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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
序章 失格教師の日常
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失格教師と屋根裏の散歩者

ヒロイン登場です(/・ω・)/

 3階に駆け上がる。廊下に出たとき、突き当りの階段に消えてゆくスカートが見えた。勘付かれたか。

「追いかけます。生徒指導部に連絡お願いします」

 肥満体型の福島主任に追跡は酷だ。

「分かった。俺はD教室を調べとく」

 返事を待たずに駆けだした。


 通り過ぎざまちらりとD教室に目をやるが、やはり誰もいない。間違いない、さっきの生徒が犯人だ。 

 階段に辿(たど)り着くと、身を乗り出して下を覗き込む。辛うじて制服の背中が見えた。1階に降りてゆく。やはり女子生徒だ。が、それ以上は分からない。


 俺は無言で駆け下りた。ここで声をかけるのは考えものだ。たぶん、状況を察して逃げるだろう。1階に教室はない。これは捕まえることができそうだ。


 1階に到着する。まっすぐ伸びる廊下に生徒の姿はなかった。

 おかしいな。どこかに隠れてるのか?

 俺は走ってたから、足音で“追手”がいることに気付いたフシはある。

「あのー、誰か生徒が入ってきませんでした?」

 ドアを開けて保健医に訊ねるも、

「いいえー?」

首を横に振られる。進路指導室も同様だった。どちらも誰か入ってきたらすぐ分かる構造なので、こっそり入って隠れてる、ってことはあり得ない。


 玄関や他の校舎へ逃げた? ムリだな。事務室の前を突っ切らなきゃいけない。事務室は壁がガラス張りだ。受付も兼ねているからな。役割上廊下が見通せる造りだから、授業中に生徒が通りかかったら必ず呼び止められる。


 一応事務でも聞いてみたが、横切った生徒はいない、との返答だった。やはり、この付近でいなくなったってことになるんだが。

 どこに行ったってんだ……?



 3時間目終了のチャイムも鳴ってしまったので、いつまでも探しているわけにもいかない。仕方なく、手ぶらでD組に引き返した。

 3階まで上る。3階は階段のすぐ隣が元E組の空き教室だ。その隣がD組。


 あ、空き教室の蛍光灯の交換しとかないといけないんだった。が、後回しにするしかないな。

「あの生徒、たぶんこっち側の廊下から来たんだな」

 反対側の廊下からD組を目指すには、A~C組を横断しなければならない。

 教室には大きな窓がいくつもあり、廊下側がよく見える。教室の前を見られずに通り抜けることは至難の業だ。

 だが、


【階段⇒元E組(空き教室)を通過⇒2年D組】


と経由すれば、生徒のいる教室を横切ることなく移動できてしまうわけだ。

 まさか、そこまで計算してD組を狙ったのか? うーん。


 D組の前には福島主任と一緒に巻代先生がいた。あとオマケにD組の担任も。

「お疲れ様ッス」

 生徒指導部から来たのは巻代先生か。助かる。今年の生徒指導部はピカピカの新人かシワシワの老害ばっかで頼りにならないからな。

「面目ない、見失いました」

「まあ仕方ないんじゃないか? 授業記録調べれば、すぐに分かるだろ」

 福島主任は特に気にしていない様子だ。


 教師が持ち歩く授業記録には、生徒の出席欠席のみならず、授業中にトイレ等で席を外した時刻などもつぶさに記録されている。

 だから3時間目にサボった生徒、トイレに立った生徒などを調べれば、あの女子生徒の正体はすぐに(あぶ)り出せるだろう。

 あとあと面倒がないように、現行犯で捕まえたかったけどな。


「生徒に持ち物がなくなってないか、チェックさせてるッスよ」

 さすが巻代先生、仕事が早い。

「鍵は?」

 空き教室になる場合は、担任か副担が教室に施錠する規則だ。

「さっき確認したときは、教卓側ドアに鍵はかかってませんでした。担任の井手之下(いでのした)先生はかけたと言ってますけどね」

 含みのある言い方をした。その疑惑は俺も同感。

「いや、しっかりかけといたって!」

 教室の前で、開口一番井手之下先生は弁明した。57歳の理科教師。



 はっきり言っちまうが、年嵩(としかさ)の教師は時代の変化についていけてない奴が多い。教師に対する風当たりが何百倍もキツくなった今でも、緩いスタイルを変えることができずにいる。 

