第391話 ろくでもないお願いは戦場から
「ちょっと、何これ?!」
「まじかよ!魔チュラーが警使官に事情聴取されてるぞ?!」
トレビアン軍とクラシック軍がマレンゴで激戦を繰り広げるなか、俺はルリエンさんと、仲良しドライアドのドラちゃんと一緒に、エール片手に、とんでも展開を迎えた『魔チュラー』を視聴していた。
「ちょっと待って! 薔薇を受け取っていた天使や女神たちが、次々と薔薇を床に叩きつけて帰っていくわ!」
「なんだ?!このシュールすぎる映像!」
どうやらこの魔チュラー、自分が堕天使であることを偽り、羽を白く塗って天界に潜伏していたことが、警使庁に完全にバレたらしい。
ソファに座らされ、警使官たちに事情聴取を受けて項垂れる彼。
その周囲を取り囲み、罵声を浴びせ、薔薇を踏みつけながら立ち去っていく天使軍団……。
まさか、こんな結末になろうとは――
いったい誰が予想できただろうか。
エール片手に、当たり目を口に入れたまま、画面を凝視する俺たち。
『ねぇ、ちょっと……神様、聞こえる?』
……ん?
誰か突然、俺に呼びかけてきた?
……気のせいか。
じゃあ問題ないな。
『気のせいじゃないよ!私だよ!
あなたの大切な信者・ツキノだよ!』
「はぅっ?!あっ?!」
心の声を聞かれていた俺は、思わず変な声を上げてしまい、驚いたルリエンさんたちが、こちらを振り向いた。
「あ、ごめんごめん!何でもないから、テレビ見てて!」
「? なによ、もう……」
ふたりは首をかしげつつ、再びテレビへ視線を戻す。
どうやらこの声、ふたりには聞こえていないらしい。
『そうだよ!
“接触共有”で、直接頭の中に話しかけてるんだよ!』
……は?
直接、頭の中に?
信者が、天界にいる神様に、そんな気軽に話しかけてくる機能って――
この世界、いろいろバグってない??
『出来るようになったんだから、しょーが無いじゃん!』
えぇぇぇ……。
『そんなことどーでもいいからさ!
ちょっとお願いがあるの!』
……どうでもいいって。
お願い?
『うん!
これからちょっと、こっちが忙しくなるからさ!
うまくいくように、少し手伝ってほしいの!』
……俺の第六感が、はっきり警告してくる。
これは絶対に、ろくでもないお願いだ。
『大丈夫だって!
うまくいけば、信者の数が爆上がりするから!』
『きっと上手くいくから!ねっ?』
……おいおい。
なんかこの子、ネットワークビジネスの勧誘みたいなこと言い出したぞ?
ヤベェな。
何とかごまかして断らなければ……
『……全部聞こえてるよ?』
あぁぁぁぁぁ!!
神の心の声を勝手に覗くんじゃねぇよ!!
そういえばツキノ、今はナポレオンのところに向かってる途中じゃなかったっけ?
(正直、ちゃんと見てなかった)
『はいはい、じゃあ聞いて!お願いしたい事なんだけどさ……』
俺の質問は、きれいにスルーされた。
……あぁ、そうだった。
この子、自分に興味のない話は一切聞かない子だった。
うん、確定だな。
ろくでもないお願い確定。
こうして一人と一柱は、“接続共有”を用いた、ろくでもない打ち合わせを始めるのであった……。
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敵右翼歩兵師団一万五千は、ナポレオンが布陣する街――サン・ジュリアーノまで、残り一キロの地点にまで迫っていた。
{見ろ!トレビアンのやつら、後退しすぎてチビ皇帝のいる街まで下がってきやがったぞ!}
{何が大陸軍だ!逃げてばかりで、噂ほどでもないじゃないか!}
{これで勝ったも同然じゃな!トリノに帰ったら、孫に良い土産話ができそうじゃわい!}
クラシック軍の兵たちは、もはや勝利を疑わず、浮き足立った歓声を上げていた。
また、メラスの負傷後、実質的に戦場の指揮を引き継いだザックは、中央師団の指揮をカイム将軍に委ね、自身は前線へ進出し、右翼軍の直接指揮を執っていた。
{我が軍の突破は、まだか――?!}
{ハッ!報告によれば、敵左翼軍が依然として激しい抵抗を見せております!}
{急がせよ!ナポレオンを決して取り逃がすな!}
{ヤヴォール!}
伝令は敬礼すると、慌てて右翼軍前線へと駆け出していく。
現在、クラシック軍はトレビアン軍を、巨大な包囲網で完全に包み潰そうとしていた。
すべての戦線が優位に進むなか、ザックのもとへ、一本の緊急伝令が飛び込んでくる。
{報告!我が軍左翼に、敵歩兵旅団が奇襲を仕掛け、現在交戦中!}
{何だと?!……よし、ここにある砲二十門と兵四千を回せ! 速やかに敵を殲滅せよ!}
{ヤヴォール!}
伝令が駆け戻ると同時に、ザックは迷うことなく部隊を分割し、左翼へと砲兵を注ぎ込んだ。
(メラス司令官……貴方の思惑通り、戦場は動いておりますぞ)
(そう……我々こそが、 今まで誰も成し得なかった“ナポレオンへの勝利”を、 初めて掴み取る者となるでしょう!)
