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プロローグ①「空の上の密会」1

 2059年、仲秋(ちゅうしゅう)の時季を迎えた関東地方にある舞原市(まいばらし)


 変わらぬ日常が続いていくこの街は今日も何事もなく陽が沈み、星の見えない夜空にクレッセントムーンが光を纏い顔を覗かせる。


 そこに月明かりに照らされる彼岸花の咲いた花壇や噴水のある通りを抜けていく一つの人影があった。


 ――未だ謎多き魔法使い、黒沢研二(くろさわけんじ)

 空中絵画を得意とする”絵空事の魔術師”の異名も持つ、エルガー・フランケンという画家としての顔も有する眉目秀麗(びもくしゅうれい)な男だ。


 引き締めった肉体を覆い隠すように黒シャツにスーツを合わせた格好に身を包む研二は、ただ目的地へと向かって革靴を履いた足で真っすぐ決意を胸に進んでいく。

 

 そして、前方に(そび)え立つ舞原市の象徴であるクリスタタワーを眼前にして一度立ち止まり、身動ぎせず夜空を見上げる。


 アリスの導きか、彼方へと向かおうとする自分に寂莫とした想いに抱き、目的地であるタワーの展望台エリアを視界で確認すると、再び歩き出した。


 市のほぼ中央に建設された60m級のタワーから見える景色は壮観で、このクリスタタワーは舞原市復興の象徴とも呼ばれ、観光名所の一つに位置付けられている。


 暗夜(あんや)となり、暗闇に包まれた街で一際目を惹く緑色(りょくしょく)の輝き。

 クリスタタワーから放たれる蛍が発するような緑色の光は人の心を穏やかにさせ、三十年前に厄災を経験した街の安全に貢献し続けている。

 それは街の象徴としての単純な気持ちの問題ではない。

 魔力を帯びた厄除けのオーラを放ち、人知れず災厄となって人々を呪い苦しめるゴーストの出現を抑えてくれているのだ。

 

 既に閉館時刻を迎え、静かさに包まれた建物に閉館を無視して遠慮なく入って行く研二。

 約束を事前に取り付けている研二にとって、むしろ人の目を気にすることなくタワーに入場できることは好都合なことだった。


「クリスタタワー、人類繁栄のための叡智の結晶か。

 だが、その本質は再現不可能な厄災の痕跡によって出来ている。

 復興計画を一任された稗田家がこれを利用しない手はない。

 よく考えられたものだ。

 舞原市市長、稗田黒江(ひえだくろえ)……厄災を生き残った唯一無二の魔女。

 今はもう遠い過去、残り香でしかないか……」


 誘われるように広いエントランスを歩き、異様な人気(ひとけ)のなさを気にすることなくエレベーターホールまで向かっていく研二。

 

 そこに緑色の光を帯びた不思議な蝶々たちが研二の周囲を舞い始めた。

 まるで歓迎するように、遊び相手を見つけたように、恐れることなく近づき無邪気に飛び回る蝶々は音を立てることなく幻想的な光景を映し出す。

  

 研二はそれが害を持ったゴーストではないことを察すると何事もないかのように歩き続けた。

 そうして、この時を待ちわびたように笑みを浮かべて、エレベーターに乗り込んだ。


 全方位がガラス窓で出来た四角い無機質なエレベーターの中で上昇する毎に舞原市の景観が広がって行く。

 

 夜になり、灯りに包まれた都市の街並みは美しい。惹きつけられるような素晴らしい景色だが研二はただ目的を果たすことだけを考えていた。


 クリスタタワーの展望エリアに位置する空中庭園。

 復興の歴史がパネルになって壁に飾られている広々とした空間には芝生が植えられ、ガラスに覆われた円柱型をした柱の内側には色とりどりのドライフラワーが綺麗に飾り付けられている。

 

 足音を立てることなく庭園を通り過ぎる研二は灯りの付いたお洒落なバーに辿り着き、ようやく目的の人物と対面した。



「三十年前、厄災最後の戦いが終結を迎えた瞬間、緑色の巨大な鉱石だけがこの場所に残され、ある魔法使いの肉体もその鉱石の中で永遠の眠りに落ちて行った。


 真実の歴史は一部のみに語り継がれ、現在も秘匿され続けている。


 稗田隆二郎(ひえだりゅうじろう)……今年で厄災から三十年、この束の間の平和がいつまで続くとお思いですか?」



 クリスタタワー建設にも携わった稗田家の現当主。

 一般的に考えるなら、顔を合わせるだけでも相当な覚悟を必要とする相手。

 その相手に対して、二人きりでの対談を取り付けた研二。


 クリスタタワー展望フロア、空中庭園というこれ以上ない舞台を用意して稗田隆二郎はアメリカから派遣されてきた黒沢研二と対峙した。


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