 このオッサンも荒れがちな奇数(A・C)組を嫌って、強引にD組の担任に収まったクチだ。


 失点に繋がるミスは隠そうとするんだよな。だからこんな場面ではうかつに信用できない。


「はいはい、疑ってないですよ」

 巻代先生の口調もどこか白々しい。井手之下先生が鍵をかけ忘れていても、「かけてた」と言い張るに決まってる。


 本当に施錠してたならば、窃盗犯がどうにかして鍵を開けたってことになるんだが。

 鍵の保管は、職員室の“重役席”の背後。職員室のどこからでも丸見えで、教師の目を盗んで持ち出すことは不可能だ。そもそも盗難ができないように計算された置き場所だからな。

 他は教頭先生だけが管理してるマスターキー。これを狙うのは職員室から鍵をくすねるよりもハードルが高い。


 だから「施錠していた説」は現実味が薄い。と思う。

 ただ、気になる点もあった。都合よく誰にも見られずに行ける教室の鍵が、都合よくかかってなかった、ってーのは偶然が重なりすぎてる気がする。


 生徒が荷物の確認を終えた。本来なら、移動教室等の際には貴重品は担任に預けることになっている。が、実行してる生徒はほとんどいない。

 サイフを置いていった生徒が数名いたが、被害はなかったようだ。露骨に安堵してる担任教師。担当クラスで集団窃盗なんてあった日にゃあ、教師の評価がガタ落ちだからな。


「あのー」

 そこで、1人の女子生徒が控えめに手を上げた。ネームプレートには“佐藤”とある。露骨に顔をしかめてんじゃねえよ、そこの担任。アンタ仮にも生徒指導部在籍だろう。

「家庭科のために持ってきたエプロンがなくなってるんですけど……」

「「エプロン?」」

 俺と巻代先生の声が重なった。エプロンの盗難? 予想外過ぎる。


 S商では月2件ぐらいのペースで盗難が起きる。ダテにH県最悪の治安と呼ばれていない。しかも表面化してる分だけで、だ。

 ちなみに、俺の知ってるS商での窃盗被害額は、最高が7万円、最低が12円だ。7万も学校に持ってくんな、と言いたいが、12円の方が遥かにおかしい。そんなハシタ金、本当に憶えてるか? 


 閑話休題。


「エプロンだけ盗むって、変わってますね」

 振り回されるこっちはいい迷惑だ。が、変わってると言えば変わってる。

 空き教室での窃盗とくれば、たいてい「根こそぎ」になる。複数の生徒の財布が盗まれるわけだ。事実、今までの窃盗ではそうだった。


「実は、初めてじゃないんッスよ」

「え?」

 巻代先生の言葉に思わず聞き返す。

「最近ちょいちょい、このテのセコい窃盗があって。ドライヤーとかスマホの充電器とか、変な物の盗難が」

 なんだそのハイリスクローリターンな泥棒は。



 まあ、後は生徒指導部の仕事だから俺には関係ない。

 ……と、単純に割り切れないのが学校。俺は2年C組の副担で、イコール2年全体の行事担当。要するに、2年の運営全てに協力しなくちゃいけない。盗難や校内暴力の解決もそれに含まれる。2年で盗難が発生したなら、手伝うのが当たり前。


 もちろん、俺の所属してる進路指導部の方でも生徒指導部に協力してもらうことはあるわけで、この辺は持ちつ持たれつ。


 ぶっちゃけ、生徒の不祥事解決全部丸投げしたら、生徒指導部が過労死しちまうからな。


「あとで授業記録調べてみます。すぐに犯人見つかりますよ」

 巻代先生が請け負う。



 だが、この件はすぐに解決しなかった。生徒指導部で出席状況を調べた結果、3時間目に授業を抜けた生徒はいないことが判明したからだ。






 窃盗犯は女子生徒だった。見えたのは後ろ姿だけだが、制服姿だったから見間違えようがない。

 だが、3時間目に席を外した生徒はいないという。どういうこった。


 まさか、学校内を制服着た部外者が徘徊してるってことか?

