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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第四章 失格教師と体育祭地獄変
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失格教師と傷だらけの金庫

「わー、けっこういい部屋ですね」

 間の抜けた第一声に、思わず部屋を覗き込んだ。

 宿直室には何もなかった。古ぼけた畳の上に転がっていた捨見の下着や盗品も、どこかに消え失せてしまっている。どこからどう見ても生活感のない、長らく放っておかれた空き部屋でしかなかった。

 それでも捨見がいれば言い逃れができなったところだが。


 良かった。捨見のヤツ、ちゃんと言ったことを守ってくれてたか。

 宿直室を出た直後、スマホが震えた。着信番号は知らないものだ。なんとなく誰か察する。

 校舎の隅に行って通話ボタンを押した。

『ビックリした? ねえビックリした?』

 果せるかな、屋根裏の散歩者からだった。

「お前に番号教えた覚えはないぞ」

 万一捨見が発見されたときの用心に、番号は交換していなかった。

『コマかいコト言いっこなし』

 俺の個人情報は細かいことか?

「寿命が縮んだぞ」

『教師生命が断たれるよりはいいっしょ?』

 ああ言えばこう言うヤツだ。



 前日のことだった。例によって進路の面々とサービス残業をしていると、しぜん話題は翌日の体育祭に移っていった。

「九字塚先生。明日は体育祭だから、机周りと書類周りは今日中にキレイに整頓しといた方がいいぜ?」

 福島主任が近寄ってきて、そっと耳打ちした。

「“体育祭だから?”」

 話の前後が混線してないか?

「体育祭みたいな校舎追い出し系行事って、お偉いさん方が“抜き打ち監査”する絶好のチャンスなんだよ」

 説明を聞いても、いまいち理解できない。

「なんでそんなことするんです?」

「えーとな、日頃良からぬウワサのある教師がいたとするだろ?」

「はあ」

 お、俺のことじゃないよな?

「だが教師は規約に守られてるから、机の中や所持品をチェックとか、かなーり難しいわけだ」

「そりゃ角が立ちますからね」

 そこまでして、何も出てこなければ責任問題に発展する。聞き取りがせいぜいだろう。

「だから今回みたいに、強制的に外に出るイベントの時に、教頭や校長がコッソリ疑わしい先生の机やカバンを調べちゃうわけだ。校舎の全部屋見て回ることもあるらしいぞ」

「え、え、えー?」

 完全に初耳だ。が、教師が重要書類を空き部屋やロッカーに隠匿していた、という不祥事は何度も聞いたことがある。

 考えてみれば、“隠していた事実”よりも“発覚した経緯”の方が疑問に思えてくるな。

「そんなの聞いたことないですよ!」

 身の回りに(やま)しい物はないが、宿直室に特大の疚しいモノがいる。

「モロ違反行為なんだから、秘密に決まってるだろ」

「……おう」

 確かに、お偉いさんにとって効率的ではある。空振りに終わっても問題ない。机の鍵は教頭がマスターキー持ってるしな。その気になればどこでも調べることが可能だ。


 思い返してみれば、修学旅行や遠足の直後に教師の不正が発覚することが多かったような……でもなあ。


「よりによって道徳を説く組織のお偉いさんが、そんな非人道的なことします?」

「青臭いこと言ってるんじゃありません」

 軽く怒られた。俺が悪いのか?

 福島主任の助言に含みはない。単に、検査で俺の再任用に不利なものが出てこないように、と心配して言ってくれたのだろう。返しそびれた生徒の小テスト1つが、評価を下げることもある。

