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第386話 トレビアン兵、謎の来訪者と遭遇するのこと

時間は戻り、マレンゴの南5㎞先、正午を過ぎたカサ・ビアンカ村。


そこでは、敵に包囲されたトレビアン兵たちが、わずかな兵力で籠城戦を続けていた……。


〈ネイ小隊長、敵は四方に展開。完全に包囲されています。

 魔弾の残弾はごく僅か、銃火器の弾も補給が見込めません。

 このままでは――遅かれ早かれ全滅の道を辿る可能性が高いかと〉


〈うるせぇな!そんなこと、言われなくても分かってらぁ!〉


この間にも、クラシック軍は休むことなくこの建物に向かって発砲を続けていた。


銃弾が壁にめり込み、木片と埃が舞うたび、兵たちは身を低くしながら撃ち返す。


カサ・ビアンカは、4軒の農家が点在する小さな村だ。


この地を守っていたのは、わずか100名のトレビアン歩兵。


午前十時ごろ、村の西方にクラシック兵500名が現れたことを皮切りに戦闘が始まり、やがて津波のように押し寄せた敵の増援によって各所の防衛線は崩壊。


次々と陥落していく農家を前に、抵抗を続ける兵たちも疲弊していった。


正午を回った時点で、すでに3軒の農家が制圧され、残るはこの1軒――。


わずか8人の守備兵が立てこもる家を、クラシック兵800名が完全に包囲していた。


〈……なぁジョミニ君。仮に……あくまで仮定の話だが、ここで降伏したら、あいつら許してくれると思うか? いや、降伏する気はないんだけどよ?〉


ネイは苦笑いしながらも、わずかに希望を込めて尋ねた。


それに対するジョミニの返答は冷徹そのものだった。


〈……結論から申し上げますと、現状では“投降による生存”は極めて低確率です。

 本来、降伏兵には国際的な慣習法および条約により捕虜としての保護が保証されていますが――〉


ジョミニは遮るように、弾を込めながら続けた。


〈――クラシック国が魔族との軍事同盟を締結して以降、その法的拘束力は事実上消滅しました。

 ゆえに投降は、“組織的自殺”と見なすべきかと存じます〉


〈……あぁ、要はダメってことね〉


肩をすくめ、ネイはぶつぶつと納得する。


弾倉を叩き込み、窓の隙間から狙いを定めて発砲。


〈ったく、こっちは命がけで戦ってんのに、相手はルールもクソもなしとはな……〉


〈それに――〉ジョミニが低い声で続ける。


〈我々は、少々“やり過ぎた”ようです〉


〈ん?〉


〈……小隊長、思い出してください。この農家に籠るまでに、我々は300近い敵兵に損害を与えました。

 しかも、その大半を今ここにいる8人だけで、です〉


〈いやいやジョミニ君、これは戦争だから仕方ないでしょ?

