呪われた牧場
あら、貴方は確か留学生の……わたくしに何か?
え? こっちに来て間もないからこの国について教えてほしい?
何故わざわざわたくしに……あ、いえ、我が家が管理している牧場についてお聞きしたいという事ね。それなら確かにわたくしに声をかけるのも当然ね。
えぇ、そうよ。
この神聖国で唯一呪われているとされているのがうちで管理している牧場よ。
え、呪われているのにそのままにしているのか? ですか?
そうは言っても、大半の人にはその呪い全く意味がないものなので。
呪われるのは基本的にちょっとこう、現実が見えていないおバカさんだから……
牧場の正式名称、知ってらっしゃる?
真実の愛牧場っていうのだけれど。
ね? バカみたいな名前でしょう?
実際あの牧場ができた経緯だって馬鹿みたいな話よ。
かつて聖女の力を持つとされていた令嬢と、王家の人間との婚約が結ばれておりました。
もう随分と大昔の話なので、お二人の名前とかはわからないわ。文献にも載っていなかったもの。
当時は魔法の力なんて限られた人しか使えなかったし、その力だって微々たるものでその中で群を抜いて凄い力を持ってる人を聖人とか聖女として扱っていたようなんですけれども。えぇ、それくらい昔の話なの。そうよ、それだけ昔からあるのよあの牧場。
聖女といっても単純に人より強い魔法の力を持ってるだけで、どんな奇跡も思いのままってわけでもなかったみたいよ。まぁ当然よね。人間に扱える魔法なんて限りがあるもの。なんでも思った通り望みのままに、なんてそれこそ神様くらいにならないと無理でしょ。
でも、それでも他と比べると圧倒的な力を持っていたのは間違いないの。
そして、そんな強い力を持つ者を取り込んで、子孫に強い魔法の力を持つ者が生まれたら……という事で当時は王家の人間との婚姻が当たり前のようにされていたのよ。
でも、あくまでも能力メインで選んでるわけだから、結婚する当人同士の希望に添えないなんてのは政略結婚だとよくある話でしょう?
令嬢はさておき、王子の方がどうもその結婚に乗り気じゃなかったみたいなのよね。その王子が将来の王様になる、っていうのならまだ、政略結婚がどういうものかよーく理解していたかもしれないけれど、その王子は第三……第四だったかしら?
ともあれ、王位継承権は低く上のお兄様がたが一斉に儚くなりでもしないと王になどなる事はまずない状態でね?
王家に生まれてその恩恵にあずかって、ずいぶんとまぁ甘やかされていたらしいのよ。聖女と結婚しなくても将来的にはどこぞの令嬢の家の婿に入るか、王家で管理してる領地の一部をもらって領地経営していくか、って感じだったみたい。
ともあれ、その王子は聖女との結婚の意味を全く理解してなかった。
どれだけ甘やかされてたのよって話よね。
義務も責任も果たさなくても甘やかされた暮らしができてるなんて、いい御身分よね。ま、羨ましいと思う事がないわけじゃないけどわたくしはごめんだわ。
そんな王子は聖女に婚約破棄を突きつけたのよ。真実の愛の相手とかいうのを隣に引き連れてね。
大勢の前でやってもいない悪事とやらを言われて、婚約破棄された令嬢――聖女は普通に怒ったらしいわ。聖人だとか聖女といっても周囲よりちょっと魔法の力が強いだけの普通の人間だもの。そりゃ怒りもするでしょうよ。
しかも自分には覚えのない完全なる言いがかり。冤罪吹っ掛けられてなお笑顔で許せとか、言う人間の方がどうかしてるわ。
そうでなくても最初から王子の態度は聖女にとってあまりよろしいわけじゃなかったから、いよいよ堪忍袋の緒が切れるって感じだったのかしらね。
ブチ切れた聖女様は、王子とその真実の愛のお相手に呪いをかけたの。
それこそが、あの牧場が出来上がった切っ掛けよ。
