第393話 薩摩隼人
(あばばばばばば――――!俺のポイントがぁぁぁ!!)
ツキノに言われた通り、指定した自分の領域に超・広範囲のスキル『天の声』を使い、ツキノの曲を流した俺。
天の声って、こういう使い方もできるのかっ……て、感心してる場合じゃない!!
俺の命であるポイントが、尋常じゃない速さで減っている!!!
ツキノ、早く何とかしてくれ―――!!!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
突然、戦場に響き渡ったその曲は、大半の戦闘を一時的に中断させることに成功していた。
{ヤァァァァック! デ・カルチャァァァァ!!!}
{おのれ! おのれ! おのれぇぇぇぇぃ!!!}
ロドリゲスは、手にした鞭で何度も戦車の車体を叩きつける。
{我らが崇高なる歌をぉぉぉぉ!!
下賤なぁぁぁぁ不協和音で妨げおってぇぇぇぇ!!!}
怒り狂ったロドリゲスは通信機を掴み、全部隊へ命令を飛ばした。
{このぉぉぉぉ!!
我々、千年帝国でもぉぉぉぉ!!}
{全車両ぉぉぉぉ!!
呆けているトレビアンのカス共をぉぉぉぉ!!
全て叩きのめせィィィィ!!!}
{{{ヤッヴォール!!!}}}
戦車隊は一斉に速度を上げ、トレビアン軍へと再び怒涛の攻勢をかける。
(だが……しかしぃぃぃぃ!! この曲は一体、何処から流れて来ておるのだぁ!?
我が千年帝国の英知の結晶たぁぁぁる、このロドリゲスにも分からぬとはぁぁぁ……!!)
歯ぎしりしながら思考を巡らせるロドリゲスに、副官オーヤビンから慌てた声で緊急連絡が入る。
{将軍!! 前方にへんな奴らが、空から降り立ったびーん!!}
{ぬぁぁぁぁにぃぃぃぃ???}
ロドリゲスの視線の先――
数百メートル前方に、白い服を纏った二人の人影が立っていた。
(むぅぅぅぅ!! 戦場に女だとぉぉぉぉ!!
しかも……こっちを見て、ニヤついておるではないかぁぁぁぁ!!!)
{白い服を着てるびん。将軍、あれは味方だびん?}
{愚か者ォォォォ!! 崇高なる千年帝国の進撃を妨げる者はぁぁぁぁ!!
すべて敵だぁぁぁぁ!!}
{戦車共ォォォォォ!! 奴らをォォォォ踏みつぶせぇぇぇぇ!!!}
{{{ヤッヴォール!!!}}}
ロドリゲスの怒声を受け、戦車隊は一気に速度を上げた――。
対するトレビアン軍にも、その二人の姿ははっきりと視認できた。
〈何だ、あいつらは?〉
〈敵か? 味方なのか??〉
〈……だめだ! 遠くてよく見えねぇ!〉
突然現れた人影に、新兵たちは戸惑いを隠せない。
〈敵か味方か? そんなもの、見ていれば分かる〉
〈それより俺は、何のためにあんなところへ降り立ったのかが気になる〉
〈もし味方だとしたら……ふたりで一体、何をする気だ??〉
古参兵たちは冷静に状況を見つめ、その理由を考察する。
そして、トレビアン兵たちはひとつの結論に辿り着いた。
――天使が、降り立ったのだ。
そして、その“当人たち”はというと……。
「ぎゃはははは! おいコメ粒! 向こうから魔族がウヨウヨやってくるぞ!!」
「ほ~んと、どちらも気持ち悪いですわね!」
「だろ~って、どちらも?」
戦車砲撃による衝撃で土煙が立ち込める中、満面の笑みで拳と掌を打ち合わせる巴と、嫌悪の表情で鼻にハンカチを当てる小松。
「おい、あれじゃねぇか? あのチビ助(皇帝)が言ってた『敵の新兵器』って?!」
「あんな鉄の塊が強敵ですって? トレビアンの方々って、想像以上に弱いのかしら?」
高い魔力を宿す二人は、魔砲弾がすぐ近くに着弾しても、まるで気にも留めず立ち続けている。
「よ~し、おコメ! どっちが敵を多く殲滅できるか、勝負しようぜ!」
「負けたら、勝った方の言うことを何でも聞く。 どうだ?」
「あ~ら? 巴さん、 私のお願いを“何でも”聞いてくださるの?」
「賭け事はあまり好きではありませんけど…… いいでしょう。乗って差し上げますわ!」
白い歯を剥き出しにし、腕を組んで挑発的に笑う巴。
小松はフンと鼻を鳴らし、冷たい視線で応じた。
「やっぱてめぇ、ムカつくな! 俺が勝ったら、鼻でパスタ食わせてやるぜ! 笑」
「あ~ら、グッチさん。 鼻でパスタが食べられるのですか? ぜひ拝見したいですわ。ふふっ」
作り笑いを浮かべた二人は、フンっとそっぽを向く。
そして次の瞬間――
正面から迫る戦車隊に向け、まるで示し合わせたかのように同時に踏み込んだ。
二つの白い影が、千年帝国の兵団へ――弾丸のように飛び込んでいく。
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巴と小松がロドリゲス戦車隊の前に降り立った頃――
クラシック軍左翼三千は、ザックの援軍四千と合流し、兵力七千となって奇襲部隊への反撃に転じていた。
〈敵の増援だ! 退け、退け―――!!〉
近衛騎兵五百を率いる司令官、ジャン=バティスト・ベシエール将軍は、形勢不利と判断するや、被害の拡大を避けるため一気に後方へと退却を開始する。
{敵が敗走したぞ!}
{将軍、この機を生かして一気に敵右翼を粉砕しましょう!}
参謀たちは、この好機に乗じて敵右翼軍への突破を進言した。
しかし、左翼部隊の指揮官であるオライリー将軍は、逆の判断を下す。
{これは敵の罠だ! 追撃は行うな!}
{{はい??}}
想定外の命令に、副官も参謀も言葉を失う。
(あの規模で奇襲を仕掛けてきたのは、どう考えても不自然だ……)
(しかも、この引き際の良さ……罠と見るべきだ!)
