失格教師と強盗事件?
ミステリですが、残酷描写はありません。個人的には好きなんですが。
S商業高校は職員室以外に、校務分掌によって割り当てられた部署にも役割と机が用意されている。
俺の場合は進路指導室だ。職員室の机よりも、進路の机に座っている時間の方がはるかに長い。
進路指導部とは生徒の進路、すなわち進学と就職のすべてを担当する部署のことだ。進路に関連のあるオープンキャンパス(大学見学)の申し込みとか、インターンシップ(職場体験)のお願いとか。学校に来る企業や大学関係者との打ち合わせ。求人票の整理。日程の調整等々。忙しいだけでなく、責任も特大の部署だ。
1つ間違えば生徒の未来を台無しにしてしまいかねないこの大事な部署を、S商業高校ではたった7人で切り盛りしている。責任者の福島主任が毎年人員増量を訴えているが、聞き届けられたことはない。
備え付けの小型冷蔵庫に、コンビニで買った缶コーヒーを冷やしておく。これが数少ない楽しみだ。S商は自販機が1台しかなく、しかも休憩時間にしか稼働してないので不便だ。
冷蔵庫を開けると、他の教師たちの飲み物や来客用のお茶のボトル、クリープなどがぎっしり詰まっていた。
「うわ、野菜や豚肉まで入ってる。きっと若貴先生だな。狭いのにこんなの入れるなよ」
朝方に買い物を済ませたんだろう。仕事終わりにスーパーに寄って帰ろうにも、22時を回っていることもあるので、寄って帰る気力もないのもよく分かるけどな。家庭持ちは大変だ。
今日の進路での業務を確認する。授業とは別に、進路の業務も毎日把握しておかなければならない。今日は空きコマ(時間)に企業訪問や自習監督が入っていた。手早く教材をまとめる。
「じゃ、研修行ってきます。恭二先生、補教よろしくです」
隣の席の酒石翠先生が教材片手に出てゆく。俺と同じ歳だが正教員で、相性が悪い女教師。“友だち教師”で、他の教師の悪口を生徒に平気で話してるから、問題になりつつある。
教師は新規採用から4年目までの間は、頻繁に研修が入る。新卒4年目の酒石先生も研修の予定がすし詰めだ。その抜けた穴は、原則同じ部署の教師が埋めることになっていた。つまりは俺だ。
「企業訪問行ってきます」
斜め向かいの席の岡伸先生は外出の予定が入っていた。
「おう、いってらっしゃい」
待機要員の福島主任が見送った。進路指導室には、『いつも誰かが詰めていなければならない』という規則があるから、持ち回りで待機役を決めている。
さて、俺も企業訪問だ。
求人票解禁は7月だが、4月には企業さんと会ったり資料をもらったりする。要は「今年は何人採用してくれますか?」と会社のご機嫌伺いをするわけだ。
俺が約束を取り付けたのは“ピア・セキュリティサービス”という地元F市の防犯会社。
自分の車で目的の企業まで行く。ピア・セキュリティサービスは今年初めて担当を任された会社で、詳しく知らなかった。会社に行くのも今回が初だし、社長とも電話でやりとりをしただけだ。
なので、ただ1人の従業員であり元S商生の川中に同席してもらうことになっている。
信号待ちの間に、ピア・セキュリティサービスのホームページから印刷した概要を再読する。
どうやら川中以外は家族経営の中小企業らしい。が、最近F市を荒らし回っている連続強盗団の影響で引っ張りだこ。防犯や盗難対策の依頼が引きも切らないのだとか。
社長が『忙しくてかなわんから、今年は3名募集するよ』と言ってたので、内心期待している。
ま、企業相手の口約束は空手形ってことは重々承知だ。
会社は昨日まで長期休暇に入っていたらしい。川中いわく、
『ようやく決算月を終えたんで、社長が7日の長期休暇をくれました。社長一家もハワイに行くそうで、連絡つかないから注意してくださいね』
だそうだ。豪勢なもんだ。それで会社を昨日まで休業。今日から仕事再開のはずだった。
働いた分きっちり給料と休みが貰えるなんて、良い労働条件だな。
1日14時間は働いている――しかもそのうち5時間は無給労働――の身には羨ましい限りだ。
ピア・セキュリティサービスはF市郊外にあった。田園のど真ん中にでんと社屋が建っている。農地にあれこれ理屈つけて、会社をおっ建てたクチかな。遠くに社宅が見えるぐらいで、人通りも少なそうな地域だ。
入り口のドアには、
『4月17日~4月23日まで会社を締めます』
と貼り紙がしてあった。武骨な社屋のインターホンを鳴らす。
が、しばらく待っても誰も出てこない。玄関前で電話してみるが、コール音が玄関まで聞こえてくるばかりで誰も出る気配がなかった。
おいおい、すっぽかされたか?
