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第400話 玉葱の歌

「おんどりゃぁぁぁぁ!!」

「ひぃぃぃぃぃ! ちょ、ちょっと待って!」


地上でいろいろ起きているその頃。

意外とあっさりバレたツキノの嘘のせいで、俺は鬼の形相をしたルリエンさんに、首元を両手で締め上げられていた。


「人の名を騙って布教活動とか、あんた自分の信者にどういう教育してんのよ!」

「しかも、入信者にエルフが一人もいないじゃない!!」


「い、いや、それはツキノが勝手に……」


「はぁ?じゃあ、何であんたが奇跡を使って、あいつを助けてんのさ!!」


「ひぃぃぃぃ! い、一旦落ち着こう!!」


ちなみに――

多くの信者を得たルリエンの力は、少し前とは比べ物にならないほど増大していた。

体感で言えば、数十倍。

締められている俺が言うのだから間違いない。


目が座った顔をむちゃくちゃ近づけて、すごい剣幕で怒鳴り立てるルリエン。


いや、女性慣れしていないDTな俺に、その距離は近すぎるって!

しかも……超酒臭いし!


嬉しいような怖いような、よく分からない感情に襲われた俺は、結局なにも言えず、嵐が去るのをただ待つしかなかった。


ちなみにドライアドのドラちゃんは、状況を察したのか、「急用がある」とか何とか言い残し、風のように帰っていった。


やがて少しは落ち着いたのか、ルリエンは俺の襟元を突き放すと、テレビの前のソファーにドカッと腰を下ろす。


(チッ……あのおしゃれ小鉢〈ツキノ〉! あいつのせいで、エルフの神のあたしが、多種族の神になったじゃない!)

(今度会ったら、しこたま説教してやる!)


ぶつぶつと文句を言いながら、ルリエンはちゃぶ台の上のオークジャーキーを、豪快に噛み千切る。


はぁ……とりあえず、一旦は落ち着いたらしい。


ツキノちゃん。

頼むから、これ以上問題を増やさないでくれよ……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


一方その頃、地上では――


ナポレオンが前線へ向かってから十分後。


ツキノたち音楽班は、簡単な音合わせとリズムの確認を終え、トレビアンの音楽隊もすっかり曲調を掴んだ様子だった。


新平は肩に掛けたアコーディオンをぐいっと持ち直し、蛇腹を一度だけ、ぶわっと鳴らしてからツキノの方を見る。


「……よし。だいたい分かっちょっ。こげな感じでよかどな?」


ツキノは親指を立てる。


「うんうん、そのノリ! 思ってたより早いじゃん!」


音楽隊の一人が胸を張り、陽気に声を張り上げる。


〈サ・マルシュ、ツッキー! パルフェだ!〉


「よし来た!」


ツキノはぱっと笑って、軽く手を叩いた。


「じゃあ、細かいとこは走りながら合わせよ。 深く考えたら負けだからね、この曲!」


新平は苦笑しつつ、アコーディオンの位置を直して肩をすくめる。


「相変わらず無茶振りじゃっどな……ま、嫌いじゃなかが」


「でしょ? じゃ、音だけ一回軽く合わせよ。はい、ワン、ツー……」


新平のアコーディオンが先に鳴り、そこに他の楽器が重なって、短い音の塊が転がるように広がる。

やがて、即席ながらもそれらしいリズムが形になった。


「……うん、バッチリ!」


ツキノは満足そうにうなずいて、客席――いや、仲間たちの方を振り返った。


「じゃあいこっか! 次は、聴くとみんなの心が躍るやつ!」


新平がニヤッと笑い、アコーディオンに指をかける。


「よっしゃ。トレビアン音楽隊、準備はよかか!」


音楽隊のあちこちから、陽気な声が返る。


〈プレ!〉

〈アロンジー!〉

〈プール・ラ・ミュジーク! エ・プール・レ・オニオン!〉


その声に、ツキノはマイクを握り直し、楽しそうに言った。


「――それじゃ、ニュー・オニオン・ソング! いくよー!!」


ツキノの声は再び、全トレビアン兵士と亜人連合国の心へと繋がった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『この声は?!……』


