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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
序章 失格教師の日常
7/51

失格教師と散歩者の交渉

説明をどこでどこまでするか、というのはいつも頭を悩ませる問題ですね(/・ω・)/

【4月24日(月) 11:51】


 エプロン姿の捨見(すてみ)が悠々とスーパーの袋から具材を出している。何で逃げ出さずに飯なんか作ってるんだ。

「いらっしゃ~い。まあ上がってよ♪ 何もないトコだけど」

「いや、お前の自宅じゃないだろうが」

 エプロンには“佐藤”の縫い取りが。盗まれた2ーD生徒の名前だ。動かぬ証拠、にしても大っぴらすぎるだろ。

「証拠品身につけて悠々としてんじゃねえよ」

 教師が踏み込んできたんだぞ。少しは動じろ。

「おや~? 九字塚センセ1人?」

「ん? ああ」

 捨見がにんまりと笑う。なんだ? 一瞬身構えるが、別段逃げる様子も抵抗する様子もない。

どうにも調子狂うな。

「……えー、聞き取りいいか?」

 もうリアクションには期待せず、勝手に話を進めることにしよう。

「ど~ぞ。カツ丼も大歓迎」

 昔の刑事ドラマの取り調べかよ。あれ被疑者の自費だぞ。


 ご丁寧にカセットコンロまで用意してやがる。切った野菜と豚バラを手際よく焼いてる。

 さて、ツッコミどころ満載だが、何から訊こうか。まずは盗難の確認だな。

「3時間目にそのエプロン盗ったの、お前だよな?」

「は~い」

 即答かよ。絶対「やった」「やってない」の不毛な押し問答があると思ってたのに。

 宿直室を見回してみれば、スーパーの袋や、ドライヤーなんかも転がってる。巻代先生がドライヤーも盗難に遭ったと言ってたから、これも盗品だろう。さては、ここに盗品をまとめて保管してやがったな。


 しかしあのスーパーの袋、見覚えがある。ええと……そうだ、進路指導室の冷蔵庫の中にあったやつじゃないか!

「お前それ、進路の冷蔵庫にあったヤツだろ! それも盗んだのか!」

「えーと、ちょいチガう」

 どっこい捨見は、こちらの盗難は否定した。

「どこが!」

「調理実習室の大型レイゾーコから1人前だけもらって、進路のトコに移しといたのだよ」

 そういや、巡回のときに調理実習で具材が足りないとかなんとか言ってたな。

「盗品をスライドさせただけじゃねえかよ」

 語尾が安定しないヤツだ。てっきり若貴先生が買っておいたものだと思ってたのに。あれも盗品だったのか。


 ドライヤーに食い物に、高価なもんじゃなくて身近なもんばっか盗んでやがる。

「なんで進路の冷蔵庫に入れてたんだ?」

「だってココ、レイゾーコないんだもん。腐ったらモッタイナイ」

 たしかに進路指導室は宿直室(ここ)のすぐ隣だがな。論点がズレてる。利便性や鮮度を訊いたんじゃない。

「進路は基本誰かが詰めてるだろ。盗みに入る隙なんてあったか?」

 現に俺も待機していた。

「朝礼の時間とかオキャクサンが来てるときとか、けっこーカンタンに入れるよん」

 あー、あのときHN食品の来客があって個室で話し込んでたな。福島主任は“抱き合わせ(同じ時間帯に複数の業務を受け持つこと)”で職員室に顔を出していた。あのタイミングで侵入されたら、さすがに分からないか。食品無くなってたのは、コイツが取ってったからか。


「それで、なんでこんなトコで料理なんかしてるんだ」

 学校内で盗んだ食材を調理してた、なんて話はS商でも前代未聞だ。

 まさか、「家で飯食わせてもらってない」とか虐待匂わせるようなこと言い出さないだろうな。話が飛躍的にめんどくさくなる。


「こんなトコはシツレイな。乙女の寝室に上がり込んどいて」

「何言ってんだお前」

 だが、改めて見まわすと奇妙なことに気付く。カセットコンロに紙皿。コンセントには充電器に繋がれてるスマホが2台。立てかけてある脚立に、ついでに転がってる下着。開いた押し入れには毛布が畳まれている。


 この宿直室はもう何十年も使用されてないはずだが、妙に生活感がある。


「おまえ、ひょっとして……」

 ここは単なる隠れ場所ではなく。

「狭いながらも楽しい我が家なのですよ。いただきま~す」

 タッパーのご飯で野菜炒めを食べ始めた。


宿直室(ココ)に住んでるのかよっ?」



 やっべえ。藪を突いてアナコンダが出てきやがった。



 コイツ今なんて言った? 宿直室(ココ)に住んでる、だあ? 

 学校なんかに住もうなんてバカがいるか?


