第395話 策士系アイドル・ツキノ
〈すげぇ……皇帝陛下の援軍が、クラシック軍の砲を次々に破壊している〉
〈しかも、あんな少数で……俺たちは、夢でも見ているのか?〉
トレビアン兵たちの目に映っていたのは、もはや人の動きとは思えぬ薩摩隼人たちが、敵前線の一角を蹂躙し、壊滅させていく光景だった。
〈ヒュ~! やるじゃねぇか、チビ伍長!!〉
マルモンは口笛を吹きながら大砲の上に立ち、額に手をかざして戦場を見渡すと、心底楽しそうに笑った。
(さぁて……プテ(将軍)のやつも動くだろうし、 俺も弾が届くところまで、前に出るとするか!)
マルモンが大砲から軽やかに飛び降りた――その瞬間。
再び、トレビアン兵たちの頭の中に、はっきりとした声が響き渡った。
『――余が愛する、トレビアン兵士諸君!』
〈な、何だ!?〉
〈この声は……皇帝陛下?!〉
〈チビ伍長の声だ……一体、どうなっているんだ??〉
突然、脳裏に直接響いた声に、前線・後方を問わず、兵士たちの間に動揺が走る。
『兵士諸君。私は今、《神の奇跡》の力を借り、 諸君の心へ、直接語りかけている』
〈〈〈神の……奇跡だって?!〉〉〉
ざわめく兵士たちをよそに、ナポレオンの声は力強く続いた。
『勇敢なる兵士諸君! 今日一日、我々は――十分に耐え、十分に退いた!』
『そして今、諸君が立つこの戦場では、 神・ジャスティスの力を得た《信者たち》が、 魔族、ならびにそれに与するクラシック軍と、すでに戦闘を開始している!』
『我らもまた、彼らと共に立ち上がり、 世界を侵略する魔族を、この地より撃退するのだ!!』
〈聞いたか!? 皇帝が……〉
〈俺たちの“皇帝陛下”が、神の勅命を受けたって言ってるぞ!!〉
〈神が……俺たちを助けてくれるのか??〉
皇帝の言葉とはいえ、あまりに突拍子のない内容に、兵士たちの胸には、まだ半信半疑の色が残っていた。
――しかし。
その疑念を打ち消すかのように、もう一つの声が、はっきりと彼らの心に響き渡る。
『正義のために戦う、すべてのトレビアン兵に告げます』
『我が名は―― 大神・ジャスティスと共に、悪魔を滅ぼさんとする エルフ神・ルリエン』
〈〈〈女神……!?〉〉〉
〈さっきの歌声は……エルフ神・ルリエンだというのか?!〉
戦場にどよめきが走る。
そして再び、ルリエンを名乗るツキノの声が、慈愛と威厳を帯びて響いた。
『大神・ジャスティスは、あなた達の“信じる力”を必要としています』
『今こそ神の力を信じ、 魔族の手によって苦しめられてきた、この地を救うのです!』
その言葉を聞いた瞬間――
トレビアン兵たちの胸に、迷いは完全に消え去った。
〈皇帝は……俺たちは……〉
〈神に選ばれたのだ!!〉
〈俺たちこそが――『正義』なんだ!!〉
〈大伸・ジャスティス!皇帝陛下!我らの戦いを御照覧あれ!!!〉
歓喜に包まれた兵士たちは、天を仰ぎ、一斉に声を張り上げる。
〈〈〈ヴィーヴ・ランプルール!!!〉〉〉
(皇帝陛下万歳!!!)
〈〈〈グロワール・オ・グラン・デュー・ジュスティス!!!〉〉〉
(大神ジャスティスに栄光あれ!!!)
〈〈〈グロワール・ア・ラ・デエス・ルリエン!!!〉〉〉
(女神ルリエンに栄光あれ!!!)
