失格教師と元生徒の電話
いままでの流れで、分かってない点もある。6人に声をかけた、ということだ。
「“生徒と2人きりになってはいけない”って規則があるから、建前上メールを送ったんだと思うが。そしたら悪いことなんてできないよな?」
「他の5人ってどんなだっけ?」
タブレットから教師専用のパスワードを打ち込み、“学年データ”から各クラスのフォルダを開く。
他教科の担当であっても、全生徒の成績が確認可能だ。
2ーB 洋陽凛
2ーA 庭津陸我
1ーC 須川亜星
1ーA 西園寺雷人
1ーA 埠頭レン
1ーA 捨見愛離子
成績はクラスでは下の方だが、進級は問題なさそうなメンツだ。
「お前の生き別れの兄妹とかいないのか?」
「いないいないばあ」
ぞんざいな疑問放ったら、もっとぞんざいな答えが返ってきた。
「何かドロボー的な閃きはないのか?」
「アタシはネコ型ロボットじゃないんだけど? まずはビジネスの話をしたいな~」
便利遣いはお断りってことか。
「おう、可能な限り聞いてやる」
今回は俺の進退もかかってるからな。
「また契約延長か?」
すぐに連休が控えている。このままだと連休中に契約期間が終わってしまうことを危惧したんだろう。
「だけじゃつまんない。水着も買ってよ」
「分かった」
今回は話を持ち掛けた側であるだけに、譲歩することにした。
「はーい、契約成立♪」
わざとらしく握手する。現金な性格だ。
「報酬期待してますぜ、ダンナ」
「どこの小悪党だよ」
ふと、素朴な疑問が浮かんだ。
「水着だろ? どんなのが欲しいんだ?」
「ストリングビキニ」
名称を聞いても水着に興味がないからピンとこない。スマホで検索してみて、噴き出した。
「これ、水着か? ただの紐じゃないか!」
しかも高い!
「あー楽しみー♪ 今年は思いっきり肌焼くゾ~!」
「聞いちゃいねえ」
この借りは、いろいろな意味で高くつきそうだ。痛い出費だが、背に腹は代えられない。
「例えば、サギ師がニセモノに紛れてホンモノを隠す場合」
捨見はアイロンやらドライヤーやら、近くにあったものを一列に並べた。
「どんなシチュエーションだよ?」
「自分の持ち物の中に盗品を隠したり、じゃない?」
なるほど。
「無意識に、正解を2番目か3番目に置くことが多いって」
そんな傾向があるのか。名簿の順番を数える。「今回の場合だと、ツルハシの本命は庭津陸我か須川亜星か?」
「でも今回はハズレね~。2人ともオトコだもん」
アメリカンに両手を広げる。なんだが挙動がわざとらしい。そこで捨見の勘違いを指摘した。
「男2人じゃないぞ。男3女2不審者1だ」
「え、凛とアタシだけが女の子じゃないのん?」
「凛は男子。レンと亜星が女子だな」
S商にはいわゆる「キラキラネーム」が結構な数いる。他にも「凛」のように、性別がどちらとも取れる名前もいて地味に困ったりする。
S商の保護者には水商売とかちょいとワケアリな家庭が多いのだが……詮索はやめとこう。
「っていうか埠頭は一応お前のクラスだろ。性別ぐらい分からないか?」
ま、リモート授業は黒板しか映さないからな。教室で授業を受けたことのない捨見には知る機会がなかったのかもしれない。
「で、でもー、ゼンゼン印象にないんだケド?」
単に影が薄い生徒ってことか? まさたとぼけてないよな?
