第396話 反撃へ
〈ふむ……うまくいったな〉
〈うまくいったな、じゃないわよ!!〉
〈終わったなら、さっさとツキノ『様』から手を放しなさい!!〉
接続共有による全軍への演説を終えたナポレオン。
その最中、話すためにツキノの肩へと置かれていた手を――ルナ・ファウが必死になって、両手でぺしぺしと叩いていた。
(チッ……フェアリーという種族は、どうにも騒がしくて敵わんな)
心の中でそう毒づきつつ、ナポレオンは訝しげな表情を浮かべ、ツキノの肩に添えていた右手を、静かに引き離した。
〈べ―――だ!!〉
不機嫌そうな皇帝に向かって、ルナが思い切り舌を突き出す。
〈じゃーま!!〉
ピン!
〈いった―――い!!〉
ツキノの軽いデコピンが、空中に浮かぶルナのお尻を正確に捉えた。
〈い、痛いってばぁ!!〉
叩かれたルナは、空中でぴょんぴょんと跳ね回りながら抗議の声を上げる。
〈あんた……あんまり調子に乗ってると、また鳥かごに戻すわよ?〉
〈い、いや!ごめんなさい!それだけはダメ!!〉
少し本気の怒気を含んだツキノの声に、ルナはお尻をさすりながら、慌てて頭を下げた。
〈さて、プリンスェス・ツキノ。 いや――デエス・ルリエンとお呼びすればよいのかな?〉
〈あ、ツッキーでいいよ、ナポリん!〉
〈ちなみに私、女神じゃないし、“ルリエン”は友だちの『彼女さん』の名前だから!〉
〈〈〈な、ナポリん?!〉〉〉
その一言に、ベルティエをはじめとする参謀陣は、あまりの衝撃に完全に言葉を失った。
〈ナポリんか……いい響きだな。 よし、ならば余も、あなたを“ツッキー”と呼ばせてもらおう!〉
〈よろしく!ナポリん!〉
満面の笑みを浮かべる二人。
その様子を、ルナはじとりとした目で睨みつけていた。
〈あ、それとね。 亜人連合の明帝は、堅苦しい呼び方を嫌うから――『ミンミン』って呼んであげてね!〉
〈ぬなっ???!!!〉
虚を突かれたその一言に、ミントは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
〈ふむ……なるほど。 帝自ら国民との間に壁を作らぬよう、あえて愛称で呼ばせるとは――さすがだな〉
(いや、ちがっ……違うぞ皇帝……)
妙に納得しているナポレオンの横で、ミントは必死に否定しようとするも、言葉が追いつかない。
〈ねえねえツッキー! 他にも何か歌ってよ!!〉
すっかりツキノに懐いたルナは、両手でツキノの手を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
〈ツッキー。余からも頼む。 君の歌は、すべての兵に勇気を与える〉
〈かく言う余も、君の歌声を――もっと堪能したいのでな〉
〈え~~!もう……仕方ないなぁ!〉
満更でもない様子で応えたその時――ツキノの意識に、接続共有を通じて声が届いた。
(あの~ぅ、リーダー。聞こえます?)
(うん?どうしたの、オギボー?)
(……あ、終わったのね! じゃあその件はナポリんに伝えておくから、 近くにいるタッチと一緒に、例の『彼』を探して!)
接続共有を切ったツキノは、軽く手を挙げてナポレオンへと報告する。
〈あ、ナポリん。 今ね、うちの医療班から連絡が来たんだけど――サン・ジュリアーノの負傷兵、治療が全部終わったんだって〉
〈〈〈なっ、何だって―――!!!〉〉〉
淡々と告げられたその一言に、トレビアン首脳陣は一斉にどよめいた。
〈サン・ジュリアーノの負傷兵は、二万以上いたはずですぞ!?〉
〈しかも、そのほとんどが生死を彷徨う重傷者…… それを、この短時間でか?!〉
〈一体、どうやって……〉
動揺するベルティエたちを、ナポレオンは鋭い眼光で睨みつけ、一喝する。
〈やかましいぞ!貴様ら!!〉
〈〈〈!!!〉〉〉
皇帝の声に、副官たちは一瞬で凍り付いた。
〈神の奇跡が使えるツキノの部下だぞ? これくらいの事で、いちいち騒ぐな!!〉
〈はっ!……ははっ!! 取り乱し、誠に失礼いたしました!〉
ベルティエたちは表情を引き締め、即座に一斉敬礼する。
〈では、明帝……いや、ミンミンよ。 我らは、しばしの間、席を外させてもらう〉
〈……じゃから違うと言っておるのじゃが……まぁよい。皇帝よ、気を付けてな〉
ミントは扇子をパチンと閉じ、やや不機嫌そうな表情で、それでも一礼して応じた。
〈ツッキーよ。 味方の士気がさらに跳ね上がるような、景気のいい曲を頼むぞ〉
