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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第四章 失格教師と体育祭地獄変
35/51

失格教師と19年ぶりの体育祭

【5月10日(水) 8:40】 


 5月。空は憎たらしいほどの快晴。昨夜の土砂降りが噓のようだ。なんで天気予報って、期待してるときに限って外れるかね。

 ジャージ姿で栓のないことをぼやく。ってな訳で行事予定表は変更されることなく、めでたく体育祭の日を迎えやがった。


 S商で体育祭が行われるのは実に19年ぶりだ。素行が悪く、荒れすぎているので体育祭は長らく中止となっていた。

 何度も思うが、ココ本当に令和の日本か?



 体育祭が復活したのは、S商の治安が良くなったから……ではない。今年赴任してきた校長が、手柄を捻りだすために無理やり復活させた、というのが実情だ。

 実績を作って、1年でも早くこの火薬庫のみたいな学校から転勤したいんだろう。この学校にいたら、いつ謝罪会見のセンターを飾ることになるか知れないからな。

 心情は理解できるが、内情を理解してほしいもんだ。実働するのは下っ端の俺らなんだから。

「火中の不発弾を拾いに行かされる心境だ」


 生徒たちがダラダラと移動を始める。S商の場合、校舎は山の中腹、運動場は平地にある。地図の上では隣だが、実際には長めの階段を降りてゆく必要があった。

 予算の都合で、学校は山の中腹に建っていることが多い。


 岡先生に声をかけられた。

「九字塚先生、“追い出し”お願いします」

 おっと、俺が追い出し担当だったか。

「では、校舎をぐるっと回ってきます」

 階段を上がった。ついでに、屋根裏の散歩者の確認をしておくか。



 集会や行事をサボって校舎内に隠れてる生徒がいないか見て回ることを、S商では追い出しと呼んでいた。


 廊下はがらんとしてる。サボり防止のために、昼食時以外生徒が校舎に入ることを禁止にしていた。

 教室は女子が着替えるのに使用されるため、窓に新聞紙で目張りがしてある。男子は視聴覚室や別の部屋に追いやられる。S商は女子が7割もいるので、どうしても男子が細かいところで割りを食うんだよな。


「九字塚セーンセ」

 振り向くと、体操服姿の捨見がいた。

「なんで仮装してるんだ?」

「ぶー。アタシは現役JKです~」

 頬を膨らませる。JKっつっても、オマエの場合はジャッカルの略だろ。隠れるの上手し。

 生徒も教師も校舎から消える体育祭は、コイツにとってみれば一番の「稼ぎ時」かもしれない。が、遠慮してもらおう。

「今日は体育祭を見物するだけよん」

 嘘でも“見学”って言えよ、そこは。

「どういった風の吹きまわしだ」

 俺としては、リスクが高いので人前に姿を晒して欲しくないわけだが。

「こんだけ生徒いないトキに()っちゃうと、逆に疑われやすいんだもん」

 単に利己主義なだけだったか。誰も疑わしい者がいない状況で盗みを働くと、不自然な存在(屋根裏の散歩者)を疑われるきっかけになり得ると。よく考えてる。

「こんなトキに盗みを働くなんて二流の発想っしょ」

「泥棒として二流なら、善良な一般市民ってことじゃないか?」

 自慢気に言うことじゃない。


 ついてくるので、しかたなく一緒に歩く。

「“準備”はちゃんとしといたろうな?」

 前日からくどいぐらいに念を押していた。

「ばっちりダイジョブよ~」

 コソ泥の“大丈夫”はタンポポの綿毛より軽そうだ。

「でも、ホントなワケ?」

 捨見は俺の情報に懐疑的だった。正直、俺も半信半疑だったりする。

「注意しとくに越したことはないだろ。なんせ不法滞在の身なんだから」

 特に隠れてサボっている生徒も見つからなかった。授業と人生には不真面目でも、ノリの良いヤツも多いからな。


 グラウンドに降りると、開会式は終わりかけていた。

「ラジオ体操ー!」

 ダラダラ、ぺちゃくちゃ、ダラダラ、ぺちゃくちゃ。

 腹を下したミミズでも、もっとキビキビしてるぞ。


 俺は、この生徒たちが「善良な市民」になるイメージがどうしてもできない。

 こんなでも落ち着いて、10年後には「昔はヤンチャしててさ~」とか言い出すんだろうか? 


