第398話 KUNG FU GIRL!
ロドリゲス率いる千年帝国軍一五〇〇の部隊は、サン・ジュリアーノ北方三キロの地点にて、ランヌの後を引き継いだ副官レシアとの戦闘の最中、所属不明の女戦士二人と遭遇していた。
{前方に敵影! ……奴、戦車の前に降りたぞ!}
巴は先頭を走る戦車の、百メートルほど前に立つと、掛かってこいと言わんばかりに、指をクイッと動かした。
{挑発か……舐めた真似を! 全車、砲撃開始! 機銃、制圧射!}
先頭車両の戦車長の号令と同時に、各戦車の銃砲が次々と火を噴き、立ちはだかる巴へと雨のように叩き込まれる。
たちまち巴の周囲には土煙が巻き上がり、その姿は完全に見えなくなった。
{構うな! そのまま突っ込め! 轢き潰せぇぇぇぇい!!}
唸りを上げて突進してくる戦車。
だが、次の瞬間――
巴を押し潰すはずだった戦車は、まるで巨大な障害物に衝突したかのような衝撃とともに、ぴたりと動きを止めた。
{ぐわっ! なんだ?! 操縦士、状況を説明しろ!}
{わ、分かりません! 履帯が空回りしています!!}
突然の異変に、戦車内は一気に騒然となる。
{チクショウ! 一体どうなっていやがるんだ?!}
戦車長は苛立ち混じりに砲塔のハッチを開け、身を乗り出して前方を確認した。
{……ヴァス・ツム・トイフェル!(なんてことだ!) 女が一人で、俺たちの戦車を止めていやがる!}
視線の先では、俯いた巴が、後方へ押し込まれながらも、肩を入れ、両手で車体を受け止め――その進撃を、力ずくで止めていた。
{ドゥ・モンスター!!}
恐怖に駆られた戦車長は、ホルスターから拳銃を引き抜き、半ば錯乱したように引き金を引く。
放たれた弾丸は、次々と彼女の障壁に弾かれていく。
その光景の中で、巴は眉間にしわを寄せ、舌打ちすると、ぽつりと呟いた――。
(……チッ。やっぱり俺は、まだ聖典に書かれた……高速で迫る『シンカンセン』を止めた『あの男』ほどの力はねぇか)
どうやら巴は、ジャステスからもたらされた『漫画』のワンシーンを、この世界で再現しようとしていたらしい。
(……だが、必ず越えてやる!)
気を取り直した巴は、戦車を支えていた左手を離すと、今度は右手一本でその巨体を押し止めたまま、静かに――しかし確実に、その右腕へ魔力を集約させ体をねじらせていく。
{おい、気を付けろ! 化け物が何か仕掛けてくるぞ!!}
弾を撃ち尽くした戦車長は、巴の周囲に渦巻き始めた異様な魔力の気配を感じ取り、下にいるクルーたちへ叫ぶように警告を飛ばした――が。
「ならば……これはどうだ!!」
「通ぅぅ・背ぃぃぃ・拳ンンン!!」
{{{う、うわぁぁぁぁ!!!}}}
叫びと同時に右足を一歩踏み込み、圧縮された魔力が一気に解放される。
轟音と衝撃波が炸裂し、戦車は戦車長たちの悲鳴を乗せたまま、まるで玩具のように宙を舞い――そのまま、数十メートル後方へと回転しながら吹き飛ばされていった。
吹き飛ばされた戦車は、弧を描きながら――今度は後方を歩いてついてきていた歩兵たちの視界に飛び込んできた。
{え……戦車が……飛んでいる……?}
兵士たちが呆然とそう呟いた、その直後だった。
飛来した戦車が、轟音と土煙を巻き上げながら、彼らの目の前へと墜落する。
{{{うわぁぁぁ――!! せ、戦車を……吹き飛ばしやがった!!!}}}
地面に叩きつけられ、黒煙を上げる戦車。
その光景を前に、兵士たちはようやく現実に引き戻されたかのように、戦慄の声を上げる。
「よっしゃ――!! 大成功だ!!」
右腕を突き出し、肘から上を掲げて歓喜の雄叫びを上げる巴。
それに対し、兵たちは規律正しい行進も忘れ、見る見るうちに狼狽え始めた。
「オーホッホッホ!!」
そのどよめきの上空から、高笑いが降ってくる。
「トモエさんったら……ただ魔力を溜めて放っただけの技に、ずいぶん仰々しい名前を付けましたのね」
四枚の羽根をはためかせ、宙に浮かぶ小松は、余裕の笑みを浮かべたまま、蔑むように地上の兵たちを見下ろしていた。
{おい、もう一人いるぞ!!}
{撃て! 撃てぇぇぇ――!!}
小松の存在に気付いた兵たちは、慌てて銃口を向ける――が、その瞬間、彼女の姿はすでにそこにはなかった。
「あなたたち……反応が遅すぎますわね」
その声は、いつの間にか兵士たちの背後から、静かに響いた。
(い、いつの間に……?)
