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プロローグ①「空の上の密会」2

 二回り年齢に開きがある隆二郎からすれば十八歳の若造である研二だが、年齢差を気にすることなく鋭い眼光を向け、ワイングラスを手に立ち上がる。

 

 

 互いに緊張したそぶりを見せず、向かい合う堂々とした両者。

 定められた運命のように対面を果たした二人は言葉以上に互いの視線で心を交わし合う。

 真っ赤な血のような赤ワインがグラスの中で静かに揺れる。


 スーツに蝶ネクタイをした隆二郎は普段通りの威厳ある佇まいのまま、硬くしていた表情を少し緩め口を開いた。



「これもまた一つの定め、呼び水に導かれて来たか。

 上位種のゴーストの討伐、ご苦労であった。

 小さな芽ではあるが、危険な芽を摘み取ってくれたことは確かだ。

 今回の一件、高く評価している。

 まだ駆け出しの我が娘の助力になってくれたのだからな」



 血の繋がった三つ子の魂の一つ、稗田知枝(ひえだちえ)が秘書のプリミエールと共に上位種のゴーストと戦いを繰り広げる日々を知りながら、高みの見物を決め込んでいた隆二郎は研二が手助けしてくれたことを評価した。

 

 研二はまるで褒められた気がしないまま、言葉を続けた。



「三十年前の怨念を祓ったに過ぎない。それはあなたも御存じのことでしょう。

 それより、わざわざ14少女漂流記の蒐集に向かわせるとは随分と回りくどいことをしましたね。稗田黒江の後継者として魔女の力を得ているなら、早急に生きる知恵を与えるべきでは?」



 これまでの知枝の行動を観察していた研二は持論を展開した。

 隆二郎はその言葉を聞き、運命的にクラスメイトになった知枝と研二の二人が仲を深めていることに密かな歓喜を覚えつつ、思いの内をさらに披露した。



「何も分かってないな……まだ若いとはいえ、魔女単体での戦闘力には限界がある。どちらにしても魔法使いの素養のあるものが多い凛翔学園(りんしょうがくえん)でコネクトできるものを集め、魔法使いへの覚醒に導いていくのが最も重視される使命だ。


 随分と海外暮らしが長かった点は反省すべきところだが、日本に戻ってからの一連の行動にはそれほど無駄なことはない。


 現に14少女漂流記の蒐集は終わり、私の下に知枝はやって来た。

 既に次の段階へと事態は進んでいる。自らの使命を知ったなら、私がこれ以上口出しをして導くまでもないだろう」



 現状について話す隆二郎の言葉は研二にとっては心配してしかるべき親子の関係のものとは思えず、まるで他人事のように聞こえた。



「なるほど、確かにあなたが手出しする必要もありませんね。

 それより、俺のことを覚えていますか? 会うのは四年ぶりです」



 真っすぐに隆二郎に向けて視線を定める研二。

 見つめ合う時の中で時の回廊が静かに過去へと向かって遡っていく。

 隆二郎は懐かしいものを見る目に変わり、出会った過去の記憶を思い出した。



「なるほど……見違えるほどに逞しくなったが、確かに少年の頃の面影がある。

 随分と成長したものだな。

 タナトスと契約して時間を超越して上り詰めたか」



「多くの情報を得られるエージェントになるため必要に迫られたまでです。

 力無き者は地面を這いずり回ることしか出来ない。

 あの時、死線を生き延びて学んだことです」



 四年間の寂莫とした想いを口にすることなく、淡々と話す研二。

 その容姿だけでない、死の恐怖と直に遭遇して変わり果てた研二の姿に隆二郎は心の内で感傷を覚えた。



「只人であって欲しいという、親の気持ちを忘れたか?

