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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
序章 失格教師の日常
9/51

失格教師とギャンブル

毎日更新継続中です(/・ω・)/

【4月25日(火) 9:17】


 捨見愛離子(すてみ・ありす)と不本意な出会いをした翌日。俺は焦りに駆られていた。

 考えれば考えるほど現状はよろしくない。捨見を見逃してる時間に比例して、発覚のリスクも増えるんだからな。ついでに俺の罪状も、賽の河原みたいに積み重なってくわけだ。


「……ここは掛詞になっている。ひらがなで書かれてるのが特徴で――」

 1時間目はビジネス基礎の自習監督(補教)

「……で、2年がムカついてよー。睨んでやったら……」

「ギャハハ!」

 大声でバカ話をする男子生徒が2人。俺の分類で言うところの、②フッション不良の2人組だ。反抗期続行中の生徒たちに、大人しく授業受けるよう聞かせるのは、マグロに「泳ぐな」と命令するより難しい。


 捨見は3週間前から宿直室に住んでいると言っていた。ざっと調べてみたが、3週間前に大きな事件があったというニュースは見つからなかった。逃亡中の犯人という可能性は減ったが、まだ楽観はできない。


「まだふみも見ず、というのは~」

「近々、まとまった金が手に入るんだって! 1万だけでいいからさ、貸してくれ!」

 2年の悪口言ったり金を借りようとしたり節操がない連中だな。

「ほんとかよー?」


 捨見は現在、無断で学校に住んでいる。不法占拠なら、不動産侵奪罪に該当するかもしれない。3年以下の懲役または10万円以下の罰金だっけ? いやこれば大人への刑罰か。

 だが、通ってる高校への不法侵入って適用されるんだろうか。


「だからメルカリでさ――」

「授業中は静かにしろ」

「ケッ、オマエこの前も――」

 3度目の注意も、相変わらず無視して話を続けている。

 初めてのクラスだが、良くないな。あの2人が悪い意味で雰囲気を支配してる。

 後方にいる、③ちょい悪女子グループもそれなりに騒がしいが、この2人はさらに(やかま)しい。

「もー、ブサイクのくせにうっるさい……」

 女子からも嫌われてるようだ。顔も勘定に入れてしまうのがS商女子。まああの2人、品のある顔つきはしてないけどな。

「ねー。アトーせいで2年にやけにカラまれるし」

 ふうん、2年に、か。男子の1人はアトーというらしい。


「授業中は静かにしろ」

 4度目の注意も無視。じゃあもう遠慮する必要はないな。初動に失敗しちまったから、今から引き締めるのは不可能だ。

「じゃ、生徒指導部で思う存分おしゃべりしてくれ」

 俺はポケットから小冊子を出した。クラスがざわつく。座席表を見て話している2名の生徒の名前、日付、警告理由を指定の項目に書きつけ、ちぎり取る。3枚1組のうちの1枚を、2人に手渡した。

警告書(イエローカード)な」

 注意を聞かず、授業を妨害する生徒に対して行われる警告だ。3枚たまると別室行きとなる。別室とは生徒に個室に籠らせて1日中自習させる罰則で、それを3日行う。他生徒との接触も会話も禁止。学校に遊びに来てるS商生には何よりキツいペナルティだ。


「ちょ……」

 2人は明らかにショックを受けた顔になった。

「なんでそうなるんだよ!」

「理由か? ①注意を複数回無視した②授業を邪魔した。どっちがいい?」

 一度処分を下したら、もう取り合わないのが俺のやり方だ。

「ふざけんなよ! やめてくれよ」

「オレ3枚目なんだよ! 別室ヤだよ!」

 途端に態度が変わる。

「なんだ? 見苦しい。別室も覚悟して、根性入れて無視してたんだろ?」

「そんなわけねえって! ただの悪ふざけで……いきなりイエローはひでえって! みどりは切ったことねえぞ!」

「知るか」

 教師の中には、イエローカードをチラつかせるだけで、実際には切らないのもいる。が、俺は別意見。反省する気のないヤツ相手に駆け引きは時間の無駄だ。

「突っ張り切れないんなら、最初からやるなよ」

 これには女子から失笑が起きた。居心地の悪そうな2人組。よし、この時間中は大人しくなるだろ。

「こいつあれだ、失格教師ってヤツ」

「ああ、みどりが言ってるアレか」

 結局2人は授業中、聞こえる程度の声で陰口を言うだけになった。S商じゃこんなことでいちいち腹を立ててたらキリがない。


 いかんな。さっきの授業は落第点だ。生徒に悪いことしちまった。捨見のことが気になって睨みが利かなかった。

「失格先生、タブレット忘れてるよ」

 生徒に指摘される。教室の真ん中にリモート用のタブレットを立てかけたままだった。

 しかし、今や生徒も悪意なく「失格教師」を呼ばわりをする。

「ありがとう。でも失格言うな」

 コロナ以降、生徒が自宅から出られない場合でも授業が受けられるように、リモート中継することになった。イコール、教師のやることが増えたってことだ。パスワード1つで他の教師の授業も気軽に覗けるので、この形態は鎮静化後も続きそうで嫌だなあ。


