プロローグ②「Rock This Town」1
――9月26日。
稗田黒江が遺した30年前に発生した厄災の手記、”14少女漂流記”の上映会が凛翔学園旧校舎地下書庫にて密かに執り行われた。
九月二十六日は厄災が始まったと伝えられる日で正午には黙祷も行われる。
厄災からちょうど三十年の節目となる今日、上映会が行われるのは厄災を経験した当事者にとってとても大きな意味を持っていることだった。
街を孤立された大規模なファイアウォールの呪術的な影響により、厄災時の記憶は一部の魔法使いやゴーストを視認できるほどの強い霊感を持った人物を除き、厄災の終わりと共に失われた。
だが全てが幻となって消えたわけではない。
厄災の爪痕は街中に残り、荒廃した舞原市は人が住める場所ではなくなった。稗田黒江を筆頭に多くの人々が結集して復興計画が施工されるまでは。
「お疲れ様、浩二君。長い一日だったね」
夕焼け空へと空の色が変わった頃、稗田知枝は樋坂浩二と共に公園のベンチに座り腰を落ち着かせた。
14少女漂流記の上映会を取り仕切る大役を務めた疲労感を滲ませた表情で浩二に話しかける知枝の柔らかな手にはココアの入ったアルミ缶が握られている。
「俺は何もしてねぇって、知枝の立派な姿を見ていただけだ」
クッキー&クリームのカップアイスを手に穏やかな表情を浮かべ応える浩二。
知枝との交際を始めて約三か月。
知枝の持つ目的や使命に最初は無知だった浩二も多くのことを知り経験したことで、魔法使いとして、魔女として前に進んでいく決意を持った知枝を支えようとしている。
「うん……これで本当の意味で私がここに来た一つの使命が終わった。
まだ、ほんの一部の人に過ぎないけれど、14少女漂流記を通じて魔法使いやゴーストの存在について伝えられた。
これだけではまだ皆さんに実感を得てもらうには難しいかもしれないけど、少しずつ意義のあるものにしてみせるよ」
つい数か月まで上位種のゴーストとの激戦を繰り広げた知枝にとって、もはやゴーストの存在は無視できる存在ではなくなった。
次の脅威がいつこの街に降りかかるか分からない。
その危機感が胸の中に宿っているからこそ、知枝は前に進めようとしているのだった。
愁いを帯びた表情を見せる知枝の口元にスプーンで掬ったアイスを持っていく。知枝はそれを迷うことなく口に頬張り甘い笑顔を見せた。
「浩二君と一緒にいると生きてる実感があるなぁ……。
今この時を、一分一秒を大切にしたいって思えるの。
これが幸せっていうことなのかな」
冷たいアイスを口の中に含み、じっくりと味わいながらしみじみと知枝は言葉にした。
「そうだな、俺は知枝を選んでよかったと思ってるぜ。
こんなに刺激的な毎日、普通じゃありえねぇからな」
知枝の充実した表情を見ると自然と悪戯心が芽生え、ふっくらとした丸顔の頬に人差し指を押し付ける浩二。
二人で過ごす、穏やかでとろけるような甘い時間が過ぎていく。
キスしたい衝動をグッと堪えて知枝は浩二の手を握った。
「まだ二学期が始まったばかり!
待ち遠しい学園祭もあるから、思い出を沢山作らなきゃ!」
知枝が太陽のような眩しさで明るく声を上げて意気込む。
浩二はその仕草を見て一層愛おしさが溢れた。
そんな恋人同士の語らいが続けられる中、不意にトクンと殺気のような嫌な感覚を覚え、知枝の胸が高鳴った。
どこからともなく訪れる焦燥。
久々に感じる魔術反応、それはこの場の空気を一瞬にして破壊するような悪意の感じるものだった。
周囲の風景が唐突に夕焼け空から常闇の真っ暗な黒の空に包まれ、視界が悪くなる。
明らかなファイアウォールの展開を感じた知枝は身体に力を入れて立ち上がった。
(もし、これが悪意を持ったものによるなら……標的は私?!)
緊張感が高まり、知枝は慣れた動作で臨戦態勢を取った。
「浩二君っ!! 下がっていてくださいっ!!」
知枝は真剣な眼差しを向け、半分以上中身の入ったココアのアルミ缶を浩二に手渡し、飛び出していった。
(街路灯の明かりは付いているけど、視界が悪い。
相手からファイアウォールを掛けてきた以上、油断は出来ないっ!!)
愛する浩二を巻き込まぬよう、距離を取ってから知枝は内なる力を行使して風を巻き起こし、天高く飛翔した。
そして、地上から見たことのない光の矢が高速で放たれるのを目視した。
知枝は迷うことなく魔力の発現させ、眩い光に包まれるとバリアジャケットを装着した。