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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
終章 失格教師と屋根裏の殺人者
45/51

失格教師と強盗団の上前

【――――】


 大収穫。二味と久里。あいつらが「2と9」に違いない。背格好もよく似ている。

 しかも、あの2人のLINEが手に入ったことも大きい。自分に来たものと合わせると、カワセミの正体が絞れるかもしれない。


 でもそのためにはあの人の協力が絶対に必要だ。手の内を見せることになるだろうけれど、仕方ない。

 うまくいけば……これでアタシの学校暮らしは、終わりだ。




【?】


「俺の今日の目的はこれだ」

「じゃあセンセ、賭けをしない?」

「ずっと疑問だったんだ。開錠技術のこととかな」

「センセが正解したら、学校暮らしをやめたげる」

「答えてもらうぞ」

「では問題です」

「お前は一体、何者だ?」

「アタシはいったい、誰でしょう?」




【5月12日(金) 17:00】


 F市周辺を荒らし回っている強盗団が世間を騒がせている。余罪は20件以上。被害総額は1億2千万超。

 黒幕は「カワセミ」と名乗り、手段は不明だが襲撃先を調べ上げ、厳選する。そして強奪した金額の大半を手に入れる。

 実行犯はカワセミが直に連絡を取ってスカウトするらしい。いわゆる闇バイトだ。手下を捕まえてもカワセミに行きつくことは出来ず、新たなメンバーで強盗を再開するだけ。

 近所の住人は震えあがり、警察も神経を尖らせている。



 だがS商は太平楽ときたもんだ。学校に強盗に入るマヌケなんていないから、あくまで「対岸の火事」という認識しかない。

 被害者でなく加害者側でS商生が関わっていたことは、俺と捨見と巻代先生だけが知っていた。


 もっともこの件はこれで終わり。強盗も1億2千万も、S商の臨時採用教師の人生には縁がない話だ。

 そう思ってたんだけどな。



【5月12日(金)10:54】


「ねえ、アタシたちで“カワセミ”を捕まえましょうよ」

 捨見が突然言い出した。

「寝言は寝てから言え」

 一方俺の頭の中は、来週末に行われる漢検の準備で埋め尽くされている。

「ジョーダン言ってるんじゃないワケ!」

 俺がにらめっこしていたタブレットを取り上げる。

「そんなことは正義の味方にでも任せとけよ」

 タダでも体張ってくれる奇特な奴がいればな。

「警察でもセーギのミカタでもないからやるの!」

 今日はやけに食い下がるな。

「カワセミを警察より先に特定して、強盗の売り上げをいただいちゃおう、ってコト」

 とんでもないこと考えるな、この屋根裏の散歩者。

「泥棒の上前を撥ねようってのか、自称清純派」

 カワセミが既に上前を撥ねているので、正確には上前の上前を撥ねることになるのか。

「清純派だからって、カスミを食って生きてるわけじゃないもん」

 埋まらない漢検の志願者リストを眺めることに飽きて、会話を続けることにする。

「アタシの取り分は1200万でどお? 残りはあげるから」

「なんでそんな半端な数字なんだ。しかも、モロ犯罪じゃねえか」

 本当に強盗の上前を撥ねるなら、1200万はゆうに超えるだろうな、とつい算盤を弾く。

「でも、盗られたカワセミがケーサツに駆けこむことはないワケよ」

 理詰めで説得にきた。

「そりゃまあ、汚い金だからな」


 だが、現時点では「宝くじが当たったら」程度の与太話にしか感じられないぞ。

「随分と絵に描いた餅を旨そうに言うけどな。カワセミの正体に心当たりでもあるのかよ?」

 警察でも捕まることができてない黒幕である。

「ほんのチョッピリなら」

 指で5ミリぐらいの隙間を作る。

「でもアタシ一人じゃムリ。九字塚センセの協力が必要なの!」

 アテがあるんだろうか。それにしても随分と買いかぶられたもんだ。

「目的は金か?」

「トーゼン!」

 胸を張って言うことじゃない。

「アタシは苦学生なんで。二宮金次郎なんで」

「二宮金次郎は学校に住んでなかったけどな」

 本気の度合いを測り兼ねた。

「ウスウス勘付いてると思うケド。アタシは1人の力で生きてかなきゃいけないの。お金はいくらあっても足りないワケ」