 だとしたら、とんでもないホラーだ。夜中歩き回る人体模型が優等生に思えてくる。





 そうだ、蛍光灯の交換を忘れてた。暗くなる前にやっておかないと。とは言え、予備がどこにあるのか知らないんだよな。

 事務室で訊いてくるか。


「第4保管庫にあります」

 事務の中年女に面倒そうに言われる。

 塩っ辛い対応だな、おい。事務(お前ら)の仕事でもあるんだぞ。

 もちろん口には出せない。


 第4保管庫ってどこだよ。普段の業務で使う場所以外ロクに憶えてねえよ。

 事務に訊ねたら更に不愉快な思いをしそうなので頼らないでおいてやる。玄関のすぐ脇にある案内板を見れば済む話だ。


 第4保管庫は、1階階段の裏側にあった。階段裏は構造上空きスペースができるので、そこを倉庫と称しているらしい。立てば頭をぶつける程度には低いが、広さには余裕がある。

「コピー用紙にトイレットペーパー……お、蛍光灯見っけ」

 しかしこういった機会でもないと、こんな場所があるなんて分からなかったかもな。学校は分掌ごとの縄張りがはっきりしてるから、連携しない部署とはとことん干渉しない。


 改めて考えてみるに、学校にはこういったデッドスペースが多い。

 特に60年改築ナシのS商だと、E組みたいに使わなくなってしまった場所ができてくる。

 

 んん? ひょっとしてあの女子生徒、ココに隠れたのか?

 いや、廊下に消える背中は辛うじて見えたから、ここは通り過ぎたはずだ。

 記憶を反芻(はんすう)しながら廊下を歩く。保健室の前で何やら記憶と噛み合わない箇所が。


……ホワイトボードだ。


 朝保健医に言われて、ホワイトボードを右に動かしたはずだ。それが、また左に動かされている。

 本当に頻繁にやられてるんだな。何が楽しいんだか。ホワイトボードに触れて、何気なく右に動かす。


 現れた壁に違和感があった。よく見れば壁ではなく、壁と同じような色のドアだった。

 これは……ドアの上から、壁紙のようなものを貼り付けてあるのか。ノブも取り外されているので、一見すると壁にしか見えない。


 元は何かの部屋だったのか? プレートもかけられてない。引き返して案内板を確認するが、そこにも何も書かれていなかった。

 朝に動かしたときにもあったのか? まあ、あのときは嫌々やってて注意力散漫だったし、そもそも泥棒探してたわけじゃないからなあ。

 心理的死角ってヤツだな。


 ドアを軽く押した……開く。

 どうするか。頭の中で整理がつかないな。一旦引き返そう。



 隣の進路指導室に戻り、校舎の見取り図をひっくり返した。

 が、こちらにも当該場所には何の記述もない。

「こんちはー。起案回してな」

 そこに入ってきたのは井手之下(いでのした)先生。教師は定年が近くなると、地元の学校に優先的に赴任させてもらえる仕組みだ。この人はF市が地元だから、S商に度たび赴任している。何か知ってるかもしれない。

「井手之下先生、保健室の斜め向かいに部屋があったみたいなんですけど。アレ、なにか知ってますか?」

「んー? 保健室の横だぁ?」

 井手之下先生は腕組みをして唸る。記憶を掘り起こすことしばし。

「あー、あそこは宿直室だった所だ」

「宿直室か」

 ドアを前に呟いた。元は教師が泊まり込む際に利用する部屋だったのだが、宿直という制度はなくなり、すっかり無用(トマソン)化したものらしい。


『生徒が無断で入って良くないってんで、ワシがプラスターボードとクロスで潰しといたんだ』

 この工作は井手之下先生作だったか。さすが金のない公立高校。教師のDIYにしてはよくできてる。

 

「ホワイトボードを頻繁に移動させてたのは、宿直室の存在を隠すためか?」

 あの時は、俺が追ってくるのを察して隠れたわけだ。なんだか、ずいぶん用意がいい。そこまでして盗ったのはエプロン1枚きりだし。


 まあ、この答え合わせにあまり意味はない。あれから時間が経っているので、犯人はとっくにこの部屋から脱出してることだろう。


 ドアを押してみた。ゆっくりと開く。カギはかかってない。どうにかして生徒が開けたのか、元々開いてたのか。まず目に入ったのは、狭い畳敷きのスペースだ。

6畳ほど広さにちゃぶ台が置いてある。なぜか明かりが点いていた。

「は~い。どなた?」

 そこで予想を裏切る声が。そこには、エプロンをして野菜炒めを作っている女子生徒の姿があった。

 しかも、朝に知ったばかりの顔だ。名札見たよな。えーとたしか1年の……。


 捨見(すてみ)


「あら、九字塚センセ、どしたの?」

 まるで街角でばったり会ったみたいなリアクションだ。


 これが俺、九字塚恭二(くじづか・きょうじ)と、“屋根裏の散歩者”こと捨見愛離子(すてみ・ありす)との、腐れ縁の始まりだった。


……どうして見つけちゃったかな、俺。


 俺は、この出会いをたびたび後悔することになる。



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