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第383話 マレンゴの死闘

味方が後退した数分後、霧の向こうから再び、クラシック軍のマーチが鳴り響き始める。


ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる金管の旋律。


それはまるで「勝利の凱歌」を先取りするかのように、戦場の湿った空気を震わせていた。


〈ガハハハッ!アルペンの楽隊共め、相変わらず行進曲だけはいい音色を奏でやがるな!〉


〈しかし、今どき楽隊鳴らして横隊でお散歩かよ。まるで貴族のピクニックだな!〉


兵たちの皮肉混じりの笑いが、緊張をほぐすように広がる。


ヴィクトールはそんな部下たちを見やり、口の端を吊り上げた。


〈おまえら!敵さんの優雅な散歩に、泥の洗礼をくれてやれ!〉


右手をゆっくりと掲げ――そのまま勢いよく振り下ろす。


次の瞬間、ラッパが甲高く響き渡った。


それを合図に、村の建物や茂みの陰、畑の石垣から一斉に銃火が放たれ、無数の閃光と白煙が弾け、轟音が連続する。


クラシック軍の横隊が、まるで草を刈るように次々と倒れていく。


指揮官の叫びが混じり、楽団のトランペットが途中で途切れた。


乾いた銃声が連続し、弾薬の薬莢が雨のように地面に散った。


トレビアン兵たちは規律正しく再装填と射撃を繰り返し、まるでひとつの巨大な兵器のように動いていた。


ヴィクトールはこの戦いのために、新兵器・重機関銃を三か所に配備していた。


幹線道路を横断するように据えられたそれは、連射式の魔導弾を放ち、まるで“雷の壁”のように敵の進軍を薙ぎ払っていく。


金属の轟音と火花が交錯し、前進していたクラシック軍の列はたちまち崩壊。


浮足立った後続部隊は散り散りになり、林の陰へと逃げ込むしかなかった。


(よし、これで敵の進軍は止まった! 後は兵の消耗を抑えつつ、ランヌの部隊と合流できれば……アレッサンドリアを一気に叩ける!)


三階の窓から戦場を見下ろし、ヴィクトールの口元に小さな笑みが浮かぶ。


だが――その笑みが消えるのに、そう長い時間はかからなかった。


〈……チクショウ! 敵の兵がどんどん増えていやがる!〉


戦闘開始から一時間。


対岸の茂みの奥は、いつの間にか無数のクラシック兵で埋め尽くされていた。


霧の向こうから次々と現れる白服の影は止まる気配を見せず、まるで大地そのものが敵兵を吐き出しているかのようだった。


(ざっと見て15,000か。間違いない、『増援』が来ていやがる!)


単眼鏡を覗きながら、ヴィクトールは舌打ちした。


彼の指揮する兵力はおよそ12,000。


マレンゴ村を中心に左右へ広く展開しており、その全ての戦線で戦闘が続いていた。


加えて、前日の雨で増水していた川の水位は徐々に下がり、いまや大人の股ほどの深さにまで落ち着いていた。


――もはや、敵が容易に渡河できる水位だ。


そして、事態はついに急変する。


悪路で足止めを食らっていたクラシック軍の砲兵隊が、恐竜に曳かれ、ゆっくりと前線に姿を現したのだ。


〈砲撃だ! 敵が大砲を使ってきたぞ!!〉


〈こっちには砲がねぇんだ! 銃弾は届かねぇ、どうすりゃいい!?〉


次の瞬間、轟音が戦場を切り裂いた。


敵の大砲二十門が一斉に火を噴き、魔力を帯びた砲弾が矢のように飛ぶ。


炸裂音とともに、トレビアン兵が隠れていた建物や木々が次々と吹き飛び、破片と泥が雨のように降り注いだ。


(……こいつはまずい。敵の増援は20,000以上!)


ヴィクトールは即座に判断し、伝令を呼び寄せる。


〈皇帝陛下に報告!敵主力部隊20,000とマレンゴにて交戦中!さらに数は増えると予想!至急応援を乞う!急げ!〉


〈ビアン・ルスュ!〉


伝令は敬礼し、泥を跳ね上げながら馬に跨ると、一目散にトルトナの方向へと駆け抜けていった――。


それと入れ替わるように、右翼軍の伝令が飛び込んできた。


〈報告します! 現在、我が右翼よりさらに北側から敵歩兵数千が渡河を行い、モンテッペロ方面へ進撃中!〉


〈右翼に数千だと?! 敵兵力はここだけではないのか?!〉


右翼にも大軍が出現したと聞き、ヴィクトールは愕然とする。


しかし、それを遮るように今度は左翼軍から別の伝令が駆け込んできた。


〈報告します! 西側の遊撃隊500が敵の攻勢を受け、ラストルティリオナ農場にて壊滅! そのまま敵歩兵団2,000が渡河を試み進撃中です!〉


〈なんだとッ!?〉


ヴィクトールは慌てて単眼鏡を手に取り、西側の情勢を確認する。


――視界の先、黒煙を上げる農場。


そこはすでに敵の手に落ちていた。


単眼鏡の焦点をさらに左へ滑らせると、渡河を終えたクラシック軍歩兵団へ、味方の騎兵が突撃をかけている光景が飛び込んでくる。


(……あの旗は――ケレルマン竜騎兵団!援軍に駆けつけたか!)


ケレルマン率いる竜騎兵団は、四メートル級の竜〈エオティラヌス〉に跨る雷豹族の精鋭たちだ。


その竜の脚は馬より速く、牙と鉤爪は鋼鉄をも断ち切る。


騎兵たちはサーベルを閃かせ、竜たちは咆哮とともに敵陣へ突進――兵を掴み、引き裂き、噛み砕き、そして空高く放り投げた。


突如として現れた竜騎兵の猛攻に、クラシック軍の前衛は恐慌状態に陥る。


秩序を失った兵たちは次々と川へと雪崩れ込み、我先にと自軍陣地へ退却していった。


こうしてケレルマン師団は、ヴィクトール軍の戦線崩壊を辛くも阻止することに成功する。


――その矢先、ランヌ軍の伝令が駆け込んできた。


〈報告します! ランヌ将軍がモンテッペロ付近に現れた歩兵3,000を迎撃! そのままラインを川岸まで押し戻しました!〉


〈さらに伝言です! 『こっちは俺に任せろ!』とのこと!〉


〈そうか……!〉


ランヌの報告と伝言に、ヴィクトールの頭の中にようやく戦況の全体像が見えてくる。


〈全軍に通達! マレンゴ防衛ラインを放棄する!〉


〈ヴォルグ、川辺を守る兵の半数を率いて一キロ後方に新しい防衛線を築け!〉


〈その間、俺がこの戦線を維持する!〉


〈ビアン・ルスュ!〉


ヴォルグは敬礼し、部屋を飛び出す。


〈……聞いての通りだ。戻ってランヌ将軍へ今の内容を伝えろ!〉


〈ビアン・ルスュ!〉


伝令もまた敬礼し、駆け出していった。


誰もいなくなった部屋で、ヴィクトールは窓辺に寄り、外を見下ろす。


――そこには、川の対岸を埋め尽くすように白くうごめくクラシック軍の大群。


(ノン・ドゥ・デュー……! なんてこった……司令部の奴ら、完全に数を読み違えた!)


拳を握りしめたヴィクトールは、窓から目を離し、深く息を吐いた。


(……あとは、皇帝が奇跡を起こすことに賭けるしかねぇな)


その言葉を残し、彼は再び前線の指揮を執るべく、階段を駆け降りていった――。


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