その咆哮は、硝煙に覆われた戦場を突き破り、確かに――神と皇帝へと届けられていた。
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一方、その頃――天界。
ルリエンちゃんとドラちゃんは、「信じる神を信者が乗り換える」番組『ゴッ・トランジット』を、腹を抱えて笑いながら観ていた。
「きゃはははは! 見て見て~! この人種が作り出した“神もどき”の新興宗教、人気ダダ下がりなんですけど~! ウケる~!」
「実在もしない神を崇めるなんて……下界の知的生物って、本当に不思議な生き物ですね!」
そんな二人のやり取りを、俺はキッチンでオイルサーディンにマヨネーズをかけながら、黙って眺めていた。
「「ほんと、下界の奴らって、バカだよね~!!」」
……いや。
精霊のドラちゃんはともかく、あんた(ルリエン)は、その“下界のバカ信者”の信仰心で存在してる側じゃない?
ご機嫌な二人は、酒もエールからハイボールへとトランスファーし、言いたい放題である。
しかしこの二人、なかなかに辛辣だ。
まあ、悪酔いした彼女たちに何か言おうものなら、理不尽な反論が飛んできて、ろくなことにならないのは目に見えている。
なので、俺は黙ってつまみを食べることにした。
それよりも。
さっきまで俺は、吸い込まれるように消えていくポイント表示に釘付けで、それどころじゃなかったんだよな。
――そんな辛口トークが続く最中。
ルリエンが、ふと自分の身に起きた異変に気づいた。
「……ん? あれれれぇ?」
「えっ? どうしたの、ルリエンちゃん?」
突然の様子に、ドラちゃんが心配そうに尋ねる。
「なんか分からないんだけど…… 今、私への《信仰心》が、急激に“バズってる”気がする……」
「えっ!? 信仰心がバズるって……分かるものなの?」
目を丸くするドラちゃん。
おや、ルリエンちゃん。お気づきになりましたか!
しかし、神界でも“バズる”って言葉、普通に使うんだな、と俺はどうでもいい感想を抱いた。
「だってね、力がどんどん漲ってきてるのよ? しかもこの感じ……今まで一度もなかったレベルの、とんでもないバズり方!」
そう語るルリエンの身体は、いつの間にか、うっすらと光を帯び始めていた。
「えっ、よかったじゃん! それ、めちゃくちゃ良いことじゃない!」
「いや、だから! 何でそうなってるのか分からないのが怖いんだけど!?」
喜ぶドラちゃんと、理由が分からず困惑するルリエン。
……理由は単純だよ。
あなたの名を勝手に使った、うちの信者が、戦場で大規模布教してるだけだから。
でもさ、そんな事……絶対に言えないわな。
仮に、このことを正直に話したら、「何勝手なことやってるのよ!!」って、俺が詰められる未来が容易に想像できる。
なので俺は、バレるまではそのまま黙っておくことにした。
ちなみに俺は、この番組が『宗教名を伏せた体裁』で放送されているにもかかわらず、生放送・完全ノンフィクションであることを、ここで悟った。
なぜなら――
目の前で、エル・マリア教の信者たちが、ルリエンちゃんへ――ついでに俺へも――ガンガン《トランスファー》しているからだ。
……まあ、その信者たちの全てが、エルフじゃないんだけどね。w
というわけで、ルリエンちゃんは晴れて――『多種族の女神』へとクラスチェンジしました、と。
さて。
ツキノのおかげで、俺のポイント減少は、確かに多少はマシになった。
……なった、のだが。
それでもなお、ゴリゴリ削れているのは、紛れもない事実である。
ツキノちゃん。
本当に、そろそろ――
早く終わらせてね。
(切実)
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〈おおっ……なんだ? 身体能力が、少しだけ上がった気がするぞ!〉
〈体が軽い……足が前より動く!〉
ジャスティス教へと改宗した瞬間、トレビアン兵士たちは、神・ジャスティスの《領域加護》を受け、確かに――“分かる程度”の能力上昇を実感していた。
だが、それ以上に兵たちを驚かせたのは――
〈な、なんじゃこりゃああ!! 俺の魔力、明らかに増えてるぞ!?〉
〈うぉぉぉぉ!! 女神の加護、すっげぇぇぇ!!〉
ついでに女神・ルリエンの加護まで受けた兵士たちは、ジャスティス神との相乗効果によって、
魔力が一時的に大きく跳ね上がり、歓喜の咆哮を上げていた。
〈がはははは! やったぜ!!〉
彼らを指揮するマルモンは、被っていたバイコーンを高々と掲げ、大きく笑う。
(やってくれたな、チビ伍長!……いや、皇帝陛下『様』!)
