失格教師と最後の謎
【5月15日(月) 23:15】
「へ~」
困惑も怒りもなく、少女は楽しそうだった。
「学校のデータで、アタシの写真確認したっしょ?」
学校の教務共用のデータベースで照会した捨見愛離子の画像は、確かに目の前の少女のものだった。
「お前は進路指導室に頻繁に出入りしていた。冷蔵庫に、野菜や肉を隠してたりな」
進路に詰めてる教師たちのローテーションを把握して、来客やトイレの隙を見計らって。
「若貴先生や年嵩の先生は、教員パスを憶えられなくて無防備に机の上に貼ってた。それさえあれば、内部のデータを書き換えることができる」
データはリアルタイムで変更されてゆく。
「俺が確認する前に、捨見愛離子の写真をすり替えといたんだろ?」
生徒のデータは、最近更新された形跡があった。この捨見が細工したんだろう。
生徒の顔写真を頻繁にチェックしているような暇な教師など存在しないから、まず気付かれない。
「どっかの友だち教師じゃないけど、証拠はあるの~?」
さっきからこの少女は否定していない。事実を確認しているだけだ。
「101号室の住人に、確認をとったんだ」
俺が知る中で ほとんど唯一、「捨見愛離子」を知っている女性。
「お前の写真を見せたら、捨見愛離子じゃないって断言してくれたよ」
捨見愛離子の境遇に同情していた女性の言葉を、俺は信じた。
「えー? 盗撮してたの?」
「ツルハシ騒ぎの時に囮になってもらったろ? その時の画像をプリントアウトしてな」
無論、その後に動画は処分している。
「じゃあ、本物のありすちゃんはどーなったと思う?」
「……そうだな。そっちから話そうか。実はこの部分が一番憶測が混じるんだが」
しばし沈黙し、頭を整理する。
「故意か事故か、本物の捨見愛離子は母親を死なせてしまう。どうにか布団圧縮袋に隠したが、いくら社会的に孤立した人間って言っても、隠し通し続けることは不可能だ」
死体の処分も不可能だろうし、いずれ必ず発覚する。捨見愛離子に補導歴はなかったので、おそらくはこれが最初の事件だ。
「そこで逃げ出すことを決意した、んだと思う。だが、逃亡にも生活にも差しあたり金が必要になる」
だが未成年の彼女が金を得る手段は限られている。
「追い詰められた彼女は、カワセミから強盗の誘いを受けてしまう」
カワセミは貧困家庭を狙って手下に誘っていた。目を付けた可能性は高い。特に捨見愛離子は、酒石みどりの担任クラスだ。
まあ、カワセミこと酒石みどりが、殺人まで掴んでいたとは思えない。単に、絶望的に不幸なタイミングが重なった、と言うだけの話だ。
「強盗団はピア・セキュリティサービスを襲った。結果、経営者親子3人は行方不明。被害額は1200万円」
ちらりと捨見の指に収まってる鍵を見る。
「ピア・セキュリティサービスを襲ったのが、カワセミ、二味、久里、そして本物の捨見愛離子だ」
二味と久里のLINEでの日付から、容易に判断がつく。
「あの後二味に確認をとったが、当日参加したもう1人は、若い女で間違いないと言っていた」
「顔は分からないが、カワセミに食ってかかったときの声は若かった」そうだからな。
「本物の捨見愛離子がカワセミの強盗団に?」
俺はドーナツを口に運ぶが、砂のような味しかしない。
「高給に釣られて、捨見愛離子はカワセミや二味、久里たちとともに会社襲撃に参加する」
「んで、まんまと成功する?」
頷いた。車を再び発進させる。
「行方不明が3人も出てたのは?」
さすがに答えづらかったが、意を決して言う。
「経営者夫婦は殺されたんだと思う。思わぬ反撃をされて、加減を誤ったか」
急ぎ働きが、畜生働きに堕ちた瞬間だ。河童の川流れ、とはちょっと違うか。専門家だからこその油断もあったのかもしれない。
或いは手痛い反撃をされて、襲撃側が逆上したか。
「それで死体を遺棄することにした」
カワセミは舌打ちしたことだろうな。強盗と強盗殺人では罪状にも警察の捜査にも天地の開きがある。だからその場しのぎに、死体を廃屋へ捨てた。
いづれバレる。バレて事件が本格化するまでの間に、荒稼ぎするつもりだったのか。
「きっと殺害したのは捨見愛離子だ。相手の反撃にパニクってたんじゃないかな」
二味や久里は性格上逆境に弱い。そのことは体育祭での取り調べのときに知悉した。逆上するとしたら捨見愛離子という、奇妙な確信がある。
きっと、破滅に向かうしかなくなった境遇への恨みを、被害者夫婦に爆発させたんだろう。
「二味が、“バイト代が約束の額と違って怒ってたヤツがいた”とか言ってたが、たぶんそいつが捨見愛離子だ。カワセミとしてはペナルティのつもりだったんだろう」
だが、捨見愛離子は後がなかったために、譲らなかった。
「そして、殴られ、遺体と同じく廃屋に捨てて行かれる。まあこれも殺人のペナルティというか、カワセミの腹立ち紛れだったのかもな」
二味はLINEで「山奥に捨てていかれる」と恐れていた。それは捨見愛離子のことだったんだろう。
「……きっと本物の捨見はまあ、打ちどころが悪くて、そのときに死んだんだろう」
言葉を濁す。少女が目を細めた。
「それじゃ4つになっちゃうじゃん。死体は3つ、って言ってなかったっけ?」
「あれは経営者夫婦と、本物の捨見愛離子だ。ピアの子どもの方は生きていて、廃屋から逃げのびた」
「……」
「最初におかしいと思わなけりゃいけなかったんだ。そこいらの貧困家庭の子どもが、開錠技術や犯罪知識を身につけてるはずがない」
突然話を方向転換した。
「俺も動画をいくつか見てみたがな。お前が目の前でやってみせたバンピングは、どの動画のやつよりも熟練していた。職業として、時間をかけて訓練をした人間みたいに」
車はやがて、とある会社の前で止まった。
【5月15日(月) 23:30】
「泥棒と同じぐらい、盗みの手口に精通してなきゃいけない仕事があるよな。防犯会社だ」
防犯会社というのは連絡があったら駆けつけるだけでなく、盗難等の対策レクチャーをすることも大きな業務だ。
「ピア・セキュリティサービスの経営者夫婦には、高校生の娘がいたそうだ」
車を止めたのは、ピア・セキュリティサービスの前だ。カワセミの連続強盗事件が頻発して、皮肉なことだが仕事が倍増したらしい。「今年は3人採用しますよ」って口約束を俺としていたぐらいだ。
そのせいで酒石=カワセミに目を付けられることになった。
「人手不足で、娘はろくに学校へも行かず働いてたらしい」
川中の話では、一人前の技術を持っていたらしい。働くのが楽しくて、学校を犠牲にしてるなんて感覚はなさそうだった、とも言っていた。
「じゃ、最後の謎ね。アタシはだ~れ?」
問いかける少女の方も、もう解かれることを確信している口ぶりだった。
「ピア・セキュリティサービスの一人娘、埠頭蓮」