 むしろ「敵ながらあっぱれ!」とかにならないの?〉


〈……残念ながら、敵は“紳士的”ではありません。

 彼らの多くは仲間を失い、いまや理性を失った復讐者です。

 しかも――60名以上はあなた一人の手で倒されています〉


〈……は?〉


〈つまり彼らは“ネイ大尉”という個人を、倒された仲間への手向けにしたいようです〉


そう言って、ジョミニは耳をすませるように顎で外を指した。


銃撃の合間に、怒号と罵声が吹き荒れる。


{出てこい赤髪の獅子野郎!!ぶっ殺してやる!!}


{俺はあのフクロウ野郎をやる!俺の小隊は全滅したんだ!!}


{飄々としたツラで仲間を倒しやがって、羽むしって焼き鳥にしてやる!!}


銃撃の合間に飛び交う、クラシック兵たちの怒号。


その声は、ネイ小隊に対する復讐心と憎悪に満ちていた。


壁越しに伝わる罵声の熱が、まるで炎のように部屋の中まで入り込んでくる。


そんな敵兵たちの言葉を、魔族語を理解するジョミニが淡々と訳す。


〈……要約しますと――彼らは“ネイ大尉を血祭りにあげたい”と申しております〉


〈はぁ?はぁッ?! ふざけんなよ!〉


ネイは怒鳴りながら、壁に背を預けた。


〈ってかさ、残りの兵はお前の指揮で倒したんじゃねぇか! なんで俺ばかり恨まれてんだ?!〉


狙われる理由が分からないネイに、ジョミニは肩をすくめる。


〈やれやれ……目立つ外見も考え物ですね〉


〈それを言うなら、お前のフクロウ面だって相当だろ!〉


〈私は“ミミズク”です〉


〈ほとんど一緒じゃねぇか!!〉


弾丸が壁を砕き、粉塵が舞うなかでも、二人の掛け合いは止まらない。


だがその軽口を破るように、足を撃たれ、隅で倒れていた兵の弱々しい声が響いた。


〈……ネイ隊長。おらは、いいので……みんなで逃げてくだせぇ……〉


〈おらのせいで……みんなを危険な目に合わせてる……これ以上、足を引っ張りたくねぇでやす……〉


震える声でそう告げた瞬間、ネイは立ち上がり、その兵の頬を思い切り殴りつけた。


〈貴様……今、なんて言った?!〉


〈この俺に、勇敢に戦った仲間を置いて行けって言うのか!?〉


怒鳴り声とともに、拳を震わせながら兵の胸ぐらを掴み上げる。


〈よく聞け! 俺は――仲間を絶対に見捨てねぇ!〉


〈たとえ全身の骨が折れて虫の息でも、生きてる限り、俺が必ず連れて帰ってやる!!〉


ネイの叫びが響き、部屋の外でも一瞬だけ銃声が止んだ気がした。


だが――


〈……大尉〉


横から肩を叩いたジョミニが、ため息まじりに囁く。


〈力説は結構ですが……最初の一発で、気絶しております〉


〈……へ?〉


ネイが顔を覗き込むと、掴み上げていた兵は白目をむいて完全に気を失っていた。


〈ぎゃはははは! 流石は隊長だな!〉


〈こりゃうっかり怪我もできねぇ!殴られて気絶しちまう!〉


〈まったくだ、敵より隊長の拳の方が怖ぇ!〉


銃弾の飛び交う中、兵たちの笑い声がこだました。


その一瞬だけ、血の匂いに満ちた空間が、少しだけ温かくなる。


〈ぐぬぬぬ……こいつ、勝手に気絶しやがって!〉


そう言いながら、キリキリと気絶した部下の襟を閉めるネイ。


そんな上司の姿をみて、部下たちには皆小さな笑みを浮かべていた。


――この戦場で、彼がどんなに馬鹿をやらかしても、彼を本気で責めるものは誰一人としていない。


兵士たちは皆、彼が“どんな状況でも、自分たちを見捨てない”ことを知っており、そんな『

ミシェル・ネイ』が大好きだからだ。


だが、その温かな一瞬は唐突に破られる。


《ほぅ……トレビアンの指揮官ってのは、どんな奴かと思って覗きに来たが――

 男気溢れる中々の好漢じゃねぇか!》


低く不敵に笑う声が、まるで空気を切り裂くように響いた。


〈?!〉


ネイと部下たちは反射的に身を翻し、銃を構える。


声の主は音もなくそこに現れ、誰一人、彼等の侵入を許した感覚を持てなかった。


〈――誰だ、貴様?!〉


ネイ達が銃を向けた先には、扉があったところから現れた獣人二人が、笑みを浮かべて立っていた。


ジョミニは人数を確認すると、銃を構えた他の部下たちに目線だけで合図を送る。


――何かあれば、すぐに撃て、だ。


〈てめーら、一体何者だ?〉


ネイの低い声が響く。


部下たちの指先に、じり、と力がこもる。


銃口が二人の胸元を狙うその瞬間――


〈お、お~っと待て待て!〉


僧侶の法衣を纏いながらも、筋骨隆々とした白虎の獣人が、両手を前に出し、慌てて制止するように叫んだ。


〈俺たちは助けに来たんだ!間違っても引き金を引くなよ~!〉


〈……〉


笑みを浮かべつつ、ゆっくりと両の掌を見せる白虎。

その隣では、青の鎧に白マントを羽織ったユキヒョウの女獣人が、壁にもたれ腕を組み、つまらなそうにネイたちを観察していた。


〈……包囲下で武装して現れる時点で、敵と見なされても文句は言えませんよ?〉

〈合理的な説明がなければ、撃たせていただきます〉


ジョミニの冷静な声に、ユキヒョウが小さく息を吐く。

そして、腕を組んだまま、壁から離れ、静かに歩み出る。


〈……あなたたち、気付いてないの?〉


女の声は凛としていて、どこか冷ややかだった。

〈さっきまで無数に鳴っていた銃声――もう、ほとんど聞こえていないでしょ?〉


〈な、何だと?!〉


ネイは思わず耳を澄ます。

確かに、あれほど激しかった銃撃音が、いつの間にか途絶え始めていた。


(……どういうことだ?外で何が――)


