第399話 トモエ無双
「通ぅぅ・背ぃぃぃ・拳ンンン!!」
「通ぅぅ・背ぃぃぃ・拳ンンン!!」
「通ぅぅ・背ぃぃぃ・拳ンンン!!」
一方その頃。
体得した通背拳――もっとも、実際のところは「手に溜めた魔力を叩きつけて吹き飛ばしているだけ」なのだが――で戦車を吹き飛ばした巴は、すっかり気を良くしていた。
調子に乗った彼女は、次々と通背拳を繰り出し、別の戦車の正面に降り立っては――
「次ィ!!」
「通ぅぅ・背ぃぃぃ・拳ンンン!!」
と、まるで的当てでもするかのように、戦車を一両、また一両と吹き飛ばしていく。
砲撃を放つ間もなく宙を舞う鉄の塊。
ひっくり返る車体。
逃げ惑う随伴歩兵。
「よっしゃぁぁぁ! これで敵の兵器は、全部ひっくり返してやったぜ!!」
六両すべての戦車を吹き飛ばし、巴は拳を握り締めて、意気揚々と咆哮を上げる。
「さーて……敵の兵器はぶっ飛ばしたし、次は――」
指の関節をポキポキと鳴らした、その時だった。
突然巴の後ろから、何者かが機関銃で銃撃を行う。
(チッ!伏兵か!!)
舌打ちしながら、巴は拳に装着したメリケンサックで、まるで速射砲のように飛んでくる弾丸を次々と弾き返す。
――その時。
巴の左側面から、爆音とともに砲撃が叩き込まれた。
(大砲だと!? クソッ、間に合わねぇ!)
回避は不可能と判断した巴は、瞬時に魔力の障壁を展開する。
直後、凄まじい爆発音とともに、濃い煙が巴の周囲を覆い尽くした。
{やったか……?}
ロドリゲスの乗る指揮戦車・LT-35から砲撃を行った砲手は、砲塔のハッチから身を乗り出し、煙に包まれた砲身の先を凝視する。
――その瞬間。
煙を突き破って、巴の姿が一直線に戦車へと突っ込んできた。
{ひっ……ヒィィィ!!}
砲手は慌てて機関銃を掴もうとするが、引き金に指を掛けるより早く、巴の拳が叩き込まれ、吹き飛ばされる。
そのまま巴は戦車の正面へと回り込み、前面装甲を両手でがっちりと掴んだ。
「ドラァァァァァ!!」
咆哮とともに力を込めると、十トンはあるはずの鉄の塊が、まるで玩具のように持ち上がり――
次の瞬間、戦車は後方へと豪快にひっくり返された。
「クソが! 俺の命の戦闘服を、こんなにボロボロにしやがって!!」
巴の袖は無残に裂け、すすに汚れた白い肌があらわになっている。
本来であれば、魔砲弾ですらびくともしない巴の体(そして服)である。
だが、戦車隊の銃砲撃を障壁で張り付きながら正面から受け止め続け、さらに通背拳を連発して魔力を放出し続けた結果――
彼女の魔力は、すでに底を尽きかけていた。
そして――ついに、あの男が姿を現した。
{そこのぉぉぉ! 貴様ぁぁぁぁ!!}
羽ばたく鷲の紋章が刻まれたグリーンの帽子。
魔族特有の青い顔に、右目の眼帯。
胸元には羽ばたく鷹の紋章と赤い襟章を付けた将官服をまとい、両腕に重機関銃を携えていた中肉中背の男。
怒号とともに現れたのは、この部隊の司令官――ロドリゲスだった。
怒り心頭といった様子で銃を投げ捨てると、彼は一本鞭を両手で振りかざし、空気を切り裂くように打ち鳴らす。
乾いた音が、戦場に鋭く響き渡る。
{よくもぉぉぉ! よくも、よくもぉぉぉぉ!!}
{我が崇高なる千年帝国の戦車をぉぉぉ! コケにしてくれたなぁぁぁぁ!!}
怒髪天を衝くロドリゲスの怒声は、銃砲音が鳴り響く戦場の只中にあっても、やけに通りが良かった。
……のだが。
{……おい貴様ぁぁぁ! 座り込んで、コソコソと何をやっておるのだぁぁぁ?!}
ロドリゲスの視線の先では、後ろ向きになった巴がウン……蹲踞の姿勢で、彼の怒声などまるで意に介さず、何かに夢中になっていた。
{小娘ぇぇぇ! 私の質問にぃぃぃ! 答えんかぁぁぁぁ!!}
青筋を立てて怒鳴り散らすロドリゲスに、巴は「ちっ」と小さく舌打ちをし、面倒くさそうに顔を振り返る。
「あぁ? テメぇ、見てわかんねぇのか?」
「もぐもぐタイムだ! ボケぇ!!」
{?!}
口をモゴモゴと動かしながら、あまりにも当然のことのように言い放つ巴に、さすがのロドリゲスも、一瞬、何を言われたのか理解できず、考えを張り巡らせる。
(もぐもぐタイムとは……な、何だぁぁぁ??)
(千年帝国の英知とも言えるこの私の頭脳に収められた、膨大なデータの中にも……そのような単語は存在せんぞぉぉぉ!!)
(いや、待て推測せよ!……見るからに、やつは何かを食っておる……食っておる……だと??)