社長のスマホにも電話したが繋がらない。経験上、家族経営の社長は約束にルーズな者が少なくない。日を改めようか、と逡巡していると、
「九字塚先生、どうしたんです?」
元s商生で現社員の川中が出勤してきた。敬語を喋れるようになったのか、成長したもんだ。「約束の時間に来たんだが、誰も出ないんだ」 説明する。
「駐車場に社長のコブラなかったけど、社長いるはずですよ。時間に厳しい人だし」
派手な車に乗ってるんだな。川中がドアを引くと、難なく開いた。
「ねっ?」
なんだ、やっぱり社長はいるのか。無駄足にならずに済んだか。
「案内します」
川中に先導されてオフィスを横切った。
「この建物、南半分を社長一家の住居として使ってるんです」
自宅兼事業所か。固定資産税とかが経費の対象にできるんだよな。しっかりしてら。
「社長、S商さんが来ました」
ドアをノックするが、やはり反応はない。
「入りますよー?」
仕方なく川中がドアを開ける。が、一歩目で立ちすくんでしまう。
「おっと、急に止まるなよ」
危うくぶつかるところだったぞ、などと言う間もなく。
「う、うわあ!」
川中が大声で叫ぶ。背後にいた俺にも、部屋の中は見えた。そして絶句する。
リビングが完膚なきまでに荒されている。引き出しは全て抜かれて床に散らばり、何かを飾っていたらしいガラスケースは、全て叩き割られていた。
「なんだ? なにが起こった?」
無論、川中が答えられるはずもない。
「しゃしゃ、社長と家族は?」
川中が隣のドアを開ける。
「先生は右の部屋見てくれよ!」
敬語が吹き飛ぶほど動転している。
「分かった」
いいのかな。いや、非常事態だ。ドアを開けても人がいる様子はない。隣の部屋には金庫があったが、それも開けられていた。
そこ以外も、徹底して荒らされている。なぜか写真立てまで壊されていた。
「……ん?」
本棚に不自然な空きスペースがある。まさか、本も盗っていったのか?
結局、社長一家は誰ひとり発見できなかった。
「川中君、とりあえず警察に電話しよう」
警察に通報すると、すぐにパトカーがやってきた。勝手に部屋に入ったことを叱られたが、俺は部外者で関連性が薄いとされ、早い段階で解放された。「電話でしか会話したことがなくて、社長の顔も知らない」って証言したら途端に聴き取りが雑になった気がする。一日中S商で働いてるから、アリバイの立証が簡単だったせいもある。触った箇所を細かく書かされたり、「何か教えて欲しいことができたら、また連絡します」と申し送りはされたが。
物最近F市を荒らし回っている連続強盗団の仕業かも、ということだった。「あそこまで念入りに漁ったりはしなかったはずだが」と首をひねりつつの推測だったが。
社長一家は消息不明。
大変なのは川中の方だった。容疑者の枠から出ていないし、会社の被害額や防犯状況などを念入りに訊かれることになるらしい。
「オレ、これからどうなるのかなあ……」
川中が呆然と呟くのが聞こえた。
「ただいま帰りました」
予定よりも遅れてS商に帰着した。早くに解放されたとはいえ、1時間の遅刻だ。
「お疲れ様。大変だったらしいな」
進路指導部の責任者である福島主任に言われる。主任は、各部署の責任者をしている教師のことだ。つまりは責任をとる貧乏くじ役。
福島主任は45歳。俺より一回り以上年上で役職も上だが、気さくな性格で話しやすい。
「教室巡回遅れてすみません」
遅れたのは俺のせいじゃないが、それでも同僚に迷惑をかけたことは事実なので頭を下げる。
警察の聴取を受ける前に、学校には「後1(1時間遅れる)です」と経緯含め連絡しておいた。役割の調整などは、たいてい責任者の主任が割を食うことになるので申し訳ない。
「書類仕事が捗ったよ。あとで教頭先生にも説明しとけよ」
「うわあ面倒くさい。あの人、こっちが悪くなくても責めるんですよ」
言ってもどうにもならない上役への愚痴を言ってしまうあたり、俺は人間が練れてない。
「いやあ、えらい目に遭いましたよ」
福島主任にも当然連絡をしているので、俺に降りかかった災難を知っている。
「連続強盗団かもしれないんだろ? 学校に問い合わせが来ることあるかな?」
俺にも経験がないのでよく分からない。
「たぶん、連絡来るなら俺に訊きたいことができた時ぐらいじゃないですか?」
話していると内線が鳴った。
「はい進路」
即座に主任が出る。俺のデスク、電話から遠いから一歩遅れるんだよな。
「来客だ。HN食品さんの応対頼む。1名だ。俺はこの時間“抱き合わせ”だから、職員室に5分ぐらい出なきゃならん」
抱き合わせは教職で使われる言葉で、「1つの時間でやることが2つ以上あること」を意味する。教師はマルチタスク能力が求められる。
「1名様ですね? 了解です」
去年、俺が就職の担当をした会社だ。豆腐関連の商品を作る、小さながらも堅実な企業だった。S商の就職事業は、こういった地味な企業に支えてもらっている。大企業は素通りする高校だからな。
全ての事件のきっかけです(/・ω・)/