今まで散々甘やかしてきた王家は、その婚約破棄を認めたのよ。ま、聖女からすればそんなあんぽんたんと結婚しなくてよくなったのだから、って前向きに考えれば良かったんじゃないかしら。少なくとも生涯そんなお馬鹿さんと一緒とかわたくしなら冗談ではないもの。
王家管轄下だった領地の一部を与えて、その王子と真実の愛のお相手はそこで暮らす事になった。聖女様? まぁ、力を持つ者の呼び方なんてそれこそいっぱいあるでしょ。現に呪われた王子は聖女様の事魔女扱いしてたみたいだし。
わたくしからすれば、婚約者だった相手に不誠実な王子は単なるくそ野郎ですけれどもね。
え? 不敬? まぁそんなまさかほほほ。
過去にそういったどうしようもない恥さらしがいたのは確かですけれど、今の王家の人たちは皆マトモな方々ですもの。貶す事などありえませんわ。
そうそうそれで、呪われた土地になった話でしたね。
王命での政略結婚に泥をぶちまけた割に、甘やかされていたその王子に与えられた領地はそれなりに自然あふれるところでした。作物もロクに育たないような不毛な地、などではなかったのです。
えぇ、精々そこで大人しく慎ましやかに暮らしていければよかったのでしょう。
とはいえ、やらかした王子は若干不満を抱いていたようですけれど。
呪いはその後割とすぐに表れたようです。
王子と真実の愛で結ばれたはずのお二人は、ある日家畜へと姿を変えておりました。
どうしてそんな事がわかったのか? 衣服はさておきアクセサリーの一部が身体についたままだった、というのが理由の一つ。もう一つは、真実の愛の女性には実は背中に痣があったのですが、その痣が一致したのです。それにお二人の名を呼べばその家畜が賢くも返事をしたのだとか。当時の手記に記されておりますわ。
それだけなら、まぁ、偶然の一致でお二人はのどかで平凡な農地での暮らしなどまっぴらごめんだと手に手を取って逃げ出したのだと思われるでしょう?
けれどもね、違ったのです。
ある日いきなり増えていた家畜を、とりあえず牧場の外に出そうとしたのですが何をどうしても出せなかったのです。目に見えない力に阻まれるかのように。
まぁ、婚約者がいながら他の相手と結ばれて周囲に迷惑まき散らすような方ですもの。外に出て更なる迷惑を周囲に、となる事を考えたなら牧場から出られなくなるのはある意味で、えぇ、良心的というかなんというか。
しかも家畜になったお二人には人としての意識があったみたいで。
文字とか理解できてたんですよ。凄いですね。
その結果、お二人が本人であると証明できたようなものなのですが……
でも、扱いに困るでしょう?
食用の肉として解体するのはとても困るし、かといってお世話をするにしても……王子の方はぜいたくな暮らしに慣れていたから、やれこれは嫌だあれは食べたくない、と我儘を発揮して。
草食動物になった時点でお肉なんて食べられるような身体してないでしょうに。素直にそこらの草食んでればよかったのにそれを拒絶して王子の方は衰弱死を迎えました。
一方の真実の愛のお相手は、自分が家畜になってしまった事を早々に受け入れてそこらの草をもりもり食べていたようですわ。たくましい事です。
元の身体に戻れるかどうかもわからないまま、彼女は最終的に同じ種族の家畜と子をなして天寿をまっとうしたようですよ。
それで本当にいいのかしら、と思わなくもないけれど。
勿論、呪いを解けないものかと周囲が奮闘したりもしました。呪いをかけた本人に話を聞いた結果、王子があの土地で暮らすと知ったのであの土地に呪いを根付かせたのだとか。何故家畜に? と問えば姿かたちがかわったくらいでなくすような愛なら真実の愛でもないだろうとの事。
浮気や不貞をした相手がそれらを真実の愛、なんて言葉で誤魔化す場合にのみ、あの呪いは発動するのだとか。素直に心変わりしました、と宣言する方がまだ潔いですものね。