「じゃあ俺は呼び出しがあるから。おとなしくしとけよ」

 人差し指を途中で折り曲げて見せる。「盗みはするなよ」と釘を刺したつもりだったが。

「ん、ワカりました~。センセのために、カワイイ子のスポブラでも盗んどいてあげるから」

「だから悪質な冗談はやめろって言ってるだろ!」

 教師ほど冗談の通じない唐変木はいないんだぞ! 教師が言うんだから間違いない。


 体育祭の準備は体育教師主導で行われる。昨日の大雨のせいでグラウンドは水たまりだらけだったのだが、体育教師たちが早朝出勤して、スポンジで水たまりを消して回ったらしい。


 体育教師陣の努力には頭が下がるが、本音を言えば「余計なことしやがって」だ。大変なだけで、給料が1円でも上がるわけじゃないからな。忠誠心よりも給料で応えて欲しいもんだ。

 教師としての連帯感がない俺は、やっぱり「失格教師」なんだろう。


 で、体育祭中の俺の役割は呼び出し係だ。

「借りもの競争のクラス代表は、ゲート前に集合ー!」

 メガホンを持って駆けまわる。一回言ったぐらいでは聞いちゃいないので、2往復。


 S商では準備1つとっても体育祭実行委員に任せておけない。

 この借りもの競争の「借りもの」にしたところで、実行委員に考えさせたら【殺したい教師】とか【万引きした生徒】とか【使用済みコンドーム】とか書いてやがったので、教師主導になった。


「失格先生来てよ!」

 出場してたC組の糸亀が、俺に駆け寄ってきた。

「失格言うな」

 感情だけで動く糸亀は苦手だ。コイツ基準だと、大人は全員「大嫌い」に分類される。

「そんなのどうでもいい。先生ならぴったりだから」

 借りもの競争でこういうケースは運営委員会も予測済みで、「教師は断らないように」と通達があった。

「ああ、いいぞ。紙には何て書いてあったんだ?」

「“チビ”」

…………いいけどな。少しぐらいは気にしてるんだぞ、俺も。


 大したトラブルもなく――爆竹が鳴ったり、直前になって「出たくない」とごねる生徒はいたが――体育祭は進行する。


 各学年のA組が赤組、B組が青組、というように、縦の組分けでチーム対抗形式になっていた。S商は本来学年ごとの仲は険悪なのだが、共通の敵がいるためか目立ったトラブルには発展していない。あくまで表向きは。

 なお、警察に体育祭の報告をしたら、「当日パトカーで貴校を巡回します」と言ってくれた。清々しいほどの信用のなさだ。


 応援合戦では糸亀が応援団長をしていた。ノリが良いが、不安しかない。

 案の定、糸亀は上半身裸にサラシというとんでもない格好で登場した。あのアホ!

 しかも、さらしをいい加減に巻いていたため、動くたびにずりさがってしまう。応援歌はぐだぐだだったが、一種異様に盛り上がった。


……やっぱり運営委員に怒られてら。また別室行きかもな。ってことは、後で俺が怒られるんじゃないか!




 なお、捨見は当然のことだが競技に参加しない。「いないはずの生徒」だからな。グラウンドを歩き回ったり適当な場所に座り込んだりしている。


 あ、糸亀と親しそうに会話してる。いつの間に仲良くなったんだ。

 どうやら俺の知らないところで暗躍しているらしい。


 クラスごとに待機テントが張ってあるが、生徒たちはバックネットや階段など、思い思いの場所でくつろいでるので目立っていない。


 だが、捨見の様子が不自然なことに気付いた。スポーツを見物している、というよりも、スポーツに参加してる人間を観察してる、という方が適性のような。


……そうだ、なんで気付かなかったんだろう。


 体育祭で窃盗ができないと言っても、屋上に隠れていればいいだけの話だ。わざわざ体操服まで着込んで、グラウンドに降りてくる必要はない。

 では何のために出てきた? 窃盗ではない。生徒は水筒以外は持ち込み禁止だ。貴重品は一括して生徒指導室で保管している。

 運動場は平坦。そして、生徒と教師のほぼ全員が参加する。


 もしや捨見は何か、いや誰かを見にきたんじゃないか?

 ただの行き場を無くした家出児童ではなく、目的を持ってS商にいる、とか?

 この気付きは重大なことのように思えた。


「九字塚先生! 次の呼び出しお願いします!」

 酒石先生に言われて我に返る。今は仕事中。余計な詮索は後回しだ。

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