第394話 猛攻・薩摩軍
必死に抵抗するトレビアン軍に対し、数的有利を活かして攻撃を強めるクラシック軍。
最前線には七十門以上の魔導砲が並べられ、絶え間なく火を吹き、その援護を受けた歩兵たちが進撃速度を上げていく。
茂みや丘の起伏に身を伏せて戦うトレビアン兵士たちは、鳴り止まぬ砲撃に、反撃すらままならない状況に追い込まれていた。
〈ちっくしょう! このままじゃ全滅しちまうぞ!〉
〈せめて、あの砲撃だけでも止んでくれりゃ……〉
打開策の見えぬ戦況の中――
その兵たちの横を、突然、後方から数十人の兵団が駆け抜けていく。
〈なんだ? あいつら!?〉
〈変な服の連中が、とんでもない速さで走っていったぞ?!〉
遮蔽物も何もない丘。
クラシック軍の砲弾が周囲に次々と着弾する中、西郷たちは恐れる様子もなく、堂々と走り抜けていく。
{何だ、あいつらは――?!}
{これ以上近づけるな! 撃て! 撃て――!!}
一心不乱に突進してくる謎の兵団へ、クラシック軍は銃砲撃を集中させる――が。
{な、何だ?! あいつら、銃が効かねぇぞ?!}
薩摩軍は飛来する砲弾や銃弾を次々と弾き躱し、西郷へ向かう弾丸は、そのすべてを半次郎が叩き落とした。
西郷のスキル《敬天愛神》は、味方全体への強化系スキルである。
西郷吉之助と神を敬愛することで、西郷を中心とした半径百メートル圏内の味方すべてに、身体能力一・五倍の強化が付与され、同時に高揚感も上昇する。
さらに今回、半獣化が可能な者のみで編成されたこの部隊は、すでに戦闘力が格段に高まっており、そこへ領域の加護とスキル効果が重なっているのだ。
信じ難い光景を前に、クラシック兵たちの表情から余裕が消えていく。
天から降り注ぐ謎の旋律も相まって、次第に彼らの心へ恐怖が忍び寄り始めていた。
やがて――
悠々と馬に跨った西郷は走る速度を落とし、歩むほどの速度へと変わる。
「わいどん! 敵の姿がぎょーさん見っきたど!」
「あそけ並んだ大砲を、すべて破壊すっとじゃ!」
部隊の指揮を任された篠原国幹が、全藩士へ号令を飛ばす。
「「「おおう!!!」」」
薩摩隼人たちの全身に、張り詰めた緊張が走る。
『抜刀ぉぉぉぉぉ!!!』
篠原の号令に、薩摩隼人たちは一斉に刀を抜き、示現流の構えを取った。
馬体重一トンを超える巨大馬『ペガサス号』に跨る西郷は、軽く息を吸い込み、低く、しかし確かな声で、薩摩に伝わるわらべ唄を口ずさみ始める。
『泣こかい 跳ぼかい』
『泣こかい 跳ぼかい……』
その唄を聞いた薩摩隼人たちは、じりじりと歩を進め、最後の合図を今か今かと待つ。
『泣こよか ひっ跳べ!!!』
掛け声にも似た西郷の合図と同時に、篠原が大音声で叫ぶ。
「掛かれ―――!!」
「「「チェスト―――!!!」」」
この時を待っていたと言わんばかりに、薩摩隼人たちは弾けるように飛び出した。
半次郎は手綱から手を放し、西郷に一礼する。
「では、吉之助さぁ。おいも行ってきます!」
「じゃっどん、半次郎どん。相手は人間じゃ。指揮官以外は、あんま殺さんごつな!」
西郷の言葉に、半次郎はハッと一礼し、従弟の別府晋介へと目を向ける。
「晋介、吉之助さぁを、よか頼むぞ!」
「兄さぁ、心配なかど! おいが命を懸けて守っでやっから、兄さぁは存分に暴れて来てくれ!」
兄弟以上に仲の良い二人は、互いに肩を叩き合う。
そして振り返った半次郎は、そのまま前線へと勢いよく駆け出していった。
一方、五百メートル以上先から迫る西郷軍を迎え撃つクラシック軍は、猪の様に突っ込んでくる薩摩隼人たちの、あまりの速度に困惑する。
{なんだ、あいつら?! 変な走り方しながら、とんでもねぇ速さで近づいて来るぞ!}
{撃て! とにかく近づいて来る奴らを撃て――!!}
前衛部隊は慌てながらも、必死に銃砲撃を浴びせかける。
{な、何でだ?! 当たった魔法弾も、銃弾も……全部はじかれてるぞ?!}
{銃じゃ無理だ! 砲兵、何とかしてくれ!}
{駄目だ! 速すぎて球形弾が当たらん! 散弾も、魔法弾と同じように弾かれている!!}
自分たちの攻撃がまったく通じない現実に、前線の兵たちは動揺を隠せなかった。
薩摩兵たちは、高い魔力を矢のように鋭く尖らせ、全身へと張り巡らせていた。
高度な鍛錬を積んだ者にしか使えぬ障壁が、飛来する銃弾や砲弾を――避け、逸らし、弾き返していたのだ。
{{{い、いったい……どう対処すりゃいいんだ……!?}}}
為す術もないまま、目前まで迫る薩摩隼人たちの姿に、クラシック兵たちの心は、一気に恐怖に呑み込まれていく。
そして――ついに。
薩摩隼人たちは、クラシック軍前衛部隊と肉薄した。
「「「チェストォォォォ!!!」」」
{{{ウギャァァァ―――!!!}}}
裂帛の気合とともに飛び込んだ一撃で、数名のクラシック兵がまとめて宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