ここでようやく、ロドリゲスは巴の異様な行動そのものに思い至る。
{というか小娘ぇぇぇ! 事もあろうにぃぃぃ! 私との戦闘中に飯を食うとはぁぁぁ!}
{一体どういうつもりだぁぁぁぁ!!}
巴のあり得ない行為に、ロドリゲスは怒鳴り散らした。
その姿を見た巴は、ゆっくりと立ち上がり、拳を握って一喝する。
「さっきからギャアギャアうるせぇやつだ!」
「んなもん、腹が減ったからに決まってっからだろうがぁ!!」
{お、おのれぇぇぇぇい! もう許さぁぁぁん!!}
{塵も残さぬようにしてやるぅぅぅぅ!!}
鬼のような形相で鞭を構えるロドリゲス。
それに対し、巴は食べ終えた携帯食料『カロリン・メイツ』の空袋をポケットにねじ込み、肩をぐるりと回した。
「よぉぉし! リキ(魔力)入った!!」
「おいテメェ! 挽き肉にしてやっから掛かってこいや!!」
挑発するように中指を立てると、巴は八極拳の構えを取り、静かにロドリゲスと向かい合った。
隙のない二人の間に、わずかな沈黙が流れる。
その時、ふと、巴の頭に何かがよぎる。
(あん? これは……)
――その一瞬の隙を、ロドリゲスは見逃さなかった。
{フォイヤー!!}
ロドリゲスは素早く左手で拳を握るや否や、その肘から先が――まるでロケットのように射出される。
「フン! 当たるかよ!!」
一瞬気を取られていた巴だったが、顔面めがけて飛んできたロケットパンチを、わずかに頭を動かして軽々と躱した。
――だが。
その拳が頬をかすめて通り過ぎた、まさにその瞬間。
拳は強烈な光に包まれ、大爆発を起こす。
爆炎は巴を巻き込み、周囲一帯を一気に煙で覆い尽くした。
{まだまだぁぁぁ!!}
着地したロドリゲスは間髪入れず、鞭を投げ捨てた右手の指先から、小型のロケット弾を次々と煙の奥へ向けて撃ち込む。
常識的に考えれば、完全なオーバーキル。
だが、それでもなおロドリゲスは止めなかった。
「とどめだ」と言わんばかりに、腹部が開くと同時にガトリング砲が現れ、銃口から無数の弾丸が吐き出される。
弾幕は煙の奥で、次々と爆発を巻き起こした。
その間もロドリゲスは、収納ポケットから手榴弾を次々と取り出しては、煙の中へ放り込んでいく。
どれほどの時間が経っただろうか。
猛攻を受けた巴のいた場所は、なおも濃い煙に覆われている。
撃ち尽くされたガトリング砲の砲身は、からからと虚しく回り、やがて力を失ったように、白い煙をゆっくりと立ち上らせていた。
{……クククク! 愚か者めえェェェ!!}
{あの状況でぇぇ! 一体何に気を取られていたのかは知らぬがぁぁ!}
{それを見逃すほどぉぉ! このロドリゲスはぁぁ! 甘くはないわぁぁぁぁ!!}
勝ち誇るような言葉を吐きながらも、ロドリゲスは決して油断していなかった。
彼はすでに次の動きに移っている。ガトリング砲の弾倉を手早く交換し、収納サックからスペアの右腕と指を取り出して、素早く装着する。
――その時。
「やってくれたな、大将!!」
怒鳴り声とともに、濃い煙の奥から、巴が勢いよく飛び出した。
{むぅぅぅ!!}
虚を突かれたロドリゲスが反応するよりも早く、巴は一気に懐へと踏み込み、左右の拳で怒涛のラッシュを叩き込む。
「肘を脇の下から離さぬ心構えで、やや内角を狙い、えぐり込むように……!」
「打つべし! 殴るべし! 蹴るべしだコラァァァ!!」
巴は、どこかの聖典で見た教えを、かなり我流にアレンジしながら叫ぶ。
拳と蹴りが立て続けに叩き込まれ、金属と金属がぶつかる鈍い音が連続して響いた。
{ぐ、ぬぅぅぅ……!!}
耐えきれず、ロドリゲスの体はそのまま後方へと吹き飛ばされ、数メートル先で片膝をつきながら着地する。
{おのれぇぇぇぇ! あれほどの攻撃を受けてぇぇぇ! 生きているどころか、反撃までしてくるとはぁぁぁぁ!!}
目を血走らせて巴を睨みつけるロドリゲス。
だが、その視線は次の瞬間、彼女の異変に釘付けになる。
額から、ぬっと伸びた昆虫のような二本の触角。
燃えるように赤かった瞳は、いつの間にか白目を失い、深い闇を湛えた真黒な複眼へと変貌していた。
「いいねぇいいね!! 俺をこの姿にまでさせたのは、リーダーと本気のオコメ(小松)以来だぜ!!」
白い歯を見せ、ポキポキと指を鳴らしながら、巴は満面の笑みを浮かべる。
その半獣の姿を見て、ロドリゲスは大笑いした。
{ふぁぁぁはっはははは!}
{脆弱なぁぁ人間にしてはぁぁ、なかなかやると思ったがぁぁ……やはり、人種ではなかったかぁぁぁ!!}
ロドリゲスは立ち上がり、落ちた帽子を拾い上げると、服についた土を払いながら、それを被り直す。
「行くぜぇ! オッサン!!」
{小娘が! 掛かってこいぃぃぃぃ!!}
互いに構え直した、その瞬間。
少し離れた戦場で、歓声にも似た声――いや、歌声が上がった。




