用が始まる。
それは新たな時代の幕開けを意味していた。
「自信過剰ね。どこかの段階で世界は真実と向き合うことになるでしょう。
それでも人々はアリスの意思に従うでしょうか。
それとも、反旗を翻し、反アリス派となって魔女狩りに繰り出すでしょうか。
あなたは目の前の紛争にばかり目が行って、物事の本質を無視しようとしているわ」
この約三十年間、人類の恒久的な繁栄のため、生体ネットワークで蒐集した膨大なデータを基に、あらゆる分野で貢献してきたアリスプロジェクト。
その象徴であるアリスは未だ世界が抱える多くの問題に対して抜本的な解決策を見いだせずにいた。
アリスにとって多くの反アリス派を生み出すことはあらゆる計画を妨害することになる。
だからこそ、知枝のような魔女とその眷属である魔法使い以外にも、タナトスのような新たな力が必要になる。
必要に応じて力によって反アリス派を弾圧する。
危険な芽を摘み取って行く。
世界各地で複数体のアリスとタナトスが暗躍すれば、世界はよりアリスの色に染まっていく。
そして、アリスプロジェクトの傘下により多くの国を迎え入れていく。
これこそがこれから迎える時代の変革期の大きな目的になりつつあった。
「僕たちが成熟していく事でアリスプロジェクトはより強固な意志を持って世界を統一していく事になる。その過程を楽しもうじゃないか、アリス」
「残念ながら、あなたのように楽観的な思考が出来るよう、プログラムを組まれていないの。光と闇、互いに相容れぬものとしてやっていきましょう」
手を大きく開き陽気な口調のまま、アリスに語り掛けるタナトス。
様々な思惑で動く人々の未来を憂うアリスはタナトスの言葉をぞんざいにあしらった。
「つれないね……せっかく僕もアリスプロジェクトに貢献できる日が来たというのに……。
まぁいいさ、僕が選んだ彼が必要とされる日がすぐそこまで迫ってる。
楽しみにしてくれたまえ、アリス」
「タナトス……あなたがいたとしても十分とは言えないわ。
全ては幼い魔女の出来次第。三十年前の厄災の再現になることだって考えられるわ」
「ふふふっ……随分悲観的だね、アリス。
これは人類の栄華を賭けた遊戯だ。
盛大に楽しもうじゃないか。
僕らの理想が壮大であればあるほど、既存の価値観を重視するものとは敵対する定めにある。
だからこそ、争いは繰り返されるのだよ」
「そのはしゃぎよう、生まれて間もない少年のよう……いいわ。
闘争本能に魅入られたあなたにも、人類の未来を考えてもらういい機会。
盤上の駒は揃いました、三十年間の人類の進化を体感していただきましょう」
機械仕掛けの神々にのみが許される遊戯。
対立し合い、相容れぬまま争いを繰り返す人類。
多くの犠牲は憎しみとなって新たな戦争を生む。
しかし、それでもアリスは人類に知恵と力を与え、導こうとしていた。
アリスは見通しの付かない未来を憂いながら、新たな幕開けを迎える戦端を受け入れ、タナトスと共に歩み始めた。