 しかし、みどり……酒石先生か。“友だち教師”で、他の教師の悪口を生徒に平気でしてるから、問題になりつつあるんだよな。

 酒石先生と言えば……。

 不意に、巻代先生の報告と酒石先生のやりとりを思いだす。

「あいつ、ひょっとして――」



【4月25日(火) 14:45】


 宿直室に入ると、相変わらず屋根裏の散歩者はいた。どこから失敬してきたのか、座布団を抱えて眠たそうにゴロゴロしている。

「どしたの? センセ」

 現在6時間目。なのに捨見はここでのんびりしている。間違いない。

「お前、ニセ学生だろ!」

 捨見に指を突き付けて宣言した。

「あによ、ヤブカラボーね」

 少女は胡坐(あくら)をかいて座り直す。

「本物の生徒だったら、昨日の説明がつかないんだよ」

 昨日捨見が窃盗をしてたのも、3時間目の最中だった。であるのに、巻代先生が調べたところでは、3時間目の授業中に退出した生徒はいない。

 なら、捨見は部外者ってことだ。制服はエプロンと同様、盗んだものだと考えれば辻褄(つじつま)が合う。


「普通は制服着たヤツを疑わないからな」

 全校生徒の顔を覚えてる教師なんてのはマンガの中だけの存在だ。

 明確な違反でもしてたら別だが、知らない生徒とすれ違ったからと言って「見ない顔だな。どこのクラスだ?」なんて訊く教師はいない。もしそいつが受け持ちクラスの生徒だった場合なんか、顔も覚えられない教師として信用と将来に大打撃だからな。

 現に俺も、副担クラスと授業で担当してるクラス以外の生徒の顔はほとんど覚えてない。

 特に授業が始まって間もない1年生ならば、受け持ち学年の教師でも名前と顔の一致しない生徒は多いだろう。

「だが、担任の酒石先生がお前の顔を知らない、ってのは明らかにおかしい」

 1ーA担任の酒石みどり先生は“友だち教師”だ。生徒を必ず下の名前で呼ぶ。が、捨見のスカート丈を注意したときの呼び方は下の名前どころか「その子」呼ばわりだった。これは、一面識もない生徒に対して使うもので、担任する生徒への言い方じゃない。


「だからお前は、“捨見”じゃない。捨見の制服を盗んだ偽物だ」

 本物の捨見は、今ごろ教室で授業を受けてるんだろう。

「ををっ、自信満々ね~」

 わざとらしく両手を広げるニセ捨見。

「なんだそのアメリカンなゼスチュアは」

「あっ、そだっ」

 拳を手の平でポンと叩く。その仕草実際にしてる人間初めて見たぞ。


「九字塚センセ、賭けをしな~い?」


 猫なで声で提案する。

「賭けだあ?」

 また妙なこと言い出した。やはり一筋縄ではいかない。

「そっ。アタシがS商の生徒かど~か。もしセンセの言うようにニセ学生だったら、センセの勝ち」

「本物の生徒だったらお前の勝ち、か?」

 うんうん、と大げさに頷く。どうでもいいが、スカートで胡坐(あぐら)をかくな。

「俺が勝ったら何してくれるんだ?」

「脱いだげよ~か? 清純派のアタシが脱ぐなんて国宝級ですぞ?」

「はっ倒すぞこの悪質大王。清純派なんて生物は昭和60年代に絶滅が確認されてるんだよ」

 もはや言動に遠慮の欠片もなくなったな。まあいいか。

「センセが勝ったら、今日中に学校から出てったげる」

 おっと、願ってもない好条件じゃないか。

「マ、マジか。じゃあお前が勝ったら?」

「アタシの学校暮らしを、1週間黙っててほしいワケ」

 む、意外に控えめな条件だ。


 事実、ニセ学生であることを理由に学校から追い出せないか、と腹中では企んでいた。それを、まさか相手の方から持ち掛けてくるとは。

 俺の推理に破綻はない、よな? 巻代先生の報告も裏付けになってる。

「よし、乗った」

 なにより、俺の方から言い出したのに、賭けを持ち掛けられたら臆病風に吹かれてやめた、というのは格好が悪すぎる。

「そうこなくちゃ。どうする~? いまなら変更してもいいケド~?」

「うっわ、イヤな駆け引きをしてきやがる」

 うーん、自信ありげなこの顔は、変更させるためのブラフなんじゃないか?

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