第392話 神・信じていますか(Do you believe in God?)
♪嵐が吠えようと 雪が舞おうと
♪炎が照らそうと 夜が凍ろうと
♪角と牙は砂塵に沈み
♪だが我らの心は燃え盛る
♪黒曜の車輪が雷を裂き
♪魔鋼の巨躯が前線を穿つ
♪千年帝国よ いかなる闇でも
♪我らが轟きは止まらない
♪悪魔の翼が影を伸ばし
♪敵の光を飲み込み進む――!
勇ましい行進曲が、魔族軍内に轟き渡る。
千年帝国軍の兵たちは、行進曲を口ずさみながら、その歩みを決して止めない。
{進めぇぇぇぇ!!!
敵をォォォォ蹂――躙せよォォォォ!!!}
大地を震わせる履帯音とともに、灰色の巨塊が前線を押し潰していく。
{フハハハハハ!!!
見ろォ! 圧倒的ではないかッ!
我が軍はァァ!!}
ロドリゲスは指揮戦車・LT-35の砲塔から上半身を乗り出し、先頭を進むⅢ号戦車A型六両を中心に展開される怒涛の攻勢を見下ろしていた。
その勢いに呑まれ、後退していくトレビアン軍を、彼は溢れんばかりの喜悦で眺めている。
{将軍!このままでは我が軍が突出しすぎだびん!
包囲するクラシックの連中が追いつけないだびん!}
{何だとォォォォ!!}
キューベルワーゲンを並走させ、必死に叫ぶ副官オーヤビン。
ロドリゲスは派手に舌打ちした。
{チィィィィ!!
やはり奴らクラシック軍は足を引っ張るだけだッ!!
この“千年帝国・国防軍”の栄光ある進撃について来れぬなど――能力不足も甚だしいッ!!}
怒りを露わにしながら、ロドリゲスは無線機を掴み取る。
{全戦車、速度を二〇パーセント落とせぃ!
音楽隊の愚図どもを待ってやるぅ! 帝国の威光に泥を塗るなァッ!!}
そして再び砲塔の縁を叩きつけ、怒鳴り声を張り上げた。
{だいたいだぁ!
ナポレオンの撃退などぉ――
本来なら、このロドリゲスと崇高なる国防軍だけで十分だったのだぁぁぁぁ!!}
{それをフェルカーザムの連中が余計な手を回したせいでぇ――
未だに旧時代の歩兵戦術に頼る愚物どもとぉ、肩を並べて戦わねばならんとはぁ……!}
{SS(魔族親衛隊)の奴等はァァ! “馬鹿の集まり”なのかぁぁぁぁ!!}
{し、将軍! 大声でSS批判はまずいだびん!}
慌てふためくオーヤビンを、ロドリゲスは鼻で笑い飛ばす。
{フンッ! 知ったことではなぁぁぁぁい!
全軍ぅぅぅぅん!この辺りの茂みに潜む“ダニ共”―― トレビアン兵を掃討するッ!
