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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第三章 失格教師と謎の落書き
31/51

失格教師と陸上部顧問

 気を取り直して、考えを進める。

「運動部の中でも、バレー部やバスケ部、卓球部は除外できそうだな」

 インドアの運動部は、この部室棟を使用しない。

「残りは……幽霊部員含めても50人いかないか」

 そのうち9人が陸上部所属だ。

「この学校の部活状況ってど~なん?」

 興味なさそうに訊ねる捨見。

「部活に所属してるのは生徒の半分以下。活動は、ダンス部と書道部を除いて不真面目。大会の成績は悲惨の一言だ」

 ダンス部はそれなりに有名で練習も厳しい。が、それ以外は不真面目な部活ばかりだ。友だちと駄弁ってるだけのようなところが多い。

「S商は勉強はもちろん、部活や生活全般怠惰な生徒が多いんだよな」

 生徒会長からして、選挙演説の時に“俺が立候補するのは内申をよくするため”と言って当選するような適当さだ。

 犯人を運動部に絞ったところで、タイムアップになった。


 スマホが鳴った。川中からだ。

『今警察から連絡があって、社長一家の死体が見つかったって』

「! そうか……」

 最悪の想像は、現実のものとなったか。

『捕まった一味の飯尾ってヤツがいただろ。ソイツが、強盗団の首謀者が喋ってたのを憶えてたとか』

 社長一家を殺害したことを喋ってたのか。飯尾に劣らずバカだな。

「どこで見つかったんだ?」

 一応メモを取る。

『T山の奥にある、廃屋だって。ただ……』

「ただ?」

『……死体がどれもひどく傷つけられてて、判別に手間取ったって。多分、見つかっても身元がバレないように犯人グループが顔を潰したんじゃないかって言ってた。スコップとかで』

 思わず顔が歪むのを抑えることができなかった。

「……よくそれで分かったな」

『奥さんと娘の顔は絶望的だったけど、社長の歯型からようやく判別できたって。社長のコブラもその辺に乗り捨てられてたし』

 言葉が接げない。

『検死が済んだらお葬式やるって聞いたから、俺出席するよ。会社辞めても、人間関係が終わったわけじゃないんだからさ』

 川中は立派な社会人になった。

「そのときには俺にも声かけてくれ。俺も線香を手向けたいから」

『ありがとう、先生』




【5月8日(月) 15:38】


 放課後。俺は部活のためにジャージに着替えた。

「さてと、部員どもをしごいてやるか」

 福島主任が柔道着片手に立ち上がる。本人いわく部活の指導は「事務仕事でたまったストレスの適度な息抜き」らしい。

「スクールカウンセリングの担当なんで保健室行ってきます」

 酒石先生が資料片手に立ち上がる。学校のカウンセリング支援チームに所属してるんだっけか。若い先生は雑務を押し付けられて大変だ。女子サッカー部顧問との両立は楽ではなさそうだ。


「ふわ、連続強盗団またやってるよ」

 キバヤシは男子サッカー部の指導にも行かないでスマホの記事を見ていた。

「今度の被害はどこです?」

 ピア・セキュリティサービスの件があるので俺も無関心ではいられない。もちろん、犯人探しまでするつもりはないが。


「Z町の老人宅だそうです。被害額は340万円。被害総額は推定5000万円だそうですよ。いいなあ」

 いいなあ、じゃねえよ始末書野郎! しかし、短期間に、しかも活発にF市内を荒らし回っている印象だな。

「ぐあ! 卓球台の交換申請却下された!」

 大声で叫んでるのは卓球部顧問の岡先生。

「“部費内で買える卓球台が見つかった”って喜んでませんでした?」

 少ない部費で備品を賄うのは、顧問にとって頭の痛い問題だ。

「ええ。目当ての卓球台が、スポーツ用品店の会員限定割引の商品で。私が会員になってるから割引してもらえるんですよ」

「何の問題もないですね」

「ところが教頭先生が、“岡先生のカードを使って買い物をすると、先生にポイントが加算されるのでダメです”って却下」

 学校ってみみっちいとこにこだわるんだよな。


 学校は“教師に利益が及ぶこと”を強く禁止している。それは金銭に限らず、ポイントが増えることもダメ、という徹底ぶりだ。

  国の中枢に、“教師に役得があると死ぬ病気”を患ってる権力者でもいるんじゃないか?


