第387話 思わぬ不覚
十四時ごろ。
ネイ小隊は、ジョミニの指示のもと、マレンゴ村近辺までようやく戻ってきた。
林の影に身を潜めながら進む中、ネイが低くつぶやく。
〈おいジョミニ……ここ、ヴィクトール将軍が守ってた所だよな? 敵だらけなんだけど?〉
ジョミニはふむと、周囲の状況を冷静に分析して答える。
〈……この地はすでに放棄されたのでしょう。
それに、この敵の数……間違いなくクラシック軍に大増援が来ていますね〉
その推測が終わらぬうちに――
{ネズミがいたぞ! 撃ち殺せ!!}
〈やべぇ! また見つかった!〉
ネイ小隊は、見つかる → 応戦→ 逃げる → 隠れる → また見つかるを、ひたすら繰り返す羽目になった。
そのたびに、アオからもらった魔石の指輪が役に立つ。
〈この指輪、マジでスゲェな!魔弾を 弾きまくってるぜ!〉
〈魔石に魔力障壁を付与しているのでしょう。
非常に興味深い技術です……〉
しかし銃弾は防げても、体力までは回復しない。
息を切らしながら茂みに倒れ込んだ兵士が弱音を吐く。
〈隊長……このままじゃ皇帝のもとに着く前にぶっ倒れますぜ……〉
ネイは胸を張り、大きく笑った。
〈心配するな!今ジョミニが“良い方法”を考えてるから!〉
〈……〉
部下たちは無言でジョミニを見る。
ジョミニはため息ひとつつき、提案する。
〈……いずれにせよ、このまま徒歩で戻るのは不可能です。
馬かクイでも調達できればよいのですが……〉
そこで、ネイが突然、指をさした。
〈……おい、お前ら。
どうやらその解決策、向こうから勝手に歩いてきたようだぜ〉
〈……マジかよ!? 敵の方から馬を持ってきてくれやがった!!〉
視線の先には、クラシック軍の騎兵が百騎ほど、ネイたちの隠れる茂みに向かって歩いてくる。
ネイは、にやりと笑った。
〈よし……お前ら!俺の合図で、乗ってる奴らを一斉に落とすぞ!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
息を殺し、銃を構える。
――そして。
〈いまだ!! フゥッ!!〉
一斉射撃。
敵は次々と馬から転げ落ちる。
〈乗れ!! ぶん捕れぇ!!〉
ネイ達が茂みから飛び出し、奪った馬へと一気に跨がった。
{トレビアン共の待ち伏せか!!}
地面に落ちた将官らしき男が怒鳴る。
ネイは馬上で堂々と笑って返す。
〈悪いなぁ爺さん!
今日は絶好の“奇襲日和”でな!!〉
{じ、爺さんだと?!}
苦痛にゆがむ将官らしき男の額には、怒りの青筋が浮かび上がる。
〈野郎ども、ずらかるぞ!!〉
〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉
ネイ小隊は馬を操り、自陣に向かって一気に駆けはじめた。
{何をしている!奴らを追え!必ず仕留めろ!......いや、生かしてここに連れてこい!!}
後方で怒鳴る将官の姿を見て、ネイは思わず二度見する。
(うるせぇジジイだな……しかし あいつ、メチャクチャ着飾ってたな?お偉いさんか……?)
ネイ達が襲撃したその将官こそ――
クラシック軍総司令官ミヒャエル・フォン・メラスであった。
{メラス司令!!}
ザック参謀長が副官たちと駆け寄る。
{司令官! ご無事ですか?!}
頭から流血し、右腕は不自然な角度に曲がり、腰も強打。
重傷だった。
{……チッ……儂としたことが……不覚を取ったわ……!}
ザックは状況を悟り、即座に言う。
{将軍、そのお体ではもう指揮は不可能です! 後は私にお任せを。
将軍は後方で勝利の報告を!}
ザックの懇願に、メラスは瞬時に思考する。
(……ナポレオンの逆転などあり得ん。
ここまで来れば勝ちは決まったも同然……)
メラスは苦渋の決断を下す。
{……仕方ない。ザックよ、後は任せたぞ!}
{ヤヴォール!!}
{先ほどの獣人どもも捕らえ、必ず良い知らせを届けます!}
メラスは担架に乗せられ、治療のため後方へ戻っていった。
ザックは部下たちに号令する。
{前線へ急ぐぞ!司令部は私が預かる!}
{{{ヤヴォール!!!}}}
騎兵たちは一斉に駆け出した。
ザックはふと、疑問を胸に抱く。
(……しかし、先ほどの連中。
なぜ、我々の位置を“正確に”突いた?
まさか、裏切り者が手引きした……?)
――本当は、ただの偶然だったのだが……。
一方そのころ――。
ヴィクトール軍は死守の構えで戦線を維持しつつ、マレンゴの南西1㎞にある街スピネッタへ集結。
そこで新たな防衛ラインを作り、なんとか敵の進撃を押しとどめていた。
銃撃と砲撃が混じり合い、煙が晴れぬ戦場。
馬に跨ったヴィクトールは、泥だらけになりながら前線で兵を鼓舞し続けていた。
〈ヴォルグ参謀!味方はあとどれくらい残っている?!〉
銃撃と砲撃が入り混じる中、駆け寄ったヴォルグが、短く報告する。
〈ハッ! このスピネッタに歩兵3,000!
中央の幹線道路沿いの廃墟や茂みに散開し、戦線を張りつつゲリラ戦を続けている部隊がおよそ4,000。
……それより北側のランヌ軍からは、未だ報告がありません〉
〈ケレルマンはどうした!〉
〈南側で撤退戦を続けていましたが……敵1万の波状攻撃に耐え切れず、騎兵師団1,000は……敗走した模様です〉
ヴィクトールは歯を噛みしめる。
(たった数時間で――
5,000の歩兵とケレルマンの竜騎兵が壊滅……?!)
刻一刻と悪化する状況に、ヴィクトールは広げた地図を見つめ、素早く状況を整理する。
〈……スピネッタはまだ1時間は持つ。
幹線道路付近は、ここからさらに敵が増えれば崩壊もあり得る。
南側は……こちらに回せるほどの兵力は、もう持っていない……〉
その時。
中央から、土まみれの伝令が血相を変えて駆けてきた。
〈ヴィクトール将軍!敵の魔砲50門が中央に集結!このままでは戦線崩壊の危機!援軍を乞う!〉
中央の残った兵力を聞き、ヴィクトールの顔は歪む。
〈……よし、わかった!俺がそっち(中央)に行くから、死んでも持ちこたえるよう、中央を指揮するギュスターヴァ(ランヌの副官)に伝えろ!〉
〈ビアン・ルスュ!〉
伝令は敬礼し、そのまま中央へと戻っていった。
〈ヴォルグ参謀!ここはお前に任せる!戦線が持たなくなったら後ろに下がれ!〉
〈ビアン・ルスュ!こちらはお任せください!〉
軽く敬礼するヴォルグに背を向け、ヴィクトールは200の騎兵を連れて中央へと向かう……。
そして、北側の戦線ではランヌ軍……いや、トレビアン全軍に危機が迫っていた