巴が戦車をひっくり返し、小松が後方で攪乱していたころ。

レシア率いるランヌ軍は、戦車の後方から現れた千年帝国兵たちと、激しい銃撃戦を繰り広げていた。


〈助かった……あの援軍が現れてくれたおかげで、こちらの戦線崩壊は防げた〉


行方不明となったランヌの後を引き継ぎ、休む間もなく戦線を支えてきたレシア。

本来であれば、ここで一気に畳みかけたいところだが、千年帝国軍との長時間にわたる戦闘で、兵士たちの気力と体力はすでに限界に近く、思うように動けなくなっていた。


〈くそっ……戦車を吹き飛ばされても、こいつら攻撃の手をまるで緩めやがらねぇ!〉


巴の攻撃によって、次々と吹き飛ばされる戦車。

しかし、千年帝国軍は動揺を最小限に抑え、すぐさま立て直しに入っていた。


{全軍、進撃停止! うろたえるな! 戦車や地形を遮蔽物にし、敵の反撃に備えろ!!}

{分隊長は現状に即応し、戦線の維持に努めよ!}

{{{ヤヴォール!!!}}}


各中隊長の指示に即座に従い、兵士たちは素早く、そして淡々と持ち場へ散っていく。

千年帝国兵たちは、倒れた戦車や起伏を盾にしながら、防御陣形を再構築し、トレビアン軍の攻勢を食い止めていた。


〈見事じゃ……一時の混乱を、指揮官たちがうまく収めおった〉

〈敵兵のことはあまり褒めたくないが……よく鍛えられておる連中じゃわい〉


援軍として駆けつけた古参兵たちも、千年帝国軍の統制の取れた動きに、思わず感心の声を漏らす。


そんな、打つ手に欠いた膠着状態のさなか――

再び、トレビアン兵たちの心に、あの声が木霊した。


『やっほ~! みんなお待たせ!!』


〈この声は……!?〉

〈女神ルリエン様だ!〉


銃撃の最中だというのに、トレビアン兵たちの手が、思わず一瞬止まる。


『女神ルリエン、アンコールに応えて――再びステージに帰ってきたよ~!!』


〈歌姫だ! 女神の歌姫・ルリエンが帰ってきたぞ―――!!〉

〈ル~リエーーン!!〉


戦場のあちこちから、歓声とも叫びともつかぬ声が湧き上がる。


〈それじゃあ、手を休めずに聞いてね! ニュー・オニオン・ソング!!〉


〈オニオン!〉

〈アロンジー!〉

〈アン・ドゥ・トロワ!〉


音楽隊の掛け声と同時に、ラッパと新平のアコーディオンが、景気よく鳴り響いた。


♪油で揚げた タマネギうまっ!

♪バグうまいから マジ優勝!


〈〈〈ウォー――! 俺たちの女神・ルリエン様の歌声だ!!〉〉〉


戦闘中にもかかわらず、歓声を上げるトレビアンの兵士たち。

もはやルリエン(ツキノ)は、戦場で戦う彼らにとって、紛れもない“アイドル”と化していた。


♪油で揚げた タマネギヤバイ!

♪タマネギうま! たまねぎうまっ!


〈おい、さっきの歌といい、この歌といい……どこかで聞いたことがある気がしないか?〉

〈お前もか? 実は俺もだ。初めて聞くはずなのに、なぜか歌えそうな気がするんだよな〉


トレビアン兵の中には、前世の記憶を持つ者たちもおり、彼らはこの曲を、心の奥底でどこか懐かしく覚えていた。


♪オ パキャマラド パキャマラド

(進もう戦友よ 進もう戦友よ)

♪パオパオパンパンパン!

(進もう 進もう 進もう!)

♪オ パキャマラド パキャマラド

(進もう戦友よ 進もう戦友よ)

♪パオパオパ!

(進もう 進もう 進もう!)


〈〈〈ルーリエーーーン!!〉〉〉

〈〈〈ワァーーーーーーーー!!!〉〉〉


軽快に歌い終えたルリエンの歌――正確には、新平の奏でる音色と共に響いたその旋律は、戦場にいたトレビアン兵たちの士気と魔力を、再び大きく押し上げた。


疲労で重かった腕が軽くなる。

曇っていた視界が、冴えわたる。

胸の奥に、熱い何かが燃え上がる。


(この状況、いける!)


この状況を好機と見たレシアは、間髪入れず全軍に号令を下した。


〈各部隊に伝達! これより我が軍は一気に戦線を押し上げる!〉

〈回復に専念していたギュスターヴァ部隊と魔法部隊は、障壁を展開! 前衛を援護せよ!〉


〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉

〈おう、任せろレシア!〉


命令を受けたギュスターヴァと各中隊長は、即座に持ち場へ戻る。

障壁を展開するタンク兵を中心に陣形を組み直し、そのまま雪崩れ込むように攻勢へ転じた。


♪オ パキャマラド パキャマラド

♪パオパオパンパンパン!

♪オ パキャマラド パキャマラド

♪パオパオパ!


〈帝国の奴らをぶっ潰せ!!〉

〈〈〈オォーーーー!!!〉〉〉


覚えたばかりのフレーズを口ずさみながら、トレビアン兵たちは前へ前へと突き進む。

銃声と歌声が入り混じり、異様な熱気が戦場を包み込んだ。


{やつら、歌を歌いながら突撃してきたぞ!!}

{死守しろ! ここを突破されたら、こちらの戦線が崩れる!}


劣勢に立たされながらも、必死に迎え撃つ千年帝国軍。


――だが、その背後で。


{後方より敵部隊の奇襲! 帝国兵が次々と斃されている模様!}

{何だと?!}


通信兵の報告が、緊迫した司令部に響き渡る。

将軍も副官も不在のその場は、一瞬にしてざわめきに包まれた。


誰が判断を下す?

誰がこの状況を立て直す?


明確な指揮系統を欠いたまま、現場は混乱へと傾いていく。


その頃、後方では――

小松が使役する『スティング・ワスプ』が、目にも止まらぬ速度で飛び交い、次々と帝国兵を刺突していた。


刺された兵は悲鳴を上げる暇もなく、膝を折り、その場に崩れ落ちる。

すでに二百名以上が戦闘不能へと追い込まれていた。


{このままではマズイ! 将軍たちは一体、何をしているのだ?!}


前方からは、歌と共に押し寄せる軍勢。

後方からは、静かで確実な麻痺の刃。


前後から挟撃された帝国軍の兵たちは、目に見えて混乱し始めていた。


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