 俺より書類管理がザルなキバヤシや酒石先生には助言しないあたり、相手をよく見ている。キバヤシは逆恨みするだけだし、酒石先生は言いふらすに決まってるからな。

 なんにせよ、値千金のこの情報によって、俺と捨見は窮地を救われたわけだ。


 捨見に宿直室を片付けて当日は屋上にでも隠れているように、と指示を飛ばすことができた。

 まさか“勝手に監査”ではなく、泥棒探しで点検されることになるとは思わなかったが。


「荷物は?」

『家財道具一式、屋上(別荘)に移しといたよん』

 捨見の荷物は少なかったので、バッグ1つにおさまったことだろう。



 第一情報室も異常なし。最後に残ったのは生徒指導室だった。今日のように教室を使用できない日は、生徒の貴重品を生徒指導室がまとめて預かる。

 つまり金目のものが集中してるので、他の教師も幾分緊張気味だ。巻代先生がポケットから鍵束を出した。

 今日は巻代先生が保管係だったか。鍵を開けて、中に入る。

「うわっ!」

 第一声が驚愕の声だった。全員が中になだれ込んだ。生徒指導室の中央に、貴重品保管ロッカーが横倒しになっている。

 のみならず、ロッカーはどこもベコべコに凹んでいた。

「うわあ……」

 誰からうめき声をあげた。近くにはイスが倒れている。どうやら、イスでロッカーを何度も殴りつけたらしい。



 巻代先生が鍵束をたぐり、ロッカーを開ける。生徒の財布やスマホが姿を見せた。もし生徒の預かりものが盗まれていたら、生徒指導室の面目丸潰れである。

「盗られたものはなさそうッス」

 全員が安堵の息を吐いた。盗難は未然に防げたようだ。


 が、どういう状況だコレは?


 ただならぬ気配を察知して、生徒たちが見物にやってきた。

「大会中だ。グラウンドに戻れ!」

 教師たちが追い散らす。が、長くは隠しきれそうにない。

「やっぱり盗まれたものは無いっスね」

 巻代先生が、預かり簿片手に言った。もうロッカーの物品と照合を終えたのか。本当に仕事が早いな。


 何者かが生徒指導室に侵入して、貴重品を盗もうとした。

 バンピング(ハンマーで鍵を叩いてピンを揃える開錠技術)で鍵を開けたのか、と思ってたんだが。

「誰もいなかったって行ってるだろ。通り過ぎたヤツもいねえよ」

 事務長は誰も廊下にいなかったと主張している。ただ、仕事をサボるような人間の主張なのでほとんどの教師は懐疑的だ。

 生徒指導室の窓を確認する。きっちり鍵がかかっている。開いてたら一発で解決だったのだが。

「姿なき侵入者」ってヤツか? 目撃もされずに侵入できたというなら、バンピングは難しそうだが。

 しかし、その後貴重品保管ロッカーが開けられずにイスで殴っているあたり、どうにも肝心なところで手際が悪い。なんだかなあ。


 学校が警察に通報することはなかった。

「生徒の貴重品は無事なので、大げさに騒ぐこともないでしょう」

との教頭先生の判断。

 もちろん本音は、体育祭にケチをつけたくないんだろう。


 まあ、警察も実被害がロッカーの傷だけじゃあ、真剣に捜査してくれそうにないのも事実だ。

ペンキ落書き事件で経験済み。


 通報しないもう1つの理由は、「生徒が犯人である可能性が非常に高い」からだろうな。校門から校舎に入るには、長めの坂を登らなければならない。が、その坂はグラウンドから丸見えである。体育祭の最中不審者が移動すれば、必ず気付かれる。


 一方、グラウンドから校舎に通じているのは階段とスロープだ。階段はグラウンドのどこからでも丸見えで、こっそり上がるのは無理だろう。

 と、なると残りはスロープ。階段の東にあるのだが、こちらは木が正面にたくさん植わってるので背を低めて慎重に移動すれば気付かれにくい。


 一番騒ぎが大きくなる「タイヤ泥棒」のときってのも気になる。リハのときから狙いを定めていたんじゃなかろうか。

 つまりは計画犯。



「教師の皆さんは、可及的速やかに解決するよう尽力してください」

 教頭から異例の「緊急事態宣言」が出た。珍しくかなり怒っている。上層部渾身の体育祭に、盛大に水を差された気分だろう。

 生徒指導室は学校管理の大動脈だから、かなり深刻な事態なのは間違いない。

 体育祭の最中だというのに、生徒指導室の教師数名は担当を外された。

「この件をさっさと解決しろ」

ってことだな。


「生徒名簿持ってきます」

「若貴先生に相談に」

 さっそく、生徒指導部の先生方が一斉に飛び出して行った。厄介な手続きを先に済ませてから、本腰入れて調べ始めるつもりだな。校舎を縦横無尽、と言いたいが、どっちかと言うと右往左往してるように見える。


「うーん。俺にとってあんまり良い事態じゃないなあ」

 一難去ってまた一難だ。この事件が長引くことは俺と捨見にとって好ましくない。体育祭終了後は、間違いなく教師全員がハッパをかけられる。


 教師たちが血眼になって生徒を探れば、普段制服を着て生徒に擬態している捨見の怪しさが浮き彫りになるかもしれない。

 だが進路指導部の俺には、事件に関わる口実がない。

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