そう思った次の瞬間、兵士たちの全身に、針で突き刺されたような鋭い激痛が走る。
{か、体が……動かねぇ……}
次々と膝を折り、その場に崩れ落ちていく兵士たち。
「あらあら……皆さん大丈夫? こんなところで寝たら、風邪を引きましてよ?」
皮肉たっぷりに微笑みながら、周囲に倒れ伏した百人以上の兵士たちを見渡す小松。
{貴様の仕業か! 撃て、撃て――!!}
少し距離を取った兵士たちが、半月状に小松を囲み、一斉に魔力を込めた銃弾を浴びせかける。
だが小松は、軽く後方へと跳ぶと、背負っていた薙刀の中央を握り、高速回転させた。
{あの女……機関銃の弾を、全部弾き返しているぞ?!}
火花を散らしながら、銃弾はことごとく弾かれていく。
「さ~て……たまには私自身も、近接戦闘をして差し上げませんとね」
そう言うと、小松は軽やかに宙へと跳び、回転させていた薙刀をぴたりと止める。
「コマツ・スラッシュ!」
振るわれた刃から、次々と真空の斬撃が飛び出し、兵士たちは悲鳴を上げる間もなく、次々と斬り伏せられていった。
(……何なんだ、この化け物は……)
あまりに一方的な光景に、スコードリーダー(戦闘指揮官)は思わず呟く。
――その次の瞬間、彼の視界は、ゆっくりと上下にずれた。
{……はへ?}
何が起きたのか理解する間もなく、彼はすでに小松の一閃によって、真っ二つに斬り裂かれていた。
「……あなた、私に向かって“化け物”呼ばわりとは、どういう了見ですの?」
小松は、すでに事切れた相手を見下ろし、冷ややかに言い放つ。
「罰として……死んで詫びなさい」
そして、くるりと薙刀を一振りすると、満足そうに微笑んだ。
「それにしても……さすがは友成の作った薙刀ですわ。軽くて丈夫で、しかもこの切れ味……実に素晴らしいですわね!」
友成に作ってもらった薙刀を右手に掲げ、小松は満足そうにその刃を見つめた。
その間にも、千年帝国の兵士たちは、小松の仕掛けた攻撃によって次々と斃れていく。
――だが、その瞬間。
何者かが放った無数の機関銃弾が、小松めがけて降り注いだ。
小松はこれを薙刀や障壁で受け止めることなく、左へ跳躍すると、そのまま空中で身を翻し、飛びながら弾丸を躱し続ける。
やがて、弾を撃ち尽くした将校らしき男が、銃を投げ捨て、車両から降りてきた。
空中の小松を睨みつけ、怒鳴り声を上げる。
{おいお前! よくもやってくれたなビン!!}
憤怒を露わにするのは、ロドリゲスの副官・オヤビーンだった。
彼は小松を指差し、歯ぎしりするように叫ぶ。
「あら? そんなに偉そうな服を着て……もしかして、この部隊の司令官かしら?」
{黙れビーン! お前の質問に答える義理はないビーン!!}
獣人語が分かるのか、小松の問いに、オヤビーンは怒鳴り返す。
小松は、ふぅん、と興味深そうに鼻を鳴らし、薙刀を構え直した。
「ところで……あなた、狸みたいなお顔をしていますけど、獣人と魔族の混血ですの?」
{……!! 貴様ァ! 僕が気にしていることを!! 許さないビーン!!}
触れられたくないところを突かれたのだろう。
青筋を立てたオヤビーンは、目にも留まらぬ速さで腰の拳銃を抜き、小松のいた空間へと銃口を向ける。
――だが。
そこに、小松の姿はなかった。
{なに? いないビン? どこへ行ったビン!?}
キョロキョロと周囲を見回すオヤビーン。
その背後――
すでに回り込んでいた小松が、音もなく薙刀を振り下ろす。
(――いただきですわ!)