{ひ、ひぃ―――! ば、化け物だ―――!!!}
{逃げろォォ!! 逃げろ―――!!!}
あまりにも理不尽な光景に、突撃された前衛部隊は瞬く間に大混乱へと陥った。
だが――
薩摩隼人たちは、逃げ惑う兵には目もくれない。
狙いはただ一つ。
残された魔導砲である。
砲門へと斬り込み、次々と一刀両断していった。
{落ち着け! 敵は少数だ!!}
{狙いは大砲だ! 何としても守れ―――!!}
必死に叫び、兵をまとめようとする小隊長や中隊長たち。
だが、その怒号こそが――自らの居場所を晒す合図となった。
「あん声がでっけぇ奴が指揮官じゃ!」
「そんわろらから潰せ!!」
指揮官・篠原の号令と同時に、砲門を破壊し終えた薩摩隼人たちは、叫び声のする方向へと一斉に駆け出す。
{ま、待て……降参す……}
「チェストォォォォ!!」
{ギャァァ―――!!}
薩摩隼人たちの咆哮とともに、各所で指揮官たちが次々と斬り伏せられていった。
瞬時に指揮系統を失った各部隊は、もはや隊列を保つこともできず、我先にと背を向け、雪崩を打つように逃げ出していく。
「雑魚にゃ構うな! 後ろにおる味方の為、魔導砲を全部叩き潰せ!!」
「「「おお―――う!!!」」」
わずか五分足らずで、付近に設置されていた魔導砲十門すべてが破壊された。
「ハッハッハ! よかど、よかど! どんどん壊したもんせ!」
大暴れする薩摩隼人たちの中心で、巨大な馬に跨った西郷は、まるで戦場を楽しむかのように、堂々と佇んでいた。
{あいつだ! あいつが敵の指揮官だ!!}
{全員、あいつを狙え―――!!}
砲を失ったクラシック兵たちは、銃撃に加え、砲を牽いてきた恐竜――レクソビサウルス三頭を投入し、円の中心にいる西郷へと一斉に殺到した。
「吉之助さぁに銃を向くっとは、こん無礼もんがぁ!!」
「チェストォォォォ!!」
怒りを露わにした晋介が咆哮し、踏み込むと同時に、迫る敵兵を一閃で次々と吹き飛ばしていく。
{こいつの正面に立つな! 吹っ飛ばされるぞ!!}
{同じ方向から攻めるな! 囲め! 距離を取って銃砲撃だ!!}
兵たちはむやみに突っ込むのをやめ、周囲を取り囲むように布陣し、一斉に銃撃を開始した。
「おぉ、晋どん、こいは見事に囲まれてしもたなぁ!」
「こいはぁ、困った困ったぁ」
無数の銃弾が障壁に弾かれる中、言葉とは裏腹に、西郷は満面の笑みを浮かべていた。
それに応えるように、晋介は上段に構えたまま、歯を見せて笑う。
「ははっ! 心配いりもはんど! 雑魚がどんだけ集まっても、吉之助さぁには指一本、触れさせませんど!」
「そいは心強かな!」
晋介が再び刀を振り下ろそうとした――その瞬間。
西郷の乗る巨大馬が、突如として前脚を高く掲げた。
《ペガサスどん?!》
《吉之助さぁ! 手綱、離すんでねぇぞ!!》
次の瞬間、ペガサス号は凄まじい衝撃とともに大地を踏み砕いた。
{{{うわぁぁぁ――――!!}}}
地面を走る衝撃波が周囲へと広がり、取り囲んでいたクラシック兵たちはまとめて宙へと弾き飛ばされる。
レクソビサウルスたちも大きく体勢を崩し、そのうち二頭は、重々しい巨体を横倒しにして地面へと転がった。
《ふん、ほんと目障りな人間もどきどもだ! このペガサス様を囲むたぁ、百年早ぇってんだ!!》
西郷の跨る栗毛の巨大馬――ペガサス号はそう吐き捨てると、よろめきながら立ち塞がるレクソビサウルスへと突進する。
《うおおおおおぉぉ!!》
全長九メートル、体重十トンを超えるレクソビサウルス。
対するペガサス号は、全高四メートルにも満たぬ体躯。
だが――
そんな差など意にも介さず、二頭の額同士が真正面から激突した。
爆発にも似た衝撃音が、戦場に炸裂する。
《どけぇぇぇ、デカ物ぅぅぅ!!》
《クエェェェェ!!》
強烈なカチ上げを喰らったレクソビサウルスは悲鳴を上げ、その巨体を宙へと浮かせたまま後方へと吹き飛ばされた。
そして――
巻き込まれた敵兵たちを下敷きにしながら、轟音とともに地面へと叩きつけられる。
《わっぜぇか! ペガサスどん! お前さんも、なかなかの強者じゃっどなぁ!》
《ふん、道産子ば、なめんでけろ!》
馬上で感心する西郷へ、得意げな態度を隠そうともしないペガサス号。
その横で、晋介は呆れたように小さく呟いた。
(こん馬鹿んたれが……やっなら吉之助さぁを下ろしてやれ)
{な、なんだよ……この化け物どもは……!?}
{こんな連中が敵にいるなんて、聞いてねぇぞ!?}
圧倒的な力を前に、クラシック兵団の心は完全に折れかけていた。
(マズイ……このままでは混乱して、一気に敗走する……!)
前衛を指揮する司令官は、即座に決断を下す。
{後退だ! 一旦後退し、本隊と合流する!!}
{{{ヤヴォール!!!}}}
号令を聞いた兵士たちは、我先にと背を向け、戦場から離脱していった。