「じゃあ、今までの窃盗は」

「ごめ~ん。生活に必要なものがないときに、仕方なく借りた」

 謝るならせめて、口の中の野菜を飲みこんでから言いやがれ。しかも、謝りつつも「借りた」と言い張る。



「この部屋のことは?」

「散策してたらヘンな壁だなー、って。ガチャガチャやったら開いた」

 で隠れ家に、ってか。その観察力、勉強とか人生で活用しろよ。

「せっかく毎日、ホワイトボードでカモフラしてたのに~」

 地道に無駄な努力積み重ねてんじゃねえ。そんな奇矯(ききょう)な行動してっから、却って目立ったんだろうが。



 しかし、人知れず学校を徘徊する不審者ってな。

「“屋根裏の散歩者”かよ」

 江戸川乱歩の短編を思い出す。

「“人間椅子”ってエロいよね♪」

 S商生には珍しく、活字を読んでいるらしい。が、今それは心底どうでもいい。


 頭を振って混乱を抑えつけた。難しく考える必要はない。要はこいつを、さっさと生徒指導部に引き渡せばいいだけだ。



「じゃあ、早速生徒指導部に……」

「ね~、一生に一度のお願いがあるんだけど」

 機先を制して捨見が言い出した。

「出会って3分ぐらいしか会話してないヤツに一生のお願いされてもな」

 相手にペースを狂わされっぱなしだ。食べるのやめないし。

「取引きしない? 見逃してほしいな~」

 さらっと何を言いやがる。

「あのな。取引になってないだろ」

 捨見を見逃したとしても、俺に何のメリットもない。一文無しと取引なんかする酔狂なヤツはいないぞ。

「お断りだ。見逃したってのが後でバレると、始末書どころじゃないんだぞ」

「んっふっふ~」

 再び、あの嫌な笑顔を浮かべた。なんて含みのある笑いだ。

「問題で~す。この部屋にいるのは何人でしょ~か?」

 また訳の分からないことを。

「俺とお前の2人に決まって……あっ!」



……やらかした。


 失態に気付いたがもう遅い。

『密室状態で2人きりにならないこと』

と、学校のマニュアルにある。進路相談など、個別に生徒と接するときは他の教師に立ち会ってもらったり、それも難しい時はドアを開け放って密室状態を回避する。

 例えば2人しかいない状態で、生徒が暴力を振るわれたと訴えた時。1人では潔白を証明する術がないからだ。教室巡回を2人1組で行うのもそれが理由だ。


 要は危機管理を徹底しろってだけの規則で、何かの拍子に2人きりになったから即問題、ってワケじゃない。


……ただし、相手側に悪意があった場合はその限りじゃない。


「校長室に飛び込んで、“九字塚センセに殴られた~!”って騒いだら、困っちゃう?」

「うわ……」

 困るどころか致命傷になる。これは刃物より強烈だ。


「“先生の中には冗談の通じない輩がつくだ煮にするほどいる”んでしょー?」

 笑顔で脅迫してくる。俺が朝に言ったこと、しっかり憶えてやがった。


 学校は警察の介入を極度に嫌がる。悪評が立つと、来年の受験者数の低下に直結するからな。学校にとって生徒の減少は最も避けたいところだ。もしそうなった場合、誰を恨むか?

 当然、「犯人を見つける」なんて余計なことをした臨採のよそ者()に決まってる。


 俺に臨採のクチは一生回ってこない。教員採用試験に受かるなんて、夢のまた夢だ。


 しかもこいつは、俺の安住の地である進路まで巻き込んだ。これでコトが発覚したら、進路の面々や福島主任まで管理責任を問われることになっちまう。


 結論。コイツを教頭に突き出しても、俺にはマイナスにしかならない。



 “見逃すことのメリット”でなく“見逃さなかったときのデメリット”で取引を持ち掛けてくるか。頭が回りやがる。

 が、まるでマフィアの手口だ。取引とか言ってたがとんでもない、脅迫じゃねえか。



「清純派のアタシとしては、こんなことやりたくないんだケド」

「どの口で言いやがる、やってることはまんまヨゴレじゃねえか。盗人猛々しい」

「猛々しくないでしょー? こんなか弱い美少女捕まえて」

「盗人の方を否定しろよ」

 旗色が悪いな。

「お願い、見逃して! 帰る場所がないの」

 手を合わせて拝まれる。脅迫したり哀願したり忙しいヤツだ。

 1つ分かることは、こいつは捨て身ってことだ。いま解決を焦って刺激するのは非常によろしくない。

 機会を窺って、落としどころを見つけた方が賢明だ。


 重い沈黙の後で、俺は頷いた。

「……分かった」

 俺は保身を選ぶことにした。

「ただし、黙認じゃないぞ。いまは報告しないってだけだ」

 問題を先送りしただけとも言う。

「うんうん、それでジューブン!」

 抱きついてこようとしたので、慌てて避ける。

「あによ、つれないわね~。こんな清純派美少女がハグをしてあげようってのに」

 蛇を連想する動きで、じりじりと間合いを詰めてくる。

「既成事実を作られてたまるか、この窃盗恐喝犯」

 ちゃぶ台を挟んで牽制した。


 なんだか、とんでもない爆弾を抱え込んだ気がする。俺の教師生活、大丈夫か?


 

清純派ヒロインです(/・ω・)/

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