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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第四章 失格教師と体育祭地獄変
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失格教師と闇バイトの影

 待つこと10分。

「持ってきましたけど、どうするんです?」

 小保津先生が水筒を2本持ってきた。

「なんか1本の方は、軽くて中でカラカラいってますけど」

 首をひねっている。

「ありがとうございます」

 俺が二味の水筒の口を外してひっくり返すと、折り曲げた太めの針金ワイヤーが転がり出てきた。

「これが“動かぬ証拠”ってヤツだ」

 『まだ処分してないっしょ』と捨見は言っていた。学校内だと捨てる瞬間を誰かに見つかるかもしれない。帰りに人気のない公園にでも捨てるつもりだったか。

「そ、そんなもん……」

 或いは、学校側のアクションが早くて処分の機会を逸したか。

「指紋とか窓枠に付いた傷とか警察が調べたら一発だぞ」

 窓を外したり針金を調節したりの作業に、手袋をしていたとは思えない。そもそも体育祭で、手袋なんか持ち歩けないしな。

「し、知らね…‥」

「黙れ」

 低い声に意志を込めた。俺がここ一番で使う声音だ。二味が肩を震わせ、巻代先生が思わずこっちを見る。

「いいか。オマエがそうやって不貞腐れてのらりくらりやってこれたのは、頭が良かったからでも要領が良かったからでもない。お前が大人に見放されてただけだ」

 睨みつける。目の前にいるのは、未成年の前に犯罪者だ。

「だが今回はそうはいかないんだよ。お前、連続強盗事件の実行犯だろ」

 泳ぐ目が、指摘を肯定していた。 

「こんな反抗的な態度じゃ、警察に突き出すことになる。スマホと一緒にな。確かお前、18歳だろ? 態度も悪いし女子少年院は満員らしいから、“繰り上げ”で刑務所にぶち込まれるんじゃないか?」

 ガクガクと震え始めた。

「出てこれても、カワセミにどんな目に遭わせられるんだろうな?」

 ここまで言わないと、現実を理解できない連中だ。

「しょ、正直にしゃべれば?」

「学校側は穏便に済ませてくれるはずだ」

 元々学校の基本方針は隠蔽だしな。退学した後で自首しようが警察の厄介になろうが知ったことじゃない。


「わ、分かった。知ってること全部喋るから」

 よしよし、「完落ち」だ。

 生徒指導室侵入の件に関しては、真新しいことは聞けなかった。

 実は、俺の目的はもう達している。この段階で尋問を終えても良かったのだが、捨見の2つめの要望が「連続強盗事件について聞き出して」だった。


「どういった経緯でこんなことになったんだ?」

 というわけで、尋問を続行する。

「突然メールが来て誘われた。ラクに稼げるバイトがあるって」

「え、向こうから連絡が来たのか?」

「うん」

 てっきり、二味の方から怪しげな闇バイトに申し込んだのかと思っていたんだが。

 考えてみれば、F市を荒らす強盗団にF市に住んでるコイツを勧誘する、ってのもなんだかできすぎてないか?

 疑念が浮かぶ。

「10万ぐらい前金が送られてきて。行って初めて犯罪の手伝いって知らされた」

 このあたりは飯尾と似たような事情か?