 捨見の母親は娘を捨てて蒸発している。と見せかけて。実は遺体をアパートで発見した。捨見は無論重要参考人だ。


 学校に住み着いてるのは、死体の発覚を恐れてか、経済的な理由からか。

 それだけじゃないことも、こっちだって薄々分かってきたけどな。


 俺はエスポワールFでの出来事を言わないでいた。問い詰め方を1つ間違えば、俺の手が後ろに回る。

 あの遺体は、俺にとって切り札と同時にイエローカードでもある。


「俺でも、少しぐらいなら生活の援助は……」

 口止め料とも言うけどな。

「ソレって寄生と同じじゃない。アタシはイヤ」

 にべもない。でもまあ、俺も同じ立場だったら依存して生きてくのは嫌だろうな。


「センセはどうよ? 一生ウダツの上がらない教師稼業を続けてけるワケ?」

 うっ、痛いところを突いてくる。

「……分からない」

 素直な本音だ。俺は生活のために教師になるしかなかったわけで、崇高な使命感なんてものは持ち合わせてない。


 心の病で休職する教師は毎年増え続けている。特にコロナ以降は、授業以外の周辺業務(保護者対応、クラス運営など)がとにかく過酷すぎる。精神疾患になる者が2割を超える職場なんて、他に存在しないぞ。


 そして、俺がその2割の仲間入りする可能性は決して低くない。使命感がない人間は、鬱になりやすいらしいからだ。

 だから、捨見ほど切実じゃないが、俺も金は欲しい。だが。


 罪悪感云々ではなく、この少女のために乗ることにした。

 仮にうまく事が運んだとして、金をネコババするかは分からない。

 ま、皮算用はタヌキを捕まえた後でいいか。


「カワセミってどれだけ貯めこんでるだろうな?」

「お、ノッてきたね~?」

 嬉しそうに言うと、捨見はスマホを操作した。

「えっと~。警察発表で被害総額は約1億2千万円だって。よく分かんないケド7、8千万とかじゃない?」

 基準がよく分からんが、そんなもんなのか。

「分かった、協力しよう」

「やったやった!」

 捨見は俺の両手を掴んでぶんぶんと上下に振った。えらい喜びようだ。普段飄々としてる捨見には珍しい。

 だから気付いた。


 捨見はこれが目的で、学校に潜伏していたんじゃないか?


「あの強盗団の傾向を考えたワケ」

 捨見が説明を始める。

「犯行がF市近郊に集中してる、とかか?」

「そうそう。しかもターゲットは、オカネモチで、老人の家。もしくは少人数の儲かってる会社」


 ピア・セキュリティサービスのことを思い出す。強盗団、いやカワセミには土地勘がある。しかもかなり詳しい。


「で、一番気になる点は~?」

 俺と捨見は同時に声に出した。

「「S商」」

「やっぱそう思うっしょ?」

「思わないでか」

 この前捕まった飯尾亮はS商OB。強盗の手下をさせられていた二味と久里は現役S商生だ。

地元で、強盗の手伝いしそうなモラルの薄い奴の候補なんて、そうそういるもんじゃない。


「しかも、直接勧誘のメールが来ている」

「聞いて回ったら、他にも声かけられたっぽい生徒がいたよん。ウソかもしれないケド」

 なるほど、普段校内をうろちょろしてたのは、情報収集も兼ねてたのか。


 つまり捨見の行動も、多分に計画的ってことだ。


「強盗団の実行部隊は、生活に困窮した若者がほとんどなんだって」

 お前みたいな家庭か。とはさすがに言えないか。


 S商生は素行が悪い。加えて生活困窮家庭が少なくない。使い捨てのバイトに最適だ。


「だがS商生全員がそうじゃない」

 真面目な生徒もいるし、ファッション不良はモテるためにファッションで不良をしているだけ。犯罪だと分かれば躊躇するのが大部分だった。


「そっ。カワセミはS商生と一括りにせず、人間を選んでる」

 二味や久里を選んでるあたり、なかなかの目利きだ。


「土地勘があるだけじゃなく、手足にするやつらの内情にも詳しい、か」

 S商はカワセミに有力な“狩り場”と思われている。

 淫行野郎ことツルハシは、生徒にわいせつな行為をするために接近してた。一方カワセミは、生徒を手駒にするために接近してる。価値を見出す方向が等しく愚かだ。


「要約すると、だ。カワセミはS商の関係者?」

 一気に話が現実味を帯びてきた。


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