半信半疑だった当時の王は、それ故に別の貴族たちの間でやらかした者をその土地に送り込んでみました。
二人の姿は家畜へと変化しました。
同じ種類の動物なら良かったのですが、流石に鶏と牛では真実の愛を貫けなかったようで……
呪いの解除方法は家畜になったとしてもそれでもなお、愛を貫く事なのだとか。
ですが、流石に鶏と牛の交尾は物理的にも不可能だったようで……二度と戻れぬと悟った鶏は食欲を失い徐々に衰弱し、牛は……正直ちょっとよくわからないのです。そっちはあまり詳しく記されてなくて。
ともあれ、真実の愛だとか言い出した相手はあの牧場に一度ぶち込む事が決まったのです当時の法で。
一度呪われて家畜の姿になったとしても、それでもなお愛を貫けば元の姿に戻ります。その場合は本当の真実の愛という事で無罪放免。そう、かつての王がお決めになりました。
だって、浮気しておきながらそれを真実の愛だなんて言われたって、浮気された方はそれをすんなり認められないじゃないですか。でも、もしそこで呪いの力を打ち破る事ができたなら。そうしたらもう認めるしかないでしょう? 浮気された方も諦めがつくし気持ちの整理もできるかもしれない。
というわけで、あの牧場の大半は真実の愛を謳う者たちの成れの果てです。
人としての意識があるせいで戻れないと知った途端お相手と喧嘩を始めたり、その結果殺し合いに発展したり、他の元人間だった家畜と第二の家畜人生を歩み始めたり、延々子を産み続けたり……元に戻れないとなればまぁそりゃあ精神も壊れますよね。自棄を起こして暴れるくらいなら可愛いものです。
元人間だとわかっているので流石に食用肉として出荷はしておりませんけれど……ミルクや卵は問題ない事がわかったので普通に売られていますね。元人間の家畜が産んだ卵とか、一部の人は嫌がりますけど一部の人からは何故だか需要が凄くて。一部の特殊なヘキの方の扉を開いてしまったようですわ……
それに、元人間であろう家畜が産んだ子は最初から動物なので、そちらは何も問題がなく……えぇ、そちらは食用加工されて出荷もされておりますわね。
浮気するような方々は性欲も旺盛なのか、発情期になるととてもお盛んで……えぇ、人間だったら常時そうだったのかもしれませんけど、家畜になった時点で発情期シーズンだけになっていますよ。もしかしたらその反動で余計性欲が旺盛なのかもしれませんが……
あの呪いは不貞した上で真実の愛とか言い出さなければ呪われないので、普通ならもうとっくにあの牧場はすたれていてもおかしくはなかったのですけれど。
人間とは同じ過ちを繰り返さないと気が済まない生き物なのか、やらかす相手は後を絶たないのです。えぇ、おかげで今もあの牧場には家畜が溢れておりますわ。
一種の度胸試しみたいな扱いでやらかした軽率な方もそれなりにいるもので……えぇ、本当に。確かにそれで呪われてもその呪いを解けたのならば、周囲も何も言わないどころか二人の仲を認めるだろうとは思いますけれども。
成功率? 今まで誰も。えぇ、だから無謀の極みなのです。
ただの平民ならともかく、将来責任を持ち人の上に立つだろう立場の相手がそんなお花畑のままだと困るので、逆にそういった相手を処分するのに役立っておりますわ。
王命や家の当主が結んだ婚約を簡単に台無しにするようなおバカさんたちの処刑場。
えぇ、そう考えると馬鹿みたいな名前の牧場はいいカムフラージュになっておりますわね。
あら? そう?
近いうちにお友達を連れて?
そうですか。えぇ、わかりました。
そのお二人が、本当に真実の愛を貫くことができれば良いですね。
次回短編予告
呪いのお話。今回以上にさっくり系。そしてやっぱりホラーではない。