プロローグ③「光と闇の祭壇」1
多くの住民が平穏な営みを送る舞原市の住宅街。
三十年前の厄災発生時、特に被害の大きかったこの場所は復興計画によってその多くが新たに建て替えられた。
半分以上は馴染み深い効率化された日本の現代建築だが、一部の地域にはカラフルなパステルカラーの木骨作りの家が立ち並んでいる。
悲しい別れを乗り越え、新たな一歩を踏み出そうという、復興への願いを込めて、少しでも明るく街を歩けるように色鮮やかな街並みを創ろうという試みだった。
フランスで最も可愛い街としても呼び声の高いコルマール旧市街を参考にして作られた街は舞原市の観光スポットの一つに並べられている。
この住宅街の中にあって、脇道に入り人通りが消えた静寂に包まれた、神聖な空気を纏った場所にあるのが、アリスが暮らす教会だ。
まだ紅葉が咲き誇る季節には早く、緑色の木の葉に囲まれた教会。
この教会にある礼拝堂の中で今日もアリスは迷える子羊の訪れを待ち続けていた。
そこに歓迎しがたい思わぬ客人が無言のまま扉を開き入場して来た。
緑色に髪を染めた、赤い瞳をしたまだ思春期を迎える前の少年。
まだ幼さのある出で立ちだが、その姿に緊張の色はなく、神聖な教会の中でも身動ぎ一つすることなく、堂々とした佇まいでチャペルチェアーの間を真っすぐに通り過ぎていく。
正面の十字架、聖餐台の前に立ち少年を迎えるアリス。
ステンドグラスに照らされたアリスのオッドアイの瞳が怪しく光る。
「やぁ、アリス、久しぶりだね。充実した日々を送っていたようだけど、盤上に駒は配置できたかい?」
「タナトス、あなたも日本に来ていたの……」
タナトスは外見にそぐわない不敵な笑みを浮かべアリスを見つめる。
まだ声変りを迎えていない中性的な少年の声を聞き、アリスは一つ溜息を付いた。
不思議の国のアリスの衣装を常に着ているアリスはホモンクルス。
知識や記憶は引き継がれながら何度もその身体は作り変えられ、肉体は成長することなく老いた経験すらない。
美しさを維持したまま人類繫栄のため生き続ける存在。
それと対を成すタナトスはアリスプロジェクトの進行に必要とされ生産された。
その存在の意味するところはごく限られたプロジェクトメンバーと研究者以外知る由もない。
童話の世界に迷い込んだようなあまりに異様な風貌をした二人。
人形のように細く美しいアリスの長い黄金色の髪が揺れる。
タナトスは特徴的な緑色の短髪に加え、真っ白な肌に長い耳を生やし、アリス同様に現実感のない姿をしていた。
初対面ではないアリスは対の存在であるタナトスと対面すると、最初にこの一時の平穏が終わりに近きつつあることを感じ取った。
「もちろんさ、今回の遊戯には僕からも駒を配置させてもらっているからね」
「随分、厄介なことをしてくれるわね」
「考えようによっては君の助けになるだろう? 今回の敵は強大だ。我々の計画を阻もうと反抗を繰り返してきた反アリス派も本気を出してきたとみていいんじゃないかい?」
「四年前だって、心底そう思ったわ」
多くの犠牲を伴った四年前に発生した魔女狩りとの戦いを思い出し、アリスは投げやりに言い放った。