完全な優位に立つクラシック軍の各戦線。
ザックを含め、
この戦場にいる誰一人として、敗北を想像する者はいなかった。
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左翼を担っていたヴィクトールが、再編成のため一時後退した後、
マルモンは敵の大軍を食い止めるべく、数少ない砲門をフル回転させて戦っていた。
〈第一から第六砲兵は球形弾! 前に出た敵砲兵を、確実に狙い撃て!〉
〈第七から第十五は球形弾と散弾を併用! 近づいてくる敵兵を吹き飛ばせ!!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!!〉〉〉
熟練したナポレオン麾下の砲兵士官が操る二十門の砲は、マルモンの的確な采配も相まって、数で勝るはずのクラシック軍砲兵団を相手に、なお優勢を保っていた。
〈歩兵部隊は散開して攻撃せよ! 決して固まるな! 機関銃と敵砲弾の格好の餌食になるぞ!〉
同じく左翼で、予備役歩兵師団四千を率いるブデ将軍も、中隊規模で部隊を展開させ、敵の進撃を必死に食い止めている。
しかし――
勢いを増すクラシック軍を前に、数的不利の左翼軍は、徐々に、しかし確実に押され始めていた。
〈踏ん張れ! もう少しで、皇帝率いる援軍が来るぞ! 何としても持ちこたえるんだ!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!!〉〉〉
必死に戦い続ける兵たちを、ブデ将軍は声の限り鼓舞し続ける。
その様子を横目に、マルモンは心の中で悪態をついた。
(クッソやべぇ……! チビ伍長――ナポレオンのやつ、 あんたの大事な砲兵が全滅する前に、 早く何か打開策を考えてくれ……!!)
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ランヌ将軍から指揮を引き継いだレシア率いる右翼は、今まさに、急速に戦線を後退させられていた。
〈あぁ、また土壁が吹き飛ばされた!〉
〈敵の進撃が止まらねぇ!〉
〈あの鉄の塊が……銃撃を全部弾きやがる!〉
大砲を搭載した鉄の塊――【戦車】六両が、移動しながら容赦なく砲撃を浴びせ、レシアたちの防衛線を削り取っていく。
さらにその後方からは、千年帝国の歩兵一五〇〇。
戦車の影に身を潜めつつ、トレビアン兵へと一斉射撃を浴びせていた。
この猛攻を、ギュスターヴァたちタンク部隊百名と、古参兵を中心とした土魔法部隊百名が、
最前線で土壁や障壁を展開し、必死に進撃と銃砲撃を食い止め続けている。
〈くそったれ!俺たちの魔力だけじゃ、もう抑えきれねぇぞ!〉
〈耐えろ、タンク共! 皇帝の将官たる者、泣き言など吐く前に――
死んでも敵の進攻を足止めするのだ!〉
数時間に及ぶ戦闘で、ギュスターヴァたちの魔力は底を突きかけていた。
同様に土魔法部隊も、今にも魔力が枯渇しそうな状況である。
それでも彼らは、それを微塵も感じさせぬ精神力で防衛線を維持し続けていた。
〈ヒヨッコ共!散開して戦え! 固まれば敵砲撃の格好の的だ!〉
〈起伏のある丘を使え! 地形を利用し、敵の視界に入るな!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
古参兵たちの怒号と助言に従い、
ランヌ軍の新兵たちは死傷率を抑えながら、必死の抗戦を続ける。
〈ふん……新兵共め〉
〈無様に逃げ回らず、よく戦っておるではないか〉
〈さすがはランヌ将軍の麾下と言ったところだな〉
いくら古参兵が加勢しているとはいえ、圧倒的劣勢の戦場である。
並の兵であれば、とうに逃げ出していてもおかしくはない。
しかし新兵たちは、このマレンゴの戦いの中で、確かに成長を遂げつつあった。
その一方で――
レシアは刻一刻と変化する戦況を、必死に分析していた。
(未知の兵器による損害……)
(休みなく続く戦闘で、兵の疲労は限界に近い……)
従来の戦術がまったく通用しない敵。
ランヌから師団を預かったレシアにできることは、被害を最小限に抑えつつ、後退しながら耐え続けることだけだった。
(ランヌ将軍……)
(あなたが戻られるまで、この戦線は必ず守り抜きます!)
(だから……必ず……)
砲声と悲鳴が絶え間なく交錯する戦場で、レシアは一瞬の判断ミスも許されぬ状況の中、歯を食いしばりながら、必死にラインを維持し続けていた。