 結局は金に釣られたんだな。S商生は悪の誘惑に殊の外弱い。

「そのリーダーが、カワセミとやらか?」

「うん」

 メールの内容を裏付けるものだった。

「どんなヤツだ?」

「覆面して会ってたから、顔も分かんない。私も顔隠してたし」

 飯尾の事情と似たようなもんか。

「疑問なんだが、どういった基準で強盗先を選んでたんだよ?」

 強盗団は、金持ちの老人宅や豊かな個人企業を的確に狙っていた。

「カワセミが下調べしてたみたい。ぜんぶカワセミの指示で動いた」

「断れなかったのか?」

 巻代先生、正論だけど難しいよ。あ、巻代先生はLINEの内容詳しく知らないからな。

「カワセミ怖いんだよ! すぐ殴るし。最初に……」

 言い澱んだ。が、ここまできてだんまりも通じない。

「話してみろ。口外しないから」

 外で聞いてるヤツはいるけどな。

 二味はポツポツと話し始めた。

「紹介されたのが強盗の手伝いで。アタシら1時間前に知らされて焦ったんだけどやるしかなくて」

 思い出すままに喋ってるので、順序がデタラメだ。毒島のようにはいかない。

「人数は?」

「4人。クリとカワセミ以外に知らないのがいた」

 同じように高額で釣った寄せ集めだろう、と推測する。

「うまくいったけど、カワセミが約束してたバイト代の半分しか払ってくれなくて」

 ピンハネしようとしたのか。

「生活に困ってたらしい他のヤツが、“約束が違う!”ってカワセミに食ってかかったんだけど……鉄パイプで殴られて山ん中に捨ててかれた」

「バイオレンスな内輪揉めがあったのか」

 LINEでの「山に置き去り」という言葉を思い出す。それで逆らえなくなって、いいように使われているようだ。


「補充で新しいヤツが入って来たんだけど、すぐに捕まった、って聞いてヒヤヒヤし通しで」

 涙をにじませた。捕まったってのは飯尾のことだな。

「飯尾が逮捕された場にはいなかったのか?」

「強盗を終えて、散らばって逃げる時にドジ踏んだんだって」


 訊きたいことは、とりあえず訊き終えた気がした。

 これ以上質問を重ねるとさすがに巻代先生に怪しまれそうだったので、切り上げることにした。

「生徒指導室侵入の件だけ、教頭先生に白状しろ」

 他は言わないで良い、と暗に伝えておいた。

 学校を辞めることになるだろうが、そんなことまで俺の知ったことじゃない。


 久里の聴取には加わらなかった。これ以上俺が出張ったら、生徒指導部の反感を買いそうだったからな。どうせ屋根裏ならぬ窓際の散歩者が盗み聞きしてるだろう。


「久里は詳しいこと知らなかったッスよ」

 後で巻代先生が報告してくれた。

「カワセミからの連絡は全部二味が受けてたみたいです。もちろんカワセミの正体も知らない」

「おそらく、“頼りない”って思われたんでしょうね」

 真新しい情報はなしか。

「あ、小さなことッスけど、2年前の窃盗について言ってましたよ。二味はそのとき見張り役だったのに、1人でさっさと逃げ出したって」

「麗しい友情だなあ」

 久里は久里で、侮られていることを苦々しく思っていたのかもしれない。

「奥底では随分根に持ってたみたいっスね」

「軋轢があった、と」

「学生相手に盗んでも金にならないから校内での窃盗はやめてたそうです」

 反省はしていなかったようだ。 

「いまは“主犯はあっちで、自分は従わされただけだ”って、お互い責任を擦り付け合ってるッス」

 おそらく、犯罪が発覚したら切り捨てようと、どちらもが企んでいたんだろう。


 「友だちを選べ」という大人がいるが、アレは間違いだ。周りに集まるのはそいつと同レベルのやつばっかりだから選びようがない。


「あとはうまいこと書いとくッスよ」

 巻代先生は報告書を手に立ち上がった。

「いやー、まさか2時間で解決するとは。さすが名探偵ッスね」

「やめてくださいよ」

 ほとんどの手柄は捨見だと分かっているだけに、複雑な気分だ。



 体育祭が終わり、宿直室で捨見と話す。巻代先生に「他言無用」と言われたが。

「捨見は立ち聞きしてただけで、俺は喋ってない。約束は破ってないよな」

 詭弁だな、うん。


 なお、宿直室は元通り捨見の私物が散乱している。前の片付いた宿直室が夢だったんじゃないか、と疑いたくなってくる。

「あの2人、ど~なるの?」

 2人の去就を訊ねる捨見。

「さあな。保護者に報告したら、凹ませたロッカーの代金は弁償する、と言ってきたらしい」

 これでロッカーは元通り、学校は被害なしで一件落着させるのだろう。

 だがきっと、2人は学校を辞める。そうやって世間の隅に追いやられていく素質があいつらにはある。はみ出し者の素質が。

 指令役の「カワセミ」とやらに辿り着けるのは望み薄だ。


()ーいえばさ」

 差し入れたおにぎりを頬張ばりながら、捨見が喋る。

「なんだ?」

「あの2人、わざわざお昼休みに怒鳴り込んでこなくても良かったのにね」

 まあ、普通に考えたらそうだよな。悪目立ちするだけだ。あと3時間もすれば体育祭は終わってた。そのときにトロい小保津先生あたりを言いくるめればよかったんだ。頭の切れる巻代先生に食ってかかる必要はない。本来なら。

「予想は2つだな。カワセミが怖くて、文字通り一刻も早く取り返したかった」

「んー、まーまー分からないでもないケド~」

 煮え切らない様子だ。

「で、2つめは。スマホを没収した巻代先生への仕返し」

「え~?」

 こっちが俺の本命だ。やたら巻代先生に暴言吐いてたしな。

「だって、悪いのはかんにんぐしたフタミンじゃん。サカウラミ?」

「おう。バカってのは、自分に都合の悪いことした人間全部を恨むもんだ」

 これぞS商クオリティ。


 体育祭は大成功で幕を閉じた。という触れ込み。この“快挙”は、撮影係がしつこいぐらいバシバシ撮っているので、今後卒業アルバムなどで嫌と言うほど目にすることになるだろう。


 タイヤ泥棒で怪我人が続出したとか――これはC組の毒島のせいだが――生徒指導室の貴重品が荒らされかけたことは、美しい思い出に塗り潰されて終わる。


 校長や教頭の転勤の夢は首の皮一枚で繋がったわけだ。さて、俺の首の皮はいつまで繋がってることやら。

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