「授業以外で教室に何度も“おジャマ”してるから、ちょっとぐらい憶えてそーなもんだけど」
級友の学校生活の邪魔してるんじゃないよ。
「センセこそ、5人で引っかかることないの?」
話題を逸らされた気もする。
「受け持ちクラスじゃない生徒は他人と一緒だ」
顔を憶えるのもけっこうな労力なんだぞ。
「西園寺、西園寺。う~ん……」
捨見は腕を組んで考え込んでいる。俺もその間に「配慮の必要な生徒」の項目なども閲覧してみたが(捨見以外)名前はなかった。
「あっ」
やがて小さく声を上げた。5名のクラスに目をやる。
「ね、ちょっと調べてよ」
言われるままに、教師用パスで何か所か閲覧する。それで俺にも納得がいった。印象に残ってないわけだよ。
「6ひく5は?」
「1、ってことだな」
ツルハシの標的は、須川亜星1人だ。
【5月3日(水) 23:37】
布団の中でまどろんでいると、スマホが着信を告げた。
誰だよこんな夜中に。知らない番号からだ。
「はい」
『先生か? オレオレ』
なりすましサギみたいな応答が来たが、声に聞き覚えがあった。
「飯尾か?」
懐かしくも嬉しくもない相手だ。去年の卒業生。俺が仕事を辞めた確認の電話をしたら、悪態つくだけついて切りやがった恩知らずだ。
『そうそう。ちっと助けてくれよ!』
俺は知っている。恩知らずがこうやってすり寄ってくるときは、責任を擦り付けたいときだ。
「お前、俺にさんざ暴言吐いたよな?」
『そんなこたどーでもいいんだよ』
これだ。もう教え子でもないんだし、通話を叩き切って着拒にしてやっても良かったんだが。
「まず、何を助けて欲しいのか話してくれ」
下手に出てまで話を聞いてやることにしたのは善意からじゃない。コイツがどんな窮境に陥ってるか聞いてやろう、って野次馬根性からだ。我ながら悪趣味だな。
『あー、クスリ買う金に困ってバイト始めたんだよ』
前に言ってたヤツか? 闇バイトにでも応募したのか。
「どうせヤバいバイトだったんだろ?」
なりすまし詐欺の受け子とか出し子とかの。
『うん、強盗の助っ人だった』
そりゃあ、実行犯って言うんだよ。
「で、お願いってなんだ? 闇バイト断りたいとか?」
『いや、もう強盗に参加しちまった』
アホか。いや、掛け値なしのアホだったわ。
「まさか、F市を荒らし回ってる連続強盗団ってヤツか?」
『たぶんそれ』
完全に詰んでる状況じゃねえか。この盤面から俺にどうしろってんだ。
「まさか、口裏合わせてアリバイの証明をしろってんじゃないだろうな?」
日本の警察は優秀だから、そんな偽装工作一発でバレるに決まってる。
『そんなことじゃねェって。俺の代わりに自首してくれねえ?』
「はあ?」
声が半オクターブ跳ね上がった。
まともな神経をしてりゃあ、赤の他人にこんな要求できるはずがない。だがS商生の何割かは、これが通ると思っている。道理が通らない、相手にメリットがない、なんてのは関係ない。
要は、「自分が被る不利益は、何が何でも嫌」ってことだ。譬えそれが、100%自分が原因のものであっても、だ。
『なあいいだろ? 一生のお願い!』
他人以下の関係性しかないヤツから一生のお願いされてもな。賭けても良い、コイツは誰かが身代わりに出頭しても秒で忘れる。その晩バカ仲間とビールで乾杯してゲラゲラ笑ってる。
「……もうちょっと話聞かせろ」
強盗団とはピア・セキュリティサービスの件で因縁ができちまったからな。あと、飯尾の話から気になることがあった。
『代わりに捕まってくれるんだな?』
誰が捕まってやるか。
「どこに応募したら、強盗の片棒担ぐことになったんだよ?」
『応募なんかしてねーよ、スカウトされた』
「スカウトだぁ? 話を盛ってんだろ」
こんなダメ人間ドラフトランキング日本3位ぐらいのやつを誰がスカウトするんだよ。まあ確かに、自分から仕事を探すなんて殊勝な心がけは持ち合わせてないヤツだが。
『ウソじゃねーし! スマホにメールが来たんだし!』
メールねえ。万一本当なら、どこで飯尾のメアドを知ったんだ?
まさか、飯尾を狙い撃ちしたとか? さっきの言動からして、飯尾が良くないモノに手を出してることは知ってるヤツは知ってるだろうから、裏社会の連中にカモにされたのかな。
『“飯尾さんとぜひお仕事がしたい。簡単な仕事です。早い者勝ち。日給10万保証します”ってさ』
ド典型的な闇バイトの斡旋じゃねーか。普段ネットで何を学んでるんだよ。
でも、名指しで来たのか。不特定多数に一斉に送り付けるタイプの営業メールとは違うな。
「それで、相手はどんなヤツだった?」
相手は連続強盗の主犯格ということになる。
『分かんね』
「はあ?」
人の忠告を聞く耳を持ってないことは知ってたが、目までなくしたのかよ。
「お前の鼻の上についてるのはビー玉かよ」
もう教え子でもないから、遠慮は無用だ。
『ちげーし。ずっとメールでやり取りしてたか分かんねっつーんだよ』
「強盗の時に合ってないのか?」
『目出し帽すっぽりかぶってた』
手下が捕まったときの用心か。
『たぶんガタイの良いオトコじゃねーかな』
頼りない証言だ。容疑者が日本に何十万人いるんだ。
「他には?」
飯尾の注意力じゃあ、これ以上の収穫は望み薄だな。思い込みとか、嘘も混じってそうだし。
『あー、ソイツ、“カワセミ”っつって名乗ってた』
カワセミ? 鳥の川蝉か? 偽名だろうが、気取った名前を付けるもんだな。
「カワセミねえ……」
『もういいだろ! すぐにケーサツ行ってくれよ!』
「行くわけないだろ。さっさと自首しろ、犯罪者」
もうコイツは用なしかな。
『や、約束が違うじゃねーか!』
血相変えて叫んでるのが想像できるな。
「いや、約束なんかしてないだろうが。お前が勝手にしゃべっただけで」
『ま、待ってくれよ!』
「もう社会に出たいい歳の大人だろうが。いい加減自分のケツは自分で拭け。じゃあな」
言うだけ言って、通話を切った。ああ、清々した。
しかし強盗団の情報、俺が知ってもどう活用すればいいんだろうな?