(先ほどから鳴り響く、この旋律も気になる......)
慎重派で知られるオライリーは、敵の撤退を“偽装”と断じた。
{合流した援軍の再編を行う! 急げ!}
{{ヤヴォール!!}}
副官たちは不満ながらも敬礼し、左翼軍の再編成へと走り出す。
このオライリーの判断が、結果としてマレンゴの戦局を大きく左右することになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方、カイム将軍率いる中央師団は、マルモンとプテが守る敵中央戦線へ、一気に攻勢を仕掛けていた。
{行け―――! 一気に押し潰せ―――!!!}
〈これ以上は無理だ! 撤退、撤退!!〉
{見ろ! 奴らの戦線は崩壊寸前だぞ!}
慎重派のオライリーとは対照的に、勇猛なカイム将軍は、自らの軍で戦局を決めるべく中央師団による猛攻を続ける。
敗走も時間の問題と思われた、その時――
突如として、上空からあの旋律が降り注ぎ始めた。
{あん?……この空から聞こえてくるメロディ、いったい何なんだよ?}
{ばか! 俺に分かるわけがないだろ!}
追撃の足を止め、思わず空を見上げるクラシック軍の兵士たち。
隊列のあちこちに、ざわめきと困惑が走る。
{なんだこりゃ……千年帝国の科学魔法か、何かか?}
中央師団を指揮するカイム将軍もまた、戦場に突如降り注いだ旋律に眉をひそめた。
(ふん……だが、ここで足を止めている時間はない!)
日が暮れる前に、ここで勝負を決せねばならない。
もし日没を迎えれば、目前の街に潜む敵の皇帝は、夜の帳に紛れて退却する可能性が高い。
(なんとしても、日の入り【二一時三〇分頃】までに決着をつけねばならん!)
そう判断したカイム将軍は、馬上で大きく腕を振り上げ、全軍へ向けて檄を飛ばした。
{臆するな! これを好機とし、一気にサン・ジュリアーノ――敵本陣を制圧するのだ!!}
天からの旋律が鳴り響く中、クラシック軍左翼・中央師団では、進撃を告げるラッパが戦線のあちこちで次々と吹き鳴らされた。
{安心しろ! これは同盟国・千年帝国による《魔法支援》だ!}
各部隊長は、司令部から下った通達を、不安げな兵士たちに伝えて回る。
{そうなのか? では、いったいどんな支援魔法なんだ?}
{分からん! 千年帝国の魔法科学は、我らの常識を超えておる!}
{余計なことは考えるな! 我々はただ、目の前の敵を殲滅することに集中せよ!}
{{{ヤヴォール!!!}}}
言い拭えぬ不安を抱えながらも、前衛に立つクラシック兵たちは命令に従い、再び前進を開始した。
〈て、敵が一気に進撃してきたぞ?!〉
〈とんでもない数だ……! これだけで本当に抑えきれるのか?!〉
整然と隊列を組み、大地を揺らしながら前進してくる大軍の姿が、トレビアン兵たちの眼前に広がる。
〈狼狽えるな! 間もなく援軍が到着する! それまでここで踏ん張って戦え!!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
プテ将軍の必死の檄に応え、トレビアン兵たちは誰ひとり退くことなく、その場に踏みとどまり射撃を続けた。
〈こえぇ……敵の数、多すぎだろ……〉
〈……足がすくみそうなのに……〉
〈でも、この歌を聞いてると…… なんか、心の奥から勇気が湧いてくる!〉
〈ウォォォ!! 死んでもここは通さねぇ!!〉
〈逃げちゃだめだ! 逃げちゃだめだーー!!〉
ツキノの歌声に背中を押されるように、トレビアン兵たちの士気は、異常なほどに高揚していた。
(……おっ? なんでこいつら、誰も逃げないんだ?)
