第一話「新たなる幕開けへ」2
「おおっ! 旨そうなハンバーグだなぁ! まるで知枝の顔みたいだ!」
「こ、浩二君……近いよ、そんなに近くで見つめられたら、我慢できなくなっちゃうっ!」
「俺もだ、こっちのハンバーグの方が美味しそうだ……」
「こ、こうじくーーーん!!」
*
ぷにぷにのほっぺに口づけされたところで私は正気に戻った。
「失敗して浩二君に美味しくないハンバーグサンドを食べてもらうのは申し訳ないから、せっかくなら一緒に作ろうっか?」
「それが一番ね」
実力の差を見せ付けられ、完全に正気に戻った私の消極的な提案をあっさりと舞は受け取り、光も頷いた。
嘘は良くないからと、二人が手伝ってくれたことをしっかり伝えることを誓約させられ、調理を再開した。
三人でやれば苦労は三分の一以下になり、浩二君とのデートの時間に遅れることなく、ハンバーグサンドは完成した。
「二人ともありがとうね! これを持って行ってくるよ!」
協力してくれた二人に感謝を伝えてランチボックスを手に部屋に戻った私は身支度を始めた。
化粧台に座り、日焼け止めクリームを塗って、ナチュラルメイクに仕上げてから髪を櫛で梳く。
人前に出ることの多かった祖母から教わった化粧の仕方は今も実践できていた。
赤い大きなリボンを後ろで結び、シルバーリングを右手薬指に嵌めて、最後に浩二君がプレゼントしてくれたガーネットペンダントが付いたネックレスチェーンを首に掛ける。
未だ身長が伸びる気配はなく、小柄な体格をした私だけれども、メイクのおかげで多少は大人の女性らしく振舞えていると自分を納得させている。
無意識のまま、自然と自分の胸にそっと触れた。
よく揉まれているせいだとは思いたくないけど、また少し膨らみが増した気がした。
「不思議だね……こんなにも浩二君のことを好きになるなんて……」
鏡の前でしみじみと呟く。自分の敏感で大切な部位を触られて、嫌な気分にならない、むしろ嬉しいと思う日が来るなんて。
浩二君と付き合うまではまるでなかった感覚だ。
化粧台から立ち上がり、ふとノートパソコンや小型のアロマ加湿器などが置かれたデスクの上に飾ざっている二つの写真立てを眺める。
左手に置いてあるのは真奈ちゃんとの合同誕生日パーティーの日の写真、右手にあるのは修学旅行の時に撮った、舞台演劇”震災のピアニスト”リバイバル公演の写真だ。
真奈ちゃんとの合同誕生日パーティーの日は本当に楽しかった。
可愛い帽子にフリルとリボンの付いたピンク色の洋服に着飾った真奈ちゃんが笑顔で中央に映っている。
唯花さんとのことで気まずくなってしまった浩二君と仲直りをした日でもある。
もう一つ飾っている修学旅行の写真は劇中のワンシーンだ。
四方晶子を演じる私が、佐藤隆之介を演じる浩二君を上目遣いで見つめている。
この後にちょうど大ハプニングとなる告白劇があって今に至る。
あんなタイミングで告白しようなんて考える辺り、浩二君らしいって今では思うけど、あの時は本当に沸騰するくらい衝撃的で恥ずかしくて、どうしていいか分からなかった。
ちゃんと私から好きって伝える日まで、あの告白は舞台を盛り上げるための冗談だったんじゃないかって疑ってしまったくらいだ。
浩二君と交際することになって二か月以上が過ぎた。
今日まで大きな喧嘩をすることもなく、円満に続いている。
告白劇のことがあったから、学内では時の人となってしまったけど、正式に交際することになって、私も浩二君も付き合っていることは否定することなく公言しているから、騒ぎは次第に沈静化していった。
それにしても、恋愛というものは付き合って初めて実感することが多い。
触れ合うことの幸せも創作の中で見てきたものとやっぱり違う。
身体で感じるということは、相手が美人であるかどうかは関係ない。
相手のことを本気で好きであるから、触れ合うことに幸せを実感できるのだ。
創作において恋愛とはファンタジーに近いと論じられることがある。
それは小説などの創作における恋愛の多くが登場人物も含めてフィクションだからだ。
実在の人物や経験談を一部含んでいたとしても、それは現実にあった恋愛ではない。
しかし、私が経験したものは恋愛ドラマとして考えてみてもとても心を揺さぶられるものだった。
人はなぜこうも恋愛という魔力にかき乱され、心が締め付けられてしまうのか。疑心暗鬼になってしまうのか。
そんなことを今になってもなお考える。
きっと、最終的に私が浩二君と付き合うことになり、幸せな日々を送っているものの、深い悲しみを背負うことになってしまった人がいるからだろう。
でも、それは私の力ではどうすることも出来ない。
未だ、唯花さんに掛ける言葉を持ち合せていない自分がいる。
互いに心のどこかでしこりが残っている。
唯花さんが私を見る時に、言葉を掛ける時に少しだけ目を逸らしてしまうのも、表情を曇らせてしまうのも、きっと私が浩二と付き合っているからだ。
だから、唯花さんのことは浩二君に頼りっぱなしだ。
真奈ちゃんと一緒に過ごせるようになって以前の明るさを取り戻したが、それでも意識してしまう部分はある。
それが人間という生き物なんだろうと思っている。
考えに耽ってしまって少し潤んでしまった瞳を拭き、私はお気に入りのハンドバックを手にした。
今、一番会いたい浩二君が待っている……。
携帯端末にもう家を出たと連絡が来ているのを確認した私は慌てて部屋を飛び出した。
待ち合わせ場所の駅前にやって来るとカジュアルな服装に身を包んだ浩二君が日陰に立っていた。
「お待たせ! 今日も暑いね」
「マジでこのままじゃ干乾びちまうぜ……」
さりげなく肩に触れて手を繋ぐ。
胸の高鳴りが激しさを増していく。
何度デートを重ねても変わらないドキドキ感。
ただ、一緒にいるだけでも幸せを感じる恋人という存在。
浩二君の笑顔を見ていると私も嬉しくなって手に力が入った。