 魔法使いになることは人類の進化であることに間違いはない。

 しかし、そこまで変わり果ててしまうとはな……」



 四年前……香港火災事故が発生した当時、隆二郎は負傷した稗田家当主、稗田黒江を治療先である日本に移送するためプライベートジェットに搭乗した。

 

 それは死傷した魔法使いを保護して日本に帰還することを目的にしたものでもあった。


 赤津羽佐奈(あかつはさな)を筆頭に魔法使いやその家族を乗せて日本に帰国する案内を務めた当時の稗田隆二郎。その飛行機の中には永弥音唯花に加え、同い年の黒沢研二の姿もあった。


 燃え盛る劇場と共に多くのものを失い、悲しみ、後悔に苛まれた、未だ互いに忘れること出来ない、忌々しい事件である。


 息を吐き、隆二郎の言葉に表情一つ変えることなく研二はカウンター席に座った。

 その行動に合わせて隆二郎は隣の席に座り、研二に炭酸の泡立つ透明な液体の入ったグラスを差し出した。


「再会を祝してというわけではないが、せっかくの機会だ、飲んでいくといい」


「はい、まだ大人になったばかりですが、多少は嗜んでいます」


 成人を迎えてまだ日の浅い研二は一口にしてグラスを空にした。

 大人へと成長した肉体は体内にアルコールを流し込んでも気分一つ悪くさせることはなかった。


 酒を酌み交わし、先程までの緊張感溢れる会話から、一気に穏やかな空気が流れる。

 薄暗く、全方位に夜空が広がる空中庭園で二人は懐かしい記憶を遡りながら束の間の会話に浸った。


 次第に虚ろになる研二の眼。

 それでも自分の目的を見失ってはいなかった。



「確かに四年前のあの日、多くの命が悪夢のように失われた。

 その中でも清水沙耶は特別だったな。

 多くの者が彼女の死に悼み、悲痛に暮れている姿は今でも忘れられん……」



 悪夢のような出来事……激戦の爪痕は死に至った魔法使いの姿からも明らかだった。ただの事故などではない確かな証拠。しかし、それが世間に知らされることはなかった。

 ただ、当事者のみが悲しみを分かち合い、忘れることの出来ない記憶を引きづって生きていくしかなかった。



「だからこそあの時、誓ったのです。

 二度とこんな悲劇を起こしてはならないと。

 自らの手で母の無念を晴らさねばならないと」



 この世から失われた母のことを想い、段々と気持ちが高ぶり、内に秘めた感情を吐露していく研二。

 研二の決意を感じ取った隆二郎はこの後の言葉を予見し、グラスを強く握った。



「それでいいのか……?

 戦いに身を投じれば、身を滅ぼし命を粗末にすることになるぞ」



 たまらず警告の言葉を口にする隆二郎。

 その言葉の裏には、何度も記憶を失った妻の凛音(りんね)のことや、四年前に犠牲となった稗田黒江へと想いがあった。



「覚悟の上、俺の目的はいたってシンプルだ。


 一人残らず母を殺した犯人達を殲滅する。


 そのためにアリスプロジェクトが生み出したタナトスとも契約を交わした。

 この力は奴らに借りを返すために必要なものだ


 稗田隆二郎……あの時の”魔女狩り”はまだ、見つかっていないのか?」



「”魔女狩り”か……忌むべき耳障りな名だ。

 タナトスと契約して復讐心に惑わされたか。

 反アリス派に仇名すことは修羅の道を往くことになる。

 それを覚悟で契約をしたのか」


 隆二郎の言葉に研二は沈黙で答えた。

 それを肯定と受け取った隆二郎はさらに言葉を続けた。



「黒沢研二……お前さんが手に入れたその秘めた力は我らにとって”切り札”と言ってもいい。

 だが、それを本気で行使すればさらにこれから起こる戦端を混沌の海に引きづり込むことになるぞ」



「恐れるようなことは何もない、全て覚悟の上だ。

 厄災から三十年……何事もないまま一年が終わるか否か。

 既にあなたには予測がついているのではないですか?」


 

 目的のために迷うことなく言葉を返す研二。

 隆二郎は研二がここに来た理由を悟り、空中庭園から綺麗に見える三日月を眺めた。


 稗田黒江の後継者として稗田家当主になった隆二郎。

 娘の稗田知枝と似た使命を背負った隆二郎の背中はどこか寂しかった。


 いつ壊れるか分からない日常。

 突然、帰らぬ人となる大切な人。 

 それが人間同士の殺し合いとなれば地獄絵図となることは周知のこと。

 その恐怖を知る隆二郎にとって、復讐心に燃える研二の言葉は酷く心を乱し、感傷を覚えるものだった。

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