命令を出した張本人であるプテ将軍ですら、退くどころか前へ前へと出続ける兵士たちの姿に、思わず目を見張る。
実はこれ、ツキノの歌そのものの力ではない。
アコーディオンで伴奏する村田新八のスキル――
《調和の奏》の効果であった。
このスキルが発動し、演奏が続く限り、味方の魔力と体力はわずかずつ回復し、蓄積していた疲労は大きく軽減される。
結果として、兵たちの士気は飛躍的に高まるのだ。
しかも効果範囲は、その調律が良く届けば届くほど、広がっていく。
そこに目を付けたツキノが、神の奇跡を応用して“音を戦場全体へ行き渡らせた”ことで、結果的に――戦場にいるトレビアン兵すべての士気が、底上げされる形となったのである。
(……すげぇな、チビ伍長…… 歌ひとつで、味方の士気をここまで引き上げるとは……)
奮戦するプテ師団の姿を見つめながら、マルモンは、ただ言葉を失っていた。
(だが……兵力差は歴然だ。 このままじゃ、いずれ突破される……!)
芳しくない戦況を睨み据えるマルモン。
――その時である。
突如、背後から、これまで一度も耳にしたことのない言葉が、戦場に響き始めた。
「ここじゃったか? 半次郎どん」
「はい、どうやらココんごたっじゃ!」
マルモンは慌てて声のする方へ振り返る。
そこには――
中村半次郎に手綱を引かれた巨大な馬に跨る西郷、そしてその後ろに、殺気を纏った袴姿の男たち三十名ほどが、刀を差したまま一列に立ち並んでいた。
(誰だ――?! こいつら、いつの間に背後へ……!?)
反射的に、マルモンは腰のガンホルダーに手を伸ばし、愛銃・M1873のグリップに指を掛ける。
「吉之助さぁ!!」
その瞬間――
誰よりも早く、半次郎が叫び、動いた。
手綱から手を放すと、一瞬で抜刀し、示現流の構えで、マルモンと西郷の間に立ち塞がる。
(は、速い――?!)
銃を抜く間すら与えぬその動きに、マルモンは思わず息を呑む。
「刀を収めじゃ、半次郎どん!」
「じゃっどん、こん輩は銃を抜こうちした!」
今にも斬りかからんとする半次郎の殺気を受けて、マルモンはゆっくりとホルダーから手を離す。
「もうよか、半次郎どん! それともおはんは、丸腰の味方を斬っとか?」
「……わかり申した」
西郷の一声に、半次郎は何か言いたげに刀を収め、西郷に一礼し手綱を取り直す。
西郷は軽く頷くと馬から降り、にこやかな笑みを浮かべてマルモンに声を掛けた。
〈失礼し申した。 おはんがマルモンどんか? おいは、この部隊を率いっ、西郷吉之助ち申します〉
そう言って、戦場の只中とは思えぬほど丁寧に頭を下げる西郷。
(こいつら、トレビアン語を話せるのか?)
マルモンは驚きつつも、被ったバイコーンを脱ぐ。
〈……こちらこそ失礼した。 オーギュスト・マルモンだ。 現在、ここ中央軍の指揮を任されている〉
短く挨拶を交わすと、マルモンは西郷の背後に控える兵たちへと視線を走らせた。
〈……一つ聞きたい。
あなた方が、先ほど司令部から連絡のあった“援軍”なのか?〉
疑念を隠さぬ眼差しを向けるマルモンに、西郷は豪快に笑って応える。
〈ハッハッハッ! 銃を持っちょらんで、不安になったんじゃろう?〉
〈じゃっどん、心配はいらもはん! 今から、その証拠を見せもんそ!〉
〈……いや、銃もだが……人数が――〉
言いかけたマルモンの言葉を遮るように、西郷は振り返り、後ろの藩士たちへ号令を飛ばした。
〈さぁ、皆! 行きもんそ! 薩摩隼人ん強さを、世界に教えてやっど!!〉
〈〈〈おおう!!!〉〉〉
その声と同時に、薩摩軍三十名は意気揚々と、敵の大群が待ち受ける前線へと駆け出していく。
〈……おいおい。 あれっぽっちの人数で突撃だと? 一体、何を考えている……〉
唖然としながら見送るマルモンと砲兵たち。
だが、マルモンはすぐに表情を引き締め、軍人としての判断へと切り替えた。
〈第十六砲兵から第二十砲兵! 球形弾で、今突撃した部隊周辺の敵を叩け!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
命令一下、砲兵部隊が即座に動き出す。
〈……よく考えれば、あのチビ伍長が寄越した連中だ〉
〈……あれで何とかなるんだろうさ〉
マルモンは薄く笑い、西郷たちが飛び込んでいった大軍へと、再び視線を戻した。