我ら千年帝国・国防軍の力をぉぉぉぉ思い知らせてやるのだぁぁぁぁ!!}
{ヤヴォールだびん!}
ロドリゲスの号令一下、千年帝国軍は散開。
周囲に潜むトレビアン兵の殲滅作戦を開始しようとした――。
その瞬間。
戦場全体に、空から降り注ぐかのような、美しく、そして荘厳な旋律が響き渡った。
〈{何だ、この曲のような音は??}〉
〈{何が起こっているのだ??}〉
力強い曲調は戦場の隅々まで行き渡り、誰もが思わず銃の引き金から指を離し、空を見上げる。
やがて、トレビアンの兵士たちの心に、
旋律に乗った澄み渡る歌声が流れ始めた。
〈♪立てよ、自由を願う者たち〉
〈♪闇を切り裂く暁が来た!〉
〈♪平等の旗は高く翻り〉
〈♪博愛の誓いは胸に燃える〉
〈なんだ……? 歌……?〉
〈どこから聞こえるんだ?!〉
〈頭の中に……直接、響いてくる……?〉
硝煙渦巻く戦場に、突如として鳴り響いた歌声。
それを耳にしたトレビアンの兵たちは、困惑した表情で互いを見渡す。
〈♪だが聞け、遠い大地を震わせる咆哮〉
〈♪あれは理想を踏みにじらんとする悪魔の声!〉
〈♪彼らが世界を鎖で縛るなら〉
〈♪我らはその鎖を断ち切らねばならぬ!〉
心を震わせる“歌声”。
その音色は、まるで天から降り注ぐ祝福のようで――
トレビアン兵すべての心が、流れる旋律に釘付けとなる。
〈この歌は……俺たちトレビアンのために、歌われているのか?!〉
兵たちの胸に、言葉にできぬ高揚感が満ちていく。
〈〈これが……陛下が用意した切り札なのか??〉〉
左翼で敵を抑えていたマルモンとブデ将軍、後方で再編成を終えたヴィクトールとケレルマンは、揃って空を見上げ、思わず呟いた。
(ククッ……ツキノのやつ、こうなることを想定して、あらかじめ(歌詞を)仕込んでおったな……)
流れる『ラ・マルセイエーズ』に酷似した旋律を耳にし、ミントは扇を開いたまま、意味深な笑みを浮かべる。
トレビアン司令部後方に展開したホバークラフトのステージ(デッキ)では、西郷の右腕・村田新八のアコーディオンと、トレビアンの音楽隊が演奏を担い、ツキノがまるでアイドルのように、伸びやかな歌声を戦場へ解き放っていた。
〈♪進め、友よ!〉
〈♪自由を守るために武器を取り〉
〈♪平等を護るために銃を構え〉
〈♪博愛のために仲間の手を離すな!〉
「あん? この唄声は!」
「どうやらリーダーのようですわね!」
目的地へ向かう巴と小松は、頭の中に直接響く歌声に、顔を見合わせて頷く。
「はわわわ……リーダー、綺麗な声ですぅ……」
サン・ジュリアーノで負傷兵の治療に当たっていた吟子も、しばし手を止め、空を仰いだ。
「あの人、前世で“歌声測定器(カラオケの採点)は常に満点”って自慢してたけど……本当だったんだね(笑)」
誾千代もまた、笑みを浮かべながら、それぞれの任務へと歩を進める。
〈♪理想を砕こうと迫る悪魔には〉
〈♪正義の力で応えよ!〉
〈♪戦場に立つ我らこそ〉
〈♪自由・平等・博愛の守護者なり!〉
(……フン、皮肉なものだな。
歌詞は違えど、まさかこの世界で、余が歌うことを禁じた『ラ・マルセイエーズ』の旋律を、再び耳にする日が来ようとは……)
ステージを見つめるナポレオンは、右手で顎に触れながら、うっすらと笑みを浮かべていた。
〈……不思議です、陛下……〉
〈プリンセス・ツキノが歌われるこの曲……どこか……〉
〈ずっと昔に聞いたことがある気がいたします……何故でしょうか?〉
周囲の兵たちと同じく、ベルティエもまた、自然と空を仰いでいた。
感慨に浸るベルティエたちに向けて、ナポレオンはすべてを理解したかのように、静かに口を開く。
〈クックックッ……わからんか、ベルティエ〉
〈これはな――我々が忘れていた“遠い過去の心”が〉
〈この歌によって、呼び覚まされているのだ……〉
〈……過去の心、でありますか?〉
普段であれば、皇帝の言葉の意図を即座に理解するベルティエ。
しかし、このときばかりは、その意味を掴みきれずにいた。
(あぁ……そうだ)
(我々の中に眠っていた、遠い昔の記憶……)
(彼女は、それを思い出させてくれたのだ)
(数世紀の時と世界を越えて……な)
ナポレオンはそう確信すると、ゆっくりと、しかし迷いなく――
ステージ中央で熱唱するツキノへと、歩みを進め始めた。




