第五話「束の間の平和な日常」3
リヴァプールからロンドンへ向かうため、アリシアは電車に乗り込んだ。
窓際の席に座り、車窓から見慣れた街並みや自然豊かな風景まで、外の景色を眺める。
ロンドンまではアリシアの乗車した列車の旅で二時間弱ほどで辿り着くことが出来るが、身支度に時間がかかり、駅までの距離も離れているため、到着する頃には昼下がりを迎えるのは確定していた。
心霊絡みの案件に加え、幾度も魔法使いや魔女と戦闘を繰り返し、討伐を果たしてきたアリシアにとって、協会の任務をこなすことも日常の一部だ。生き甲斐と言ってもいい。
レディアンとポルフほど戦闘狂ではなく、生活優先なリファほど戦いに消極的ではないが、アリシアは反アリス派の思想を肯定し、使命感を持って戦っている。
今回の任務が如何なるものであるか、気にならないはずがなかった。
赤い瞳をした褐色肌のアリシアは今年で二十二歳になるメンバー最年長だ。
他のメンバーと同じく教会孤児であるアリシアは幼少期の頃から教会の神父、ライル・ローレンスとシスターであるレイラ・シェリーの家で育てられた。
多くの子ども達は教会の運営する児童養護施設で孤児として暮らしていたが、二人と寝食まで一緒だったのはアリシアのみ。それは幼い頃から超能力者としての素質を発揮し、周りから明らかに浮いた存在だったからだ。
レイラによって半霊半人の存在として覚醒を果たしたアリシアは才能を活かしてサイキック・スタディーズを優秀な成績で卒業し、そのままライルやレイラも所属する反アリス組織、ジュピタークラウンに籍を置いた。
それはアリシアの代行者としての能力の高さからすれば、予定調和のようであった。
普段から肌の露出は少ないが、仕事着兼戦闘服である長袖の膝丈まである黒いマントコートを羽織るアリシア。
到着まですることもなく、一人黒魔術師のような異様な格好のまま座席に座り時が過ぎるのを待つ。
朝食用のフィッシュアンドチップスにほとんど手を付ける時間がなかったため、何気なく駅で買ったサンドイッチでアリシアは空腹を満たした。
ロンドンにある協会本部、反アリス組織、ジュピタークラウンから一人で至急やって来て欲しいと連絡を受けたアリシアは無事に到着すると、出迎えもないまま上官であるブライアン・クリムトの名を告げ、受付で面会を希望した。
受付は新人のため、仕事着に身を包んだアリシアのことを知らなかったが、内線を掛けて連絡を始めるとすぐに上官の待つ場所を伝えた。
絨毯の敷かれた廊下を歩き、大きな扉の前に辿り着き、アリシアは軽く息を吐いた。
この先の未来を変えてしまうかもしれない。
任された任務に失敗すれば生きて帰っては来れない可能性もある。
それを知っているからこそ、アリシアは常に最善を尽くそうとする。
今回もまた、何が自分達に降りかかるのか、自分以上に仲間の身を案じていた。
今更引き返すことは出来ない、ブーツを強く地面に擦り、アリシアは意を決して扉を開いた。
広い会議室、そこで待っていたのは白い髭を生やした短髪の青年、ブライアン・クリムト上官であった。
「来たか……わざわざ呼び出してすまないな」
アリシアの姿を目にすると立ち上がり、紳士の佇まいで鋭い視線を向けるブライアン。
唐突かつ無謀な任務を与えることも多いと他のメンバーからは恐れられている彼相手でも、アリシアは顔色一つ変えなかった。
ブライアンはイギリスにいくつかある占いやスピリチュアルの専門学校の一つに当たる、サイキック・スタディーズの元講師である。
今は副学長を兼任しており、だからこそ優秀な人材であったアリシアのことは在学当時から知っているのだった。
「……任された任務は全うしていくのが信条です。新たな作戦でしょうか?」
前置きを嫌うアリシアは早速本題に入ろうと言葉を返した。
「その赤い瞳、相変わらず変わらぬな。
リヴァプールに移住してからの暮らしはどうだ?
少しは落ち着けたか?」
「自分はどこで暮らそうと変わりありません。
ですが、レディアンやポルフはリラックスした様子で精神が安定しているようです」
アリシアが返答に迷うことはほとんどない。
それを知って信頼しているブライアンはアリシアの言葉をそのまま受け止めた。
「ミリアも同様か?」
俯瞰的な自己分析、状況分析、リーダーとしての素質を備えたアリシア。
そのアリシアに向けて協会では最も危険視しているミリアについてブライアンは問うた。
「はい、自分やリファに懐いている分、ミリアに問題はない状況です。
リファも戦いを好まない性格です。リヴァプールの環境は合っているでしょう。緊張感のない環境下で過ごしている分、すぐに戦いに出られるか不明ですが」
アリシアは協会でのミリアの扱いを知りながらも、感情を抑えたまま現状を伝えた。
「そう慌てることはない。君たちの同族意識は良い方向に進んでいる。
戦いとなれば、本来の実力を発揮できるだろう」
香港の劇場で発生した忌々しい四年前の事件以来、五人で生きて来たアリシア達は一度も任務を放棄することなく完遂している。そして何よりも最も大きなことは一度も任務を拒否したことがないことにあり、それはアリシア達がこなしてきた任務の数から考えて普通ではありえないことだった。
「さて、君たちには興味が尽きないが、本題と行こうか。
最近になって活動を開始した興味深い魔女がいてね……。
今回は遠出をしてもらうと思っている」
余談を続けていたい気持ちを抑え、時計を見ながらブライアンは本題に入った。
”魔女”という言葉に反応してアリシアの視線が一層、鋭いものに変わった。