(あんたと女神の演説で、 味方の士気は想像以上に爆上がりだぜ!!)
マルモンはそう呟くと、未だ混乱の冷めきらぬ前線へと視線を戻した。
〈さぁて……じゃあ、こっちもいっちょ始めるか!〉
〈全砲門、球形弾へ換装! 敵が混乱を起こしている箇所へ、砲撃を集中せよ!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
マルモンの号令と同時に、二十門の砲が次々と火を吹き、クラシック軍の混乱に、さらに拍車をかけていく。
〈おう、待たせたな! マルモン!!〉
〈ヴィクトール! 戻ったか!!〉
激しい砲撃の最中、再編成を終えたヴィクトールが、左翼兵を率いて戦線へと帰還した。
〈……しかしヴィクトール、 再編成にしちゃ、兵が増えてないか?〉
〈陛下の予備兵を回したのか?〉
後退時、四千足らずまで減っていたはずのヴィクトール軍は、ざっと見ただけでも、九千以上に膨れ上がっていた。
〈いや、ここにいるのは陛下の予備兵じゃねぇ〉
〈信じられねぇだろうが…… こいつらは、俺の師団兵だ〉
〈……ああん?〉
怪訝な顔をするマルモンに、ヴィクトールは馬を降り、肩に手を回して耳元で囁く。
(実はな……)
(ここにいる兵の三分の一は、 サン・ジュリアーノに運ばれた、瀕死の連中だった)
〈なにィ!?〉
〈だが……どいつもこいつも、怪我ひとつねぇじゃねぇか!〉
(ああ。街に運び込んだ時は、 大火傷だの、手足を吹き飛ばされただの、 正直、助からねぇと思った)
ヴィクトールは低く息を吐き、続ける。
(だがな……)
(陛下が連れてきた援軍の中に、 とんでもねぇ腕の―― いや、神懸かりの《回復師》がいるらしく……)
(そいつの魔法か何かで……死にかけだった兵が、次々と“復活してきやがった”んだ)
〈……はぁ!?〉
あまりの内容に、マルモンは思わず大声を上げていた。
その反応を待っていたかのように、ヴィクトールはにやりと笑い、回していた腕を離す。
〈ま、そういうことだ、マルモン〉
〈皇帝陛下には、とんでもない“お友だち”がいるみてぇでな〉
〈この戦いも、ようやく希望が見えてきたってわけだ〉
〈……ああ。そうであってほしいもんだな〉
マルモンの言葉に、ヴィクトールはフンと鼻を鳴らすと、ひらりと馬に跨った。
〈ちなみに言っとくが、こいつらはアンデッドじゃねぇからな!〉
〈間違っても、攻撃なんかするんじゃねぇぞ!〉
〈いいじゃねぇか!〉
〈死ななきゃ、何度でも治るんだろ?〉
〈馬鹿言え! 冗談じゃねぇ!〉
軽口を叩き合いながら、二人はそれぞれバイコーンを手に取り、顔を上げる。
そして――
ほぼ同時に、戦場へ向けて号令を放った。
〈全軍前進!〉
〈薩摩軍が食い破った前衛の穴から、敵本隊へ突撃するぞ!!〉
〈全砲門、砲撃停止!〉
〈戦線を押し上げろ!!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
二人の号令を合図に、左翼・中央のトレビアン軍は一斉に動き出す。