〈オッケー!任せてよ!!〉
小さくウインクし、手を振るツキノ。
それに応じて、ナポレオンもわずかに笑みを浮かべ、踵を返した。
〈では諸君、行くぞ!!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ、ヴォートル・マジェステ!!!〉〉〉
後ろに手を組んだナポレオンを先頭に、トレビアンの将兵たちはステージを降り、マルモンたちが激戦を繰り広げる中央軍最前線へと向かっていった……。
皇帝たちの姿が見えなくなった後、ステージに残されたツキノは、ぽつりと呟く。
「さてと……何を唄おうかなぁ?」
指先を顎に当て、少し首を傾げる。
(『私の彼は転生者』か……それとも『小白兔』を先にいくか……)
う~んと考え込むツキノに、背後から軽い咳払いが聞こえた。
「……コホン!」
振り返ると、そこには腕を組んだミントの姿があった。
「ツキ姉や。どちらかと言えば、トレビアンの連中になじみの深い歌の方が良いのではないか?」
「なじみの深い歌?」
きょとんとするツキノに、ミントは小さく頷く。
「そうじゃ。あやつらの多くは、元は地球のフランス人であろう? ならば――この歌など、どうじゃ?」
そう言ってミントは、ほんの小さな声で、旋律を口ずさんだ。
「なるほど~この歌ね!」
ツキノはぱっと顔を明るくする。
「それを、この世界向けに歌詞を変えるわけね!」
「うむ。できるか、ツキ姉?」
「もちろん!」
ツキノは胸を張り、にっと笑う。
「十分もあればいけるよ。 その間に、はっちゃん(村田新八)たちにメロディーを覚えてもらおう!」
「さすがはツキ姉じゃ……そんな短時間で歌詞を――」
感心しかけたミントの言葉を、ツキノがふいに遮った。
「……それよりさ~~」
そう言うと、ツキノは何気ない仕草で、ミントをそっと肩に引き寄せる。
「な、何じゃ!? どうしたのじゃ、ツキねぇ??」
突然距離を詰められ、ミントは耳をぴんと立てて狼狽える。
その耳元に、ツキノは囁くように声を落とした。
(ミンミンの声ってさぁ……結構、いけてると思うんだよね……)
「……はへ?」
思わず、間の抜けた声がミントの口から漏れた。
ツキノは、にこにこと満面の笑みを浮かべている。
――だがその笑顔は、ミントにとってろくでもないことを思いついた時の顔だった。
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一方その頃、ザック将軍率いるクラシック軍右翼は、思わぬ敵の出現に手を焼いていた。
〈クラシック軍め……わらわらと、よくも集まりおったな!〉
〈だが此処は――この偉大なる皇帝陛下より勅命を受けし、 エマニュエル・ド・グルーシーが、必ずや!必ずや奴らの進撃を阻止してみせようぞ!!〉
〈そうだ! 俺たちにはエルフ神・ルリエンが付いている!〉
〈それに……ジャス……もう一柱も、きっと見守ってくれている!!〉
四千の兵を率い、トレビアン左翼の援軍として派遣されたグルーシー。
彼はヴィクトール撤退後に戦線へ現れるや否や、要所に機関銃陣地を構築し、起伏などを利用した巧みな戦術でこの地を守り続けていた。
{チッ……おのれっ!!}
思わぬ新手の出現に、ザックは大きく舌打ちする。
{こいつらが突然現れたせいで、進撃が完全に停滞してしまったわ!!}
現在ザックは、後衛のさらに後方――僅かに隆起した丘の上に陣取り、全軍の指揮を執っていた。
しかし、ここまで続けてきた無理な強行進撃が祟り、各方面に展開する師団同士の連絡は完全に寸断。
もはや戦況の全体像すら正確に把握できない――そんな危険な状態に陥っていたのである。
(ちっ……時間がないというのに! トレビアンの残党共め、どこまで粘りおる……!)
焦りを押し殺しつつ、ザックは歯噛みする。
(……やむを得ん。ここで足踏みしている余裕はない!)
{後衛部隊、前進せよ!}
{そのまま前衛との距離を詰め、一気に押し切れ!!}
決断と同時に、ザックは戦術を強行突破へと切り替えた。
後衛に控えていた部隊は命令を受け、停滞する前衛へと向けて前進を開始する。
戦線はさらに圧縮され、混乱と殺気は前線へと雪崩れ込んでいった。
六万を超える、クラシック・千年帝国軍。
それに対峙する、トレビアン・亜人連合国軍は三万。
倍する戦力差を前に――
ナポレオンの命運を賭けた“大一番”が、今まさに幕を開けようとしていた。