ネイは身を低くし、窓の隙間から外を覗く。

そして――息を呑む。


〈あれは……?!〉


外の光景に、誰もが言葉を失った。

包囲していたクラシック兵たちが、素手やさす又で次々と吹き飛ばされている。

まるで暴風が人の形を取ったかのようだった。


{なんだこいつらは?!突然現れて暴れ始めやがった!}

{こ、こいつら銃が効かねぇ!}

{化け物め!}


恐慌に陥る敵の前に、黒い鬣をなびかせる巨躯が立つ。

頭には金属のタガ――額を守る防具。


《ふん、魔族の手先が何をほざく!この“行者”様が、拳で正義を叩き込んでやるわッ!!》


行者は敵兵を素手で掴み上げると、まるで投石機のように、他の兵の群れへ投げつけた。


{うぎゃー!!}

{ゲフッ!}

{散開!散開しろ!仲間を投げてくるぞ!!}


敵兵が退いた隙に、行者が吠える。

《珍! 宝! お前らもさっさと敵を黙らせろ!》


《《おい行者! 俺たちの名前を続けて呼ぶなって言ってんだろうが!!》》


右で暴れる行者に対し、左では虎皮を纏い、さす又を構える二人組が猛威を振るう。

兄・珍は敵兵を絡め取って投げ飛ばし、弟・宝は鋭く突き、後方を押し返す。


{こいつら、強いぞ!退け!}

《おい兄貴、そっち行ったぞ!》

《フンガァーッ!!》


さす又がしなり、敵が宙を舞う。

次の瞬間、また別の兵士が地面に叩きつけられる。


{なんで魔弾が効かねぇんだよ!!}


混乱の中、クラシック兵たちはじりじりと後退していく。


《兄貴、できるだけ殺すなよ! あと、正体バレはご法度だ!》

《誰にものを言ってやがる、宝! 貴様こそ慎重になり過ぎて捕まるなよ!》


互いに罵り合いながらも、連携は完璧だった。

南側の包囲は、急速に崩れつつある。


〈……すごい、なんて強さだ……〉


唖然とするネイの部下たち。


〈軽く自己紹介をさせてもらうが、俺の名は“タツ”。白虎の僧兵だ。で、このユキヒョウが“アオ”。〉


タツが後ろの獣人を顎で示す。

青の鎧に白マントを羽織ったアオは、冷たく微笑んだ。


〈向こうで暴れてる黒虎が“行者”。で、あの二人――虎の着ぐるみみたいなのが、“珍”と“宝”。〉


〈〈着ぐるみじゃねぇ!俺たちが倒した虎の毛皮だッ!!〉〉


〈ブフッ!〉


遠くからでもはっきり聞こえる兄弟のツッコミに、ネイが思わず吹き出す。


〈わかった……俺の名はミシェル・ネイ! 隣のフクロウが副官のジョミニだ!〉

〈フクロウではなく、ミミズクです。いい加減、そのちっちゃな脳で覚えてください〉

〈な、なんだと!〉


〈ちょっと二人とも!客人の前でやめてくだせぇ!〉


殴りかかろうとするネイを、部下たちが慌てて押さえる。

アオはその光景に呆れ顔で片手を振る。


〈そんな事より、三人が道を開けてくれたわよ!〉


アオの視線の先では、行者と珍・宝兄弟が敵を吹き飛ばし、一本の逃走路が拓かれていた。


〈今よ!全員、退却するわ!〉


〈さぁさぁ!敵の足止めはあいつらに任せろ!ケガ人は俺の背中に乗れ!〉


タツはその場で完全な虎の姿へと変身し、ケガ人が乗りやすいよう、静かに身体を伏せた。


〈……二人に頼みがある。俺の部下を連れて、近くの味方と合流させてやってくれ!!〉


〈合流? どういうこと?〉


アオの問いに、ネイは銃の弾を装填しながら答える。


〈俺はちょっと、皇帝の奴に文句を言ってくる!〉


