失格教師と教師の事情
「九字塚先生はこっちの助っ人お願いして良いっスか? 小保津先生に体育祭業務替わってもらうように言っときますから」
ところが、口実が向こうからやってきた。巻代先生に両手を合わせて拝まれる。
「えっ、それは構いませんけど」
ちなみに、小保津先生は生徒指導部所属の新任教師で、まったくもって頼りない。彼女が参加しても犯人探しは捗らないこと請け合いだ。
この提案は俺にとって渡りに船だった。
「ここは名探偵の出番ッスよ」
自分のことだ、と気付くのに時間がかかった。
「名探偵?」
「最近活躍目覚ましいじゃないッスか。タブレット盗難とか、落書き事件とか」
巻代先生にいろいろ聴いていたので、俺が最近の事件に首を突っ込んでること知っているんだよな。
しかし名探偵は過大評価だ。俺の手柄じゃないし、なんたって後ろ暗い取引の見返りだからなあ。
「ぶっちゃけこの事件、早く解決しないとヤバいッスから」
既に教師の動向を訝しんでる生徒がいるからな。不祥事扱いになれば、校長の悲願である転勤が遠のくことになる。それは俺にとっちゃどうでもいいことだったが。
判断1つ間違えば、臨採である俺の立場がピンチになるかもしれん。が、だ。逆に、早期解決出来たら憶えめでたいかも。
計算を働かせる。
「分かりました。できれば体育祭が終わるまでに片付けましょう」
どうなることやら、と密かに呟いた。
「センセ。こっちこっち」
玄関の隅で手招きしてる捨見。
「抜け出してきたか」
参加しなければならない種目があるわけではないから、抜け出すのは簡単だろう。できるだけ詳しく、ことの流れを説明した。
「とにかく教頭と校長がえらい剣幕だ」
「一番困るのはその2人だもんね~」
うんうん頷く散歩者。
「管理能力を疑われるもんな」
俺が独り合点していると、
「ブッブー! 考えが足りませぬ」
捨見は両手で大きな✕を作った。
「んー?」
「怒ってても教頭センセたち、通報しなかったっしょ?」
「おう」
「警察に通報してみ? 先生たちにも聞き取り調査が入るワケ」
違いない。なぜ事件が発生したか、勤務態度などを全員事細かく調べられることになる。
「まあそうだろうが、別に犯人じゃないんだから素直に応じればいいだけだろ」
「“私は体育祭の時、こっそり先生方の机やカバンを漁ってました”って言うワケ?」
「……あ」
“勝手に監査”が白日の下に晒されるのか。そうなったらおしまいだ。
「なんだ、結局教頭たちも自分の保身大事か」
その点、保身が原動力の俺もあんまりえらそうなことは言えないが。
「地位が高いヒトは、墜ちた時の落差が大きいからね~」
知った風な口を利く屋根裏の散歩者。
「受け身とるのが大変ってか」
お前と関わるようになってから、学校の暗い部分ばかり見せられてる気がする。
廊下に誰もいないのを見計らって、生徒指導室のドアを検分した。と言っても、鍵穴を覗き込んでいるのは捨見だが。
「前に言ってたバンピングって方法じゃないか?」
って言うか、俺はそれ以外の手段を知らない。
「違うみたいよ?」
鍵穴にペン先を押し込んで、内部を確認している。
「バンピングはかなり乱暴な方法だから、内部のピンが傷だらけになっちゃうもの。でもそんな痕跡はないワケ」
そんなものなのか。だがハンマーで叩いて強引に内部のピンを揺らすんだから、内部が傷だらけになるのは納得だな。
「調べたら一発でバレるのがバンピングの弱点ね~」
「ふーん」
そもそも、バンピングには似たような形状の鍵が必要だ。生徒指導室の鍵は特殊で、生徒に入手の機会はそうそうない。
「廊下に誰もいなかったっていう事務長の主張は正しいのか。じゃあ、どこから入ったんだろう?」
「現場を見てみたい」という捨見が要望する。
巻代先生に捨見のことをどう説明しようか、と悩んでいると、当の巻代先生が生徒指導室から出てきた。
「九字塚先生の業務を小保津先生に引き継いだことを、上役に報告してくるッス」
おっとそれは重要だ。学校は徹底した上意下達主義だ。報告を怠ってると、事件を解決したとしても「なんで交代したこと黙ってたんだ!」と上司の不興を買う怖れがある。
「あれ? その子は?」
捨見に目を止めて、不審な顔つきをする巻代先生。そりゃそうだ。何でこの場に生徒がいるんだ?って思うよな。
「え、ええと、この子もグラウンドで怪しい人影を見かけって言うので、聴き取りを」
「ああ。了解っス」
はーっ、良かった。深く詮索されずに済んだか。
「じゃあこれ、預かっといてください」
鍵束を渡された。保管ロッカーの鍵まである。
「いいんですか、これ?」
「一括で管理しといた方が安全ッスよ」
巻代先生は目くばせをして出て行った。これで生徒指導室は無人だ。これで気兼ねなく調査できる。
この一瞬の空隙が勝負だ。あと10分もすれば、手続きに走り回ってる他の生徒指導部の面々も戻ってくるだろう。
改めて生徒指導室を観察してみる。入ってすぐ左手に机が並んでいた。机は全て仕切られている。
「なあにこの机の群れ。ネットカフェの個室スペースみたい」
「良い例えだな。ここが悪名高い“別室”ってヤツだ」
警告を受けた生徒が、ここで数日ひたすら自習させられるスペースだ。仕切りは全てアクリル板で、ここに誰かが隠れてたら一目瞭然。
別室の奥の壁に窓があるが、施錠されていることは確認済みだ。引き違い窓ってやつだな。
中央に教師達の机。右端に応接用のソファ。件の貴重品保管ロッカーは、本来右端に置かれていた。高さ100cmほどで車輪付きなので、動かすのは容易だろう。
「入るの初めてか?」
「さすがに、職員室や生徒指導部や進路指導部には防犯装置ついてるもの」
逆を返せば、そういった「ガードの固い所」以外は一通り出入りしてるってことか。
ロッカーは現在横倒しにされていた。俺たち教師は、机やイスを蹴るだけで厳重注意ものなのにな。
ロッカーは散々にぶつけられたようだが、さすがに堅牢な造りで破られてはいない。生徒の貴重品も無事だ。
「え~? 開けられずに帰っちゃったワケ?」
そこは俺もちょっと気になってたところだ。
「ちょっとやそっとド突いたぐらいで、ロッカーの鍵が開くわけないのにな。ここだけえらく手際が悪い」
ロッカーの側面が凹んでるのも謎だ。何度も硬いものをぶつけたようだが、側面を殴っても開くわけがないだろうに。
気配もなく入り込んだのに、ロッカー開錠ができなくて手ぶらで帰った。しかも大きな音まで立てて、犯行に気付かれている。なんだかちぐはぐな印象だ。