「定価じゃ足が出るんだってー」

 岡先生のように、下心がない場合でも不許可。損と分かっていても定価で買うしかない。なんとも窮屈な世の中だ。教師たちが職員室で酒をかっくらってた、っていう昔を一度体験してみたいもんだ。

「代替案なんてねえよ。早く帰らしてくれー。ただでさえ子どもに顔を忘れられかけてるってのに」

 ほんの数年前まで怖いもの知らずだった岡先生も子どもが生まれたらすっかり子煩悩なパパになっていた。


 なお、教師の子どもが不登校になるケースが意外に多い。理由は不明。


「だから、フタミのワガママがひどいんだって!」

 グラウンドに出る途中、保健室から女子の声が聞こえた。正確には、保健室の隣にある空きスペース。身体測定ぐらいでしか使用されないので、普段はカウンセリングルームに当てられている。

「せっかくHRで体育祭の出場選手決めたのに、今朝になって“絶対にやらない、誰か代わって!”って言い出すし」

 ヒステリー丸出しの声だ。

「まーまー。で、どうなったの?」

 酒石先生の声だ。なんか咀嚼音がするんだが、スナック菓子でも食いながら話してるな。さすがにこんなみみっちいこと密告(チク)るつもりはないが。

「“あんたの競技楽そうね。代わってよ。ハイ決定”とか勝手に決めて、私が押し付けられたの! もう悔しくって」

 だったら面と向かって抗議したらいいのに。とは思うが。

 孤立した衛星集団の生徒たちは、正面切って自己主張する胆力がない。それを見抜かれたら、人一倍ワリを食わされる生活が待っている。

抑圧の反動で、人三倍怨念を増幅する。だからいざキレると見境がなく、そこいらの不良よりもタチが悪い。


 校門に落書きした犯人も類例なんじゃないか、と思うんだがな。


 陸上部の指導と言っても、俺が中学高校と陸上部に所属していたというだけで押し付けられたものだ。副顧問の先生と交互に、週3回指導に入っている。運動部系の、「休日が大会で潰されそうな部活」は臨採や若い教師に回されがちだ。


「アップ(準備運動)終了。1年はスターティングブロック出して」

 試合が近くなれば、土日の休日が消えるのが億劫(おっくう)でしかたない。S商の評判が極めて悪いせいで、練習試合をしてくれる高校が少ないのが救い、というのも皮肉な話だ。

『不真面目が伝染(うつ)る』とまことしやかに囁かれてるが、間違いじゃないよな。きっと。


 陸上部はまだ真面目な方だ。

「ダッシュ5本。3年からスタート」 

 部活の最中部員を観察するが、陸上部で誰が怪しいかいまいちはっきりしない。副担をやっている2-Cの生徒も所属してないしな。


 ダッシュを終えた男子部員が突然よろけた。

「大丈夫か?」

 慌てて駆け寄る。本音は「何もないところで転ぶなよ」だけどな。

「体調悪いのかな。ちょっとふらついた」

 大人相手にも敬語が使えないのはS商生の常識。

「今日はもう見学してろ」

 男子部員に宣告した。


 なお、部活動指導は珍しく手当が出る。S商では2時間~4時間で1800円。ところが、S商の部活動時間は15時30分~17時まで。1時間30分。

 つまり、2時間以下なので給与は一切出ない。

サギじゃねえか。

 それどころか、練習試合や大会でも、午前中に終わると1円も支給されないことすらある。ここまでくると、「いかに教員に基本給以外出さないか」に腐心しているようにさえ思えてくる。


 やっぱり、一生続けられる仕事じゃないよなあ。不満に殺されそうだ。


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