〈〈〈はぁぁ??〉〉〉


自分たちの上司の突拍子もない発言に、一同唖然。


ジョミニはため息をつきながら言う。

〈やれやれ……何を言い出すかと思えば。いくら脳筋のネイ隊長でも、一人で皇帝のもとまで辿り着けるとは思えませんが?〉


〈止めるなジョミニ! ……って、今“脳筋”って言わなかったか?!〉

〈聞き間違いでは? 今度、評判の良い耳鼻科をご紹介しましょうか?〉

〈この野郎ッ!!〉

〈二人ともやめてくだせぇ!!〉


いつもの口喧嘩を始める二人を、部下たちが慌てて押さえる。

その様子を見て、タツは大声で笑った。


〈ガハハハ! こいつらやっぱ面白ぇ!助けたのは正解だったな、アオ!〉

〈まったく……戦闘中だっていうのに、緊張感のない男たちね。――それより早くしてちょうだい〉


呆れ顔のアオに促され、部下に取り押さえられたネイは再度お願いする。


〈じゃあケガ人だけ運んでくれ! この馬鹿ども、俺に着いてくるとか言い出しやがった! しゃぁねぇ、連れていく!〉


〈あなた一人では辿り着ける可能性が無いからです! このような特攻まがいの行動に付き合ってくれる私や部下たちに、少しは感謝の言葉でも述べなさい!〉

〈〈〈そうだそうだ!!〉〉〉


ネイは苦笑し、肩をすくめた。

〈くっ……みんな、ありがとよ。俺のわがままに付き合ってくれ!〉


〈〈〈ビアン・ルスュ!!!〉〉〉


全員が一斉に敬礼する。

その光景を見たタツが笑いながらアオに言った。


〈どうやら話はついたみてぇだな〉

〈……ほんと、男って馬鹿ばっかり〉


アオは口皮肉を呟やきながら、ポケットから出した小さな箱をネイに放り投げられた。


〈これは……魔石?〉


箱を開けると、中には淡く光る指輪が入っていた。


〈それを身につけなさい。少なくとも魔弾くらいは弾いてくれるわ……〉

〈おぉ、アオの嬢ちゃん、メルシーだぜ!〉


アオは少し照れくさそうにそっぽを向く。

ネイたちは装備を整え、互いにうなずき合った。


〈よし――ネイ小隊、出陣だ!〉

〈〈〈ア・ヴォ・ゾルドル、モン・カピテン!!!〉〉〉


〈ア・プリュス、タツ・エ・アオ!〉

〈外で戦っている連中にもよろしく言っといてくれ!〉


「おう! 死ぬなよ、お前ら!」

「……生き残れたら、また逢いましょう」


互いに軽く敬礼を交わすと、ネイたちは炎と硝煙の渦へと飛び出していった。


《よかったのか? あれはまだ試作品で、俺たち幹部にしか渡してない代物だぞ?》


タツの問いに、アオはまるで気にも留めない様子で微笑む。


《フフフ……あなたが言ったんでしょ? “面白い奴らだ”って。

 だから私も気に入ったのよ。貸してあげただけ――》


そして小さく肩をすくめる。


《それに、あんなものがなくても、この国の力じゃ、私たちに“傷ひとつ”つけることなんてできないわ》


アオとタツ――。

彼らの肉体は、自らの魔力と特殊装備の融合によって強化されており、魔弾はおろか、魔砲弾を受けても傷ひとつ負うことがなかった。


《……それより、私たちも早く役目を果たしましょう》


《おう! そうだったな! 李左車の任務を終わらせねぇと!》


二人は短く頷き合うと、風を切るような音を残して、建物の中から飛び出していった――。


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