背後を取った渾身の一撃。
だが、それは――
「っ!!」
オヤビーンは、紙一重でそれを躱していた。
{舐めるなビン! 神速くらい、僕たちだって使えるビーン!}
{これでも喰らうビン!!}
一瞬の隙を突き、右手の銃口から立て続けに弾丸が放たれる。
「……ッ!」
躱しきれないと判断した小松は、瞬時に魔力の障壁を展開し、弾丸を弾き返した。
{隙ありだビン!!}
完全に防御に徹したその一瞬を逃さず、オヤビーンは一気に間合いを詰める。
そして、自身の魔力で小松の魔力を打ち消しながら、彼女の手元を狙って蹴りを放った。
薙刀は弾き飛ばされ、宙を舞う。
(……ッ! この狸、やりますわね!)
(ならば……カウンターで!)
予想以上の手練れに、小松は追撃を警戒し、飛ばされた薙刀を追わず、五メートルほど後方へと跳躍して距離を取る。
しかし、オヤビーンは追ってこなかった。
撃ち切った短銃の弾倉を捨て、オヤビーンは新たな弾倉を素早く装填すると、小松へと銃口を向けた。
{大人しく投降するビン! 僕は女を痛めつける趣味はないビン!}
武器を失い、素手となった小松を前に、勝利を確信したかのように、オヤビーンは言い放つ。
その忠告を聞いた小松は、ほんの僅かに口元を緩め、涼しげに言葉を返した。
「あら……あなた、顔に似合わずお優しいんですのね?」
{顔のことは余計だビン!}
図星を突かれたのか、オヤビーンは引き金に掛けた指に、思わず力を込める。
「せっかくのご忠告ですけれど……私、降伏なんてしませんわよ?」
{? なぜだビン! お前に武器を拾う暇など、僕は与えないビンよ!}
“神速”を使えるオヤビーンは、小松が不意に動かないか警戒しながら、銃口を微動だにさせない。
だが――そんな彼の緊張を嘲笑うかのように、小松は小首を傾げて問いかけた。
「……もしかして、あなた。私が武器を持っていないと戦えないとでも、思っていらっしゃるの?」
{……?!}
予想外の言葉に、オヤビーンは一瞬だけ目を見開いた。
そんな相手を前にしても、小松は冷静に戦況を見渡していた。
(トモエさんは……あちらも、なんだか偉そうな服の人とやり合ってますわね。あちらが“当たり”だったのかしら?)
(あらあら……この狸さん、自分の部下のことは、すっかり放ったらかしですわ)
二人が対峙している、その間にも――
小松が使役する、全長五センチほどの小型の蜂数十匹が、兵士たちの目にも止まらぬ速さで戦場を飛び交い、次々と刺突しては獲物を麻痺させていっていた。
(仕方ありませんわね。私を相手に、そこまで気を配っていたら――とても戦闘どころではなくなりますもの)
小松は内心でそう嘲りながらも、それを表情には出さず、余裕の笑みを浮かべたまま、オヤビーンを静かに見据える。
(さて……せっかく、私の“本気”に少しは耐えられそうな方と出会えましたし……)
その視線を受けるオヤビーンの目の前で、小松の額から、すっと二本の触角が生え出た。
{な、何なんだビン……!?}
「あなたに――少しだけ、“格の違い”というものをお見せしますわ」
そう言い放つと、小松は薄く笑い、挑発するように右手の指をくいっと曲げた。
――来なさい